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『スマホ失明』「はじめに」を公開!

コロナ禍で視力が低下する人が急増

かんき出版から発売した『スマホ失明』(川本 晃司/著)の「はじめに」を公開します。「スマホで失明」って大げさな、と思ったあなたへ。失明=全盲、ではありません。「はじめに」の「ある高校生に起こった悲劇」だけでも読んでください。
気になった方は最後に購入先もご紹介してますので、ぜひ御覧ください。

はじめに


例えば、ある日の電車の中──前のめりで、スマホゲームに熱中する小学生。つり革を握り、スマホ動画を見つめるサラリーマン。
乗降口付近に立ち、SNSに興じる女性。
優先席で、ポチポチとLINEを打つ高齢者......。

あなたもきっと目にしたことがあるでしょう。
よくある、日常の一幕です。
しかし彼らを見ていると、私の脳裏には、次のような光景が浮かんできます。

数年後、あるいは数十年後──......。
元気だった小学生が大人になり、白い杖をついて点字ブロックの上を歩く姿。
サラリーマンが年を取り、介助者に手を引かれて階段を昇り降りする姿。
女性が、あるいは高齢者が、盲導犬に導かれて歩く姿。
そう、彼らが視力を失った姿です

なぜ、こんな姿が思い浮かぶのでしょう?
それは私が眼科医だからです。
実は今、私だけでなく、世界中の眼科医が、同じビジョンと恐れを共有しています。
これから、「失明人口」が爆発的に増加する可能性が高いからです

スマホで近視が進むと失明する!

失明人口激増の原因はいくつかありますが、その一つが、今や私たちの生活に欠かせないものとなった、「スマホ」をはじめとするデジタルデバイスです。

「スマホで失明って......大げさな」
「そりゃ、長時間使えば多少目は悪くなるだろうけど、近視がちょっと進むくらいでしょ?」

そんなあなたの考えは、半分当たりで、半分外れています。
当たっているのは、近視が進むというところ。
外れているのは、ちょっと近視が進むくらいでは済まないところ。
恐ろしいことに、近視の先には「失明」の可能性があることが、最近の研究からわかってきました。

従来、近視の進行は成長期の終わりとともに止まると考えられていました。しかし現代は近視の発症年齢が早く、近視進行のスピードが速くなり、それに伴って、近視の程度も深刻になっています。
また成長期を過ぎた大人でも、デジタルデバイスの長時間使用によって、近視の進行が止まらない大人がいることがわかってきたのです。つまり、スマホの使いすぎで近視が悪化すると、失明する可能性が出てきたのです。

近視がどんどん進むと、やがて強度の近視になります。
詳しくはのちほどお伝えしますが、強度近視になる頃には、実は眼球そのものが変形していきます。そのせいで眼球の組織が破れたり、周りの視神経を圧迫したり。その結果、さまざまな目の病気を発症して、失明に至るのです。

デジタルデバイスの普及に伴う、近視患者の異常なまでの急増に、私を含め、世界中の眼科医が戦々恐々としています。
患者の増え方は、まさにパンデミック並み。

『スマホ失明』より

オーストラリアのブライアン・ホールデン視覚研究所は、2010年には約20億人だった近視人口が、2050年にはなんと約50億人になると推計しています。
これは世界人口の半分です。
しかも、このうちの9億3800万人が、強度近視になると予測しています。つまり、今から約30年後には、10億人近くが視力を失う「失明リスク」にさらされるということです。
10億人というのは、その頃の世界人口の約10人に1人です。
10人に1人が、失明するかもしれないのです。

ある高校生に起こった悲劇

デジタルデバイスの急速な普及による、「スマホ失明」リスク。
その急増の波は、もちろん、日本にも押し寄せています。
わかりやすい例が、若い人、特に10代の間で「急性スマホ内斜視」の患者さんが目立つようになってきたことです。

内斜視とは、左右の眼のどちらか、もしくは両方が内側を向いている状態のこと。私たちの眼は、近くを見るとき、内側を向く「寄り眼」状態になります。このとき、長時間近くのものを見続けて、寄り眼状態が固定化すると、固定化した視線の先にしかピントが合わなくなります。
すると、それ以外の場所を見たときに、二重にダブって見えるようになるわけです。
ちなみに急性内斜視は、もともと近視がある人が、長時間、近距離でものを見続けることで、発症しやすい傾向があります。

