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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 4

 左主とはつまり影である。他国に侵入し、他国の人として生きる。其れはハナ国の文化を捨て、文化を持たぬ人と過ごさねばならないと言う事だ。其の中で国の主や要人に近づき信用を得て情報を手に入れる。
 だが、影である以上、自分達のした功績が後世に残る事はない。だから、他国でノンビリ暮らしていても分からない事である。勿論、其の様な娘はいないし、如何にして情報を共有出来るかを日々模索してくれている。
 実儺瀨(みなせ)は左主に任命され、先ずは自分も何をすべきで、どうするべきなのかを考える為、自身も他国に潜入する事にした。

 そして、其れが如何に困難な事かを知った。

 国と言っても其れは集落の集まりに過ぎない。主が住む本集落を中心に集落が点在しているのだが、其れは必ずしも一定間隔では無いし、近くにあるわけでも無い。しかも、女には女の役割が決まっているので、ソロっと抜け出すのも難しい。しかも、我々は新参者である。新参者が勝手な振る舞いや行動を取るのは反感を招く元となる。
 実儺瀨(みなせ)達はもっと気軽に出来る物だと思っていたが、此れは非常に厄介な問題であった。
 実儺瀨(みなせ)は夜中に行動してみようかとも考えたが、夜中は夜中で見張りの男達が交代で火の番をしているし、其の先は真っ暗な闇夜である。つまり、夜中に抜けるのは危険が高い。と、実儺瀨(みなせ)はナンジャラ、カンジャラと頭を悩ます。
「困りよった…。此れでは情報を共有出来んじゃかよ。」
 農作業をし乍、実儺瀨(みなせ)が里井に言った。
「じゃよ…。我等は動けぬじゃか。」
「どうしたもんかのぅ…。」
 と、悩んでいると、臥麻莉(ねまり)が猪を連れてやって来た。
「うお ! 猪じゃか。」
 里井が言った。
「じゃよ…。我は此の子に情報を運ばせようと思うておる。」
 と、臥麻莉が言うと、首に縄を縛りつけられた猪が実儺瀨(みなせ)を睨め付けた。
「えらい反抗的じゃな。」
 実儺瀨(みなせ)が言った。
「まだ慣れておらんのじゃ。」
「うーん。其れでどうやって運ばせよるんじゃ ?」
「木の薄皮に文字を書いて此の子に運ばせよるんじゃ。」
「運んでくれよるんか ?」
 と、目を細め実儺瀨(みなせ)と里井は猪を見やる。
「今から教えよる。」
 と、臥麻莉は自身満々に言った。
「うむ。試してみよるか。」
「じゃよ。今日の夜から特訓じゃ。」
 と、臥麻莉は猪を家畜小屋に連れて行った。
「臥麻莉も中々考えよるじゃかよ。」
「じゃよ…。我等も何か考えねばじゃ。」
 と、農作業をし乍ら考えていると、アッと言う間に日は傾き始め女達は晩御飯の用意に取り掛かる。そして登場するのは勿論猪である。女達は慣れた手つきで猪をさばくと、部位に分けてスライスし始めた。
「実儺瀨(みなせ)…。あれは臥麻莉の猪じゃかよ。」
 里井が言った。
「じゃよ…。調教前にご飯になってしまいよった。」
 と、実儺瀨(みなせ)は木の隅でシクシク泣いている臥麻莉を見つけた。
「わ、我の彦亮権左衛門が…。ご飯になってしまいよった…。」
 と、臥麻莉はシクシク泣いている。だが、家畜小屋に連れて行けば食べられるのは当たり前である。何故なら家畜小屋とは食べる為の獣を入れておく場所だからである。仕方が無いので臥麻莉は彦亮権左衛門をたらふく食べる事にした。
 そんなこんなで三月が経つと、娘達は一度ハナ国に戻って行った。要するにお試し期間が終わり、各自の体験を元に話を煮詰める為である。
 其の中で情報のやり取りは矢張り動物を使うと言うのが大多数を占めていた。では、どの動物を使うのかであるが、猪や豚は食べられてしまう。猫は役に立つが従順では無い。ネズミは論外だしイタチも役には立たない。と、言うので犬が選ばれた。だが、犬を国から国に旅立たせるのはいささか難儀である。だから、犬は国の中でのやりとりに使い国から国へは鳩を使う事になった。
 次に滞在期間だが其れは六月と決めた。早すぎれば溶け込めない。だが、長すぎると潜入先の人々の考えに毒されてしまう危険がある。だがら、短過ぎず長過ぎずの六月と決まった。
 次に話し合われたのが娘達が潜入先に行く経路である。此れも各々が好きな道を行くのではなく順路を明確に決めた。理由は道中で何かあっても発見しやすい様にである。そして、其の道中には秘密の集落を幾つか作り寝泊まり出来る様にした。
 最後に他国内に作る拠点である。拠点には左主の将軍と六月後に交代する娘を忍ばせ、定期的に直接情報を得る事が出来る様にした。
「取り敢えずはこんな所じゃか…。」
 実儺瀨(みなせ)が言った。
「じゃよ…。後は又徐々に手直しじゃ。」
「じゃな…。」
 と、千佳江(ちかえ)が国内の政策を固めて行く中で実儺瀨(みなせ)も又国外の政策を押し進めて行った。だが、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は無駄に戦を繰り広げて行く。右主に国内の政策を任せたから、人口は勝手に増えて行くのだと勘違いしていたのだ。此れが又厄介な話しであった。何と言っても無差別に国を滅ぼしに行くので折角拠点を作っても、道中に秘密の集落を建設していても全て無駄になってしまうのだ。
 まぁ、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) も此の島唯一の大きさを誇るイズ国には攻めに行かなかったのでイズ国の中には無事に拠点を作る事が出来た。だが、此れでは悪戯に時間を無駄にするだけである。だから、本当はもう少し経験を得てから八重国の中に拠点を作る予定だったのだが、急遽八重国に渡る事にした。
 だが、結果的には良かったのかも知れない。迂駕耶(うがや)は八重国を建国はしたが、其の実は反感の根強い物だったのだ。特に八重国の大将軍が治めるイ国は酷い物だった。大将軍は軍事には長けていたが、国を治める事に関してはからっきしで、先住民から物凄い反感をかっていた。
 
