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あの日を敢えて思い出す#2

2019年2月26日。目が覚めたのに何だかまだ夢の中みたい。夢みたいな現実が、数時間後に待ち受けている。唯一いつも通りだったのは、起床後に携帯を確認する動作くらい。雪の予報、なし。ちょっと一安心した後に「いや、俺電車の遅延関係ないわ」と思い出す。母親も同じタイミングで起床した。いつもだとお互い目覚ましで一発起床なんてありえないんだけどなー。

朝食を食べに下のレストランへ行く。スクランブルエッグうまっ。ホテルのスクランブルエッグってどこも美味しい。窓際のうっすらと寒さを感じる席でぼくのかんがえたけんこうちょうしょくを頬張る。朝6時半でこんな人が動くのか、東京すげーって思ったりした。田舎者だから些細な違いが東京賛美へと変化する。道行く人はみんなしっかりとモフモフとしたコートを羽織っていたので、僕も暖かい格好しなきゃな。なんて思いながら部屋に戻る。今日の服は既に着ているのに。

部屋に戻ると一気に心の臓がバクついた。おそらく朝のルーティーン的なのが終わったからだろう。こっからは全部、初めての経験しか待っていない。思考がそれを認知するより前に、心臓が反応した。人間、意味の分からないタイミングで鼓動が早まると困惑するらしい。ほんの1秒間の出来事だったが、知らんぷりをして胸の奥にしまい続けた不安が全員顔をこっちに向けたような感覚が襲ってきた。何か、何かやらなきゃ。カバンを漁り数学を取り出す。正直なんの確認をしてるかもう分からない。ただただ、動かされるがままに眼球を、手を動かし続けた。「俺は天才だ…出来る…大丈夫…」と念じ続けた。これは自分が勉強を始める前に唱えていたワード。だいぶ落ち着いてきた。まさかちゃんと効力を発揮するとは。ルーティーンは大事だなと後々思った。この時は「落ち着けた自分」に安堵していたと思う。そんなこんなで、出発時間になった。

まずはリュックを開いて受験票を確認した。センターのやつと、二次のやつ。そして筆箱、の中のシャーペン、の中のシャー芯までチェック。消しゴムは2つ、デカデカとしたものがぶち込んである。あとはラムネ。1番ラムネが大事。勉強の時も模試の時も、挑む前はこいつを食ってた。今日も頼む。心配性特有の複数回チェックを終え、時刻は多分8:35くらいだったと思う。母親と共にホテルを出る。うっ、寒っ。余計にそう感じる。「とりあえず初日頑張っておいで」「やってくる、いってきます」母親は笑顔で送り出してくれた。僕も笑顔で歩き出す。ポケットからイヤホンを取りだし、携帯に刺し込む。気持ちを高めるために曲を聴く。主人公になった気持ちにならないとやってられない。ONE OK ROCKのアルバム「Eye of the storm」。かっこいい。ひたすらにかっこいい。高校受験も、高校サッカーの試合前も、全部ONE OK ROCKだった。あまり自覚はなかったが、思い返せば人生を支えてくれたアーティストはONE OK ROCKと言っても良さそうだ。

歩く道中のことはあまり記憶にない。ただひたすらに曲に身と心を預けていた。足取りだけは勇ましかったと思う。主人公になりきることには成功してたっぽい。歩き続けると目の前に同級生がいた。なんとなく話しかけるのは躊躇われた。多分彼も彼なりに自分の闘魂を燃やしているだろうと思ったから。

キャンパスの門前に着いた。めちゃくちゃ人がいる。横に目を向けると「○○塾」「○台」「○○ゼミナール」「○○ハイスクール」など見慣れた文字もあれば、僕からすれば都市伝説くらいに思っていたあの塾の名前まである。中にはとある講師の1/1スケールのパネルを持ってる人もいる。よく見るとテレビカメラっぽいのもある。さながらお祭りだ。当の本人たちにとっては命を削るよう日を、彼らは娯楽として消費しているように感じてなんだか嫌だった。僕自身、余裕がなかったからだろう。そんな時、後ろから声を掛けられた。クラスメイトの女の子だった。「絶対受かろうな!」と鼓舞を入れてくれた。「当たり前だ、やってるぞマジで」と返す。お互い相手に言ってるようで、自分に言ってたんだと思う。それぞれ道を別れ、各会場の建物へと向かった。自分の受験会場だった講堂は、どの建物より大きく見えた。