こうした内斜視の中でも、スマホを長時間見続けることで起こる急性症状のことを、私は特別に「急性スマホ内斜視」と呼んでいるのですが......。

先日も、私が診療している山口県防府市のかわもと眼科に、16歳の男子高校生がやってきました。お母さんに付き添われてきた彼の訴えは、「黒板が見えない」「教科書が見えない」というものでした。
検査結果に目を通すと、裸眼視力は右眼が0・03、左眼は0・04。すでに近視がかなり進んだ状態です。
彼はメガネをかけて片眼ずつで見れば、問題なく見えると言います。しかし両眼で見た瞬間に、見えなくなるんだとか。遠くの景色が見えない、授業中に黒板を見ようとすると見えない。教科書やマンガはもちろん、愛用しているスマホも見えない......。

彼に普段の生活を聞いたところ、毎日、かなり長い時間スマホを見ていることがわかりました。そのため、眼球が内側に寄った状態で固定化してしまい、片眼だけなら対象物にピントを合わせられても、両眼を使ったときにピントが合わなくなっていたのです。

「お子さんの眼は、スマホの使いすぎが原因で、急性内斜視を起こした可能性が高いです。メガネで矯正が可能か、先ほど試してみましたが、矯正はできない様子です。詳しくはこの病気の専門の先生に聞いてみる必要がありますが、手術が必要かもしれません」

私がそう言うと、男子高校生とお母さんの様子がたちまち変わりました。
単なる近視だろうと思って受診したのに、まさか手術が必要になるとは思ってもみなかったのでしょう。この段階になって、ようやく二人は、「先生、どうすればいいですか!?」とあせり始めました。

とはいえ、急性内斜視は「急性」というだけあって、一時的に斜視になった状態なので、しばらく近距離でものを見ないようにして生活すると、症状が軽減することも多いのです。しかし近年は、スマホによる近業(44ページ参照)を長期間続けた結果、内側に寄った眼の状態が固定化してしまい、改善されずに手術となるケースが増えています。

彼の場合も、しばらくスマホをやめても症状は良くならなかったようで、後日、某県の大学病院で手術となりました。
ただ......残念なことに、手術をしても、見え方は完全に元通りにはならなかったそうです。彼には、常にものがダブって見える「複視」の症状が残ってしまいました。

失明には、3つの段階がある

ちなみに、私は失明には3つの段階があると考えています。この分け方は、眼科の一般的な分類に、私独自の分類を持ち込んでいます。ポイントは、「失明」にも段階があり、それぞれの段階で失うものがあるということです。失明の3段階とは、

❶「医学的失明」......まったく見えない状態。いわば真っ暗闇の中で生活する全盲のイメージです。
❷「社会的失明」……矯正視力(メガネやコンタクトを使用したときの視力)が「0・1」を下回り、社会生活を送る上でさまざまな不都合が生じる状態です。文字情報を得ることが困難になり、新聞や本などは読めなくなります。また、街中の交通標識や飲食店の大きな看板さえも判読できない状態となります。当然、車の運転免許も取得できません。現代社会において、人の活動が大きく制限されます。
❸「機能的失明」......疾病などで一時的あるいは部分的に見えないことで、社会的に「見えない人」として扱われる状態です。例えば、病名としては緑内障 の他、 眼球運動障害、眼瞼けいれんや重症のドライアイがあります。こうした病気のために、社会的に「見えない人」として扱われることで、さまざまな損失を被ることになります。

先ほどの男子高校生の場合は、盲目になったわけではないので、❶「医学的失明」ではありません。しかし、複視により細かな文字情報などを得ることは困難で、この先、運転免許も取得できない等、活動が制限されると思われることから、❷「社会的失明」に該当します。また、ものがよく見えないことで、学校をやめる、仕事に就けるか不明、障害者年金の受取を拒否される、などの損失を被る可能性があります。そうなると❸「機能的失明」にも該当するでしょう。人生100年時代という超長寿時代を生きる彼が、わずか16歳の若さでものがダブって見える病気を発症したことは、残り80年の人生の質を、これほどまで大きく下げるのです。