 今ならいける…。

 実儺瀨(みなせ)はそう確信した。だから、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) に其の情報を提供したのだ。

 そして…。結果は散々だった。
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が領土は奪った者勝ち等と言う馬鹿げた事を言ったからだ。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) はソソクサと娘達を連れて去って行ったから其の後のイ国の現状を知らない。まぁ、知った所でなのだが、其の後は騒然たるものであった。同盟国同士が殺し合う中、先住民も巻き添えを食らって殺されまくっていた。イズ国の主もソウソウに放棄して去って行ったが、残りは最後まで戦っていたのだ。勝者が何処の国だったかは覚えてはいないが、最終的には先住民の怒りを買って皆殺しにされていた。

 まったく…。

 折角の好機を…。

 と、初めは思っていた。だが、娘達が情報を集めて来る中で周国に支配されていた歴史を知らない国が多い事に驚かされた。

 思い無く
 願い無く…。

 ただ、欲の為に国を奪い、人を殺す。
 だが、我等は違う。
 繰り返さぬ為に戦い国を統治しようとしているのだ。

 志し無い者は唯のサルに過ぎず。

 だから、未だに文化さへ持てないのだ。

 だから、実儺瀨(みなせ)は朝廷を開き皆に言った。

「八重国とイズ国だけにするんか ?」
 里井が言った。
「じゃよ…。他の国は相手にもならぬ。」
「夏夜蘭(かやら)が滅ぼしてしまいよるしのぅ ?」
 陽留佳(ひるか)が言う。
「其れもありよるんじゃが、矢張り一番は八重国じゃ。特に伊波礼毘古(いわれびこ)には注意が必要じゃ。」
「伊波礼毘古(いわれびこ) ?」
 里井が問う。
「確か…。迂駕耶(うがや)の六男じゃ。」
 友香里(ゆかり)が言う。
「六男より五瀨じゃかよ。」
 臥麻莉(ねまり)が言った。
「確かに五瀨じゃ。彼奴は迂駕耶(うがや)の地位を狙っておる。」
 奈木寐(なきぬ)が言う。
「五瀨は野心家じゃ。欲に溺れておる。じゃが、伊波礼毘古(いわれびこ)は違いよる。我には自分を隠しておる様に見えよるんじゃ。」
「じゃかぁ…。」
「じゃよ…。」
「其れで伊波礼毘古(いわれびこ)に注意を払ってどうするんじゃ ?」
「決まっておる。五瀨を誑かして内乱を起こさせよる。」
「内乱 !」
 娘達が口を揃えて言った。
「うむ…。知っての通り、我が国は戦をする力がありよらん。否、戦をしよっても奪った領土を治める力が無いんじゃ。」
「確かにじゃ…。」
「今の幼子が育つには十年は掛かりよる。じゃから、少しでも侵略の刻を延ばさねばいけん。」
「成る程じゃ…。其れで内乱を起こしよるわけじゃか。」
「じゃよ…。其の間にイズ国が更に力を強る可能性もありよる。」
「じゃから、イズ国にも潜り込む訳じゃな。」
「そう言う事じゃ。じゃが、此処で伊波礼毘古(いわれびこ)が何をして来よるか分かりよらん。」
「成る程じゃ…。」
「邪魔になるようじゃったらコッソリ此れじゃ。」
 と、実儺瀨(みなせ)は首を掻っ切る仕草を見せた。
 そして、実儺瀨(みなせ)はガックリ項垂れる賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) に言ったのだ。内乱を起こさせる事でハナ国は焦る事無く国力を回復する事が出来る。今は領土を増やすよりも人を増やす事の方が先決なのだ。
 もとい、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は戦がしたい見たいだったが、此処は我慢して貰わねばどうにもならない。まぁ、気持ちは分かる。国力が戻る頃にはハナ国の主は賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) から丕実虖(ひみこ)に受け渡されているのだから。だから、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は其れ迄に何とかしたかったのだ。
「後は我等が引き継ぎよる。必ず何とかして見せよるじゃかよ。」
 と、心に誓い実儺瀨(みなせ)達左主の娘達は八重国に渡った。

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