見出し画像

スナック初体験日記♡

先日、高校3年のクラスのプチ同窓会があった。
久しぶりに会えるクラスメイトも多かったので結構楽しみにしていたのだが、いざ店に入る直前になって『うまく話せるかな?』と地味に緊張している自分がいた。(補足:男子校出身なので参加者は全員男である)

その日はクラスの担任も来る予定だった。
僕らの担任は国語の教師で、正直授業の記憶はあまりないのだけれど(それはどの教科もなので決して先生のせいではない)、センター試験が終わり登校が必須でなくなった日から卒業式までの約1ヶ月半くらいの期間、クラスの全員にメルマガという名のエッセイを配信していた人だった。
先生自身の浪人時代・大学時代・子育ての話・チャットモンチーの歌詞についての音楽談義など内容は多岐に渡っていたがどれも面白くて、誰かの血の通った文章を読むのが楽しいと思う感覚の原体験はまさにそのメルマガだったと思う。

当時担任は30代後半だったのでそこから10年と考えると40代後半、老け込んでたらどうしようと思ったのだが、居酒屋の個室に入ってきた恩師は本当にうっすら顔に肉が付いたかな?くらいで何も変わっていなかった。

近況をそれぞれ報告して、会話は近くの席の3〜4人でのグループで高校時代や現在の話しを行ったり来たりしていた。

とある話の流れで、秋元系某坂道アイドルの話になった。
正面に座っていたAが大学時代とあるメンバーがめちゃくちゃ好きだったという話になった瞬間、『そういえば!』と僕の脳内のシナプスがスパークした。
Aがかつて坂道アイドルを題材にした下ネタツイッタラーとして沢山のフォロワーを抱えていたことを思い出したのだった。(何なら、そのネタツイでガチ恋ファンから殺害予告されていた。)
僕は彼の作品(ツイート)に宿るくだらなさと隠しきれない知性がとても好きだった。
そこからは巨匠の珠玉の作品たちを遡って鑑賞する時間になった。

反対側のテーブルではどういう文脈か「総務省は動きが遅い」という話をしている中、こちらのテーブルは下ネタで爆笑しているという対比が何とも僕らの男子校らしさを象徴しているようだった。
担任は『俺もこっち側かな』と巨匠の作品に笑っていた。
(差し出したスマホの画面を見る時にメガネを外した瞬間だけ唯一担任から10年という時の流れを感じた。)

そんな巨匠Aは4月に娘が生まれるということだった。
娘には自分が心から尊敬する昭和を代表する偉人から漢字を貰って名付けをすると言っていた。
先ほどの下ネタツイートとの落差に驚くけれど、これが10年近い時間の流れであると同時に人間の多面性と面白さだなと実感した。
(父になる直前にデジタルタトゥーを掘り返してしまって少し申し訳ない気持ちもある)

3次会では残った数名でスナックに行った。
会社で周りにそのような店に行く人がいなかったこともあり、僕にとっては初スナックだった。
正直、輪の中に知らない人が入ってくるのが嫌であまり乗り気でなかった。

僕らのテーブルには同世代くらいの凪ちゃんという女の子が来た。
(『凪のお暇』が好きで、その名前にしたらしい)
会話の流れで高校3年のクラスメイトで久しぶりの同窓会であることを伝えると、どこの高校なのかと聞かれた。答えるとスナックからも近い高校なので彼女もわかったようで「私は〇〇高出身です。」とそれもまた近くの高校の名前を言った。
その高校は先ほどまで一緒にいた担任の現在の勤務先であり「え、国語の〇〇先生って知ってます?」と聞くと、「高校時代の軽音楽部の顧問でした」とのことだった。世間の狭さを実感する。
隣に一人で飲み来ていた常連のおじさんも僕らの高校を知っているようで、「独立起業するなら早いほうが良い」と話に入ってきた。

スナックにはカラオケがあって、クラスメイトの一人がその常連のおじさんと『カナダからの手紙』という昭和歌謡をデュエットしだした。(その常連のおじさんは僕たちがお店に入ってきた時にはあいみょんの『君はロックを聴かない』を歌っていたのだが、今思い出すとじわじわ面白い)
次に、もう一人のクラスメイトが尾崎豊を熱唱した。
正直誰が何を歌ってもそんなに聴いていなくて、それまでは知らない人がいる場でカラオケする意味がわかっていなかったけれど、こういうある意味不干渉な感じだから楽しいんだなと初めてわかった。

凪ちゃんが『私も歌います』と曲を入れた。
無駄に語尾を伸ばさない感じが良いなと思う。

イントロが流れた瞬間に、チャットモンチーの『親知らず』という曲であることがわかった。

この曲は、チャットモンチーのメジャー2ndアルバム『生命力』の1曲目で、大人になって親元を離れて暮らしている主人公が自分に親知らずが生えてきたことを機に、実家の両親に思いを馳せるという歌詞が特徴的な隠れた名曲だ。ただシングル曲でもないし、MVがあるわけでもない曲なので世間的な知名度は皆無に等しいと思う。多分、あの場でこの曲を知っていたのも僕だけではないか。

僕はこの『親知らず』がチャットモンチーの数ある曲の中で最も好きで、先述の恩師のメルマガにもこの歌詞の一部を引用してチャットモンチーが切り取る個人的・個別的な世界を称賛していた。

彼女はその曲を淡々と歌った。
歌い上げるのでもなく、座ったまま真っ直ぐと歌っていた。
特段上手いというわけではなかったけれど、曲は終わる約5分間固唾を飲んで聴いてしまった。(隣で巨匠Aが4本同時に親知らずを抜いた話をしていた。入院はしなかったらしい。)

彼女は歌い終わった後も、特段『この曲好きなんです』とかも言わず、感想を求めるでもなく、何事もなく会話に復帰していた。

深夜1時を過ぎて、僕らは帰ることにした。
店先まで見送ってくれた凪ちゃんに『親知らず良かったよ〜』と手を振ったけれど、それに対しても特段のリアクションはなかった。
帰る電車がなくなっていたので、近くの漫画喫茶で始発を待って明け方実家に帰った。

行く前は何となく嫌だった知らない人と話したり歌を聴いたりすることは、大袈裟に言うとその人の人生を少しだけ想像する行為を伴っていて、嫌いじゃないなと思った。

彼女があの場で『親知らず』を歌った理由は今もわからないし深い意味なんてないんだろうけれど、なんとも不思議な時間で、きっとこの曲を聴いたりスナックに行く度に、あの日の夜をふと思い出すのだろうと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?