講堂に入る。広っ。アホみたいに人がいる。いや、ここにいる人達はアホじゃないんだけども。とりあえず自分の席を探す。あった。机の中央。辛い位置だね。それに、(この会場はみんなそうだが)椅子が固定され、机の幅が狭い。これは書きづらそうだなぁなんて思いながらトイレに向かう。受験といえばトイレ。みんなそうだと思う。よく分からないけど、本能的にあそこが1番落ち着くって思うらしい。一種の受験儀式を終えると、親友に会った。彼も同じ講堂で受けるらしい。「いやぁさ、昨日眠れんかったのよ。」「Aってそういうところあるよな笑 調子悪いとかはないの?」「まぁそれは大丈夫。不安で腹痛いけど。(僕)は?」「僕は大丈夫、だと思いたいよね。笑」こいつと喋ってる時が1番落ち着く。やはり幾つもの山を一緒に越えてきた者同士、勝負どころで互いに頼りにしているっぽい。自意識過剰だったら恥ずかしいな。「頑張ろうな。」「あぁ、お互いにね。」そう言って二人は席に戻る。いよいよ、一人での勝負になる。

大学教員たちが書類を抱えながら入ってきた。ただ紙に解答欄や問題文が印刷されたに過ぎないはずなのに、厳かなオーラを放っているように見える。どうやらあと数分でそのとんでもないブツを配布するらしい。急いでカバンからラムネを取りだし、4,5粒口に入れた。それから目を閉じて「俺は天才だ…出来る…大丈夫…」と何回も何回も唱える。いよいよ配布される。待ってる間は目の前の受験票をぼんやりと眺める。証明写真を見ながら「なかなか面構えはいいんじゃない?」なんて思ったりしたかもしれない。もしくは「これが学生証になってくれたらいいのに」なんて思ったりしたかもしれない。気付いたら目の前に問題用紙と解答用紙があった。

9時20分、会場が静寂に包まれる。

9時23分、手汗が滲んでくる。

9時25分、ひたすらに心頭滅却。

9時28分、2分後は本当に来るのか?

9時29分、残り60...59...58...............

9時30分、「解答を開始してください」の合図。

ついに、来た。


四方八方から紙がめくれる音が聞こえてくる。次に自分が音を認識したのは、「解答を終了してください」の合図だった。
解答用紙が回収されていく様はどの列も同じだった。黒い文字で埋められた紙がひらひらと大人のもとへ。時計は12時。これほどまでに2時間半の偉大さを痛感した日はないと思う。それと同時に、どんな日でさえ時間は平等に過ぎていくことを知った。とりあえず、昼飯を食べよう。そう思った。

次は数学だった。状況は国語の時と何ら変わりはないが、より気楽に待ち構えれていた。比較的得意だったのもある。数学の試験は先程と同じように始まり、先程より落胆して終わった。呆気なかった。何一つ手応えがなかった。頭の中は易化と難化を反復横跳びし続けていた。これほど悲しい手応えは初めてだった。模試ってなんなんだよ。何も模せてねぇよなんて意味の無い苛立ちを覚えた。帰宅の許可が出ると、とりあえず親友のもとへ向かった。「お疲れ様」「おう、お疲れ」なんとなく試験の感想は口にしなかった。それは親友も同じだった。どっちにせよ虚しくなるって察していたんだと思う。絞りカスみたいな明日への希望や、今晩の飯の予定とか話しながら各々のホテルへと帰った。一人になって真っ先に思ったのは「これ、明日もあるのか…」だった。完全に負けた気分だった。

この日の晩飯のことは全く覚えていない。笑えるくらい記憶にない。どの店を候補にしたとか、どういう雰囲気の料理だったとか、微塵も記憶にない。覚えているのは、帰ってから歴史の復習をしたことくらいだ。必死になってページというページに目を通した。明日は、明日こそは、絶対に、何としてでも、勝つ。勝つ。勝つ。勝たなきゃ。一気に集中したおかげか、眠気は睡眠薬なしで襲ってきた。昨日と同じように寝る前に母親と少し話をした。たしか、「さっき母さん音楽聞いてたけど爆音過ぎない?」「いつもこんな感じだけど」「音漏れすごくてB’z丸聞こえだった笑」「なんか気分高めたい時ってガンガンで聞かないと気が済まないのよね〜」みたいな会話だった。母親はロックンロール気質なのだと知った。

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