子どもは親に「急性スマホ内斜視」を隠す

ところで、彼はなぜ、これほど症状がひどくなるまで放置してしまったのでしょうか?実はこの男の子は、目の不調がひどくなるにつれ、「原因はスマホではないか」と薄々感じていたそうです。
「でも、そのことを親に言ったら、スマホを取り上げられてしまうかもしれない......」そう考えて、本格的に見えなくなるまで黙っていました。便利で楽しいスマホを使わずにいることは、今や大人にとっても難しいのですから、これがお子さんなら、なおさらスマホを取り上げられたくないでしょう。そのため子どもは、見えなくなっていることを、ギリギリまで親に隠すのです。どんどん悪くなっていく目の状態に気づいていても、スマホを使うのをやめられない。こんなに恐ろしい話があるでしょうか。私が眼科医としてスマホに危機感を覚える理由が、これでおわかりいただけたのではないかと思います。さらなる問題は、もし、この男子高校生のように急性スマホ内斜視を発症しなくとも、子どもの頃に始まった近視が原因で、40代、50代、60代になってから、失明に至る目の病気を発症する可能性が少なくない、ということです。そして、それに拍車をかけるのが、本書のテーマであるスマホなのです。

年々増加するスマホ利用時間

スマホの利用時間が年々増加しているという実感は、現在を生きる誰もが持っているものだと思います。では、実際のところ、どれくらい増えているのでしょうか。2019年に行われた総務省の調査によると、スマホを含むモバイル機器によるインターネット平均利用時間は、10代の場合、2012年には平均約76分でした。これが2018年には約145分となり、

『スマホ失明』より

ほぼ2倍になっています。割合的な増加率の上昇が著しいのは、意外にも50代で、2012年には約18分だった使用時間が、2018年には約53分、なんと3倍近くになっています。詳しくは後述しますが、2020年から流行が始まった新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の感染拡大の影響による「巣ごもり」で、モバイル機器の使用時間はさらに延びています。新たなデバイスが開発されでもしない限り、この先もおそらく、ますますスマホの使用時間は延びていくでしょう。そもそも日本は、現時点で成人の約半数が近視と言われる「近視大国」です。このままでは、将来の日本人の多くが失明する可能性が高いのです。

失明 ──あなたは、「見えない」ということを想像したことがありますか?外界の情報の8~9割を視覚から得ていると言われる私たちは、見えなくなれば、一人での移動は困難になりますし、看板などの文字を読むこともできなくなります。目の前のテーブルにどんなものが乗っているかもわからなくなりますし、食事のお皿が出てきてもどこから箸をつけたらよいか、それすらもわからなくなります。
今の社会は「見える人」が基準となって整備されていますから、見えないと、他人の助けなしには日常生活を送るのがとても難しくなります。ちょっとしたことを行うにも、常介助者が必要になるという現実を、あなたは考えたことがあるでしょうか?
あるいは、先ほどお伝えしたように、近視がある人が、長時間ものを近距離で見続けると、「急性スマホ内斜視」を発症しやすくなります。これにより、常にものがダブって見える複視のまま、生涯を送ることになる可能性もあるわけです。

数十年後にそんな状況に陥るのは、あなたかもしれないし、あなたの家族や、友人かもしれません。そして、その原因は、今、あなたの手の中にあるスマホなのです。

これまで近視対策ができなかった、二つの理由

では、私たちはこのまま、何ら打つ手もなく、失明してしまうのでしょうか?いいえ、そんなことはありません。実は、近視の発症・進行抑制に効果的な方法は、80年前から提唱されています。その効果の確かさが科学的に証明されたのは近年のことですが、効果的な近視予防法は、80年も前から、私たちの目の前にあったのです。しかし、これまで私たちは真剣に取り組むことができませんでした。それはなぜか?

理由は二つあります。
一つは、これまでは「近視はメガネなどで矯正すればよい」という思い込みが、専門家の中でさえ強かったこと。そのため、近視の発症・進行を止めようという本気の対策がされてこなかったことです。こちらに関しては、パンデミックと呼べるほどの近視患者の急増を受けて、すでに世界の国々でビッグデータを活用した近視研究等、本気の取り組みが始まっています。そして、一部の国では実際に改善の兆しも見えはじめています。本書ではまず、近視患者が急増している背景や、デジタルデバイスと近視人口急増の関係、さらに、各国の研究からわかった、効果的な近視対策についてお伝えします。

そしてもう一つ、私たちがこれまで本気で近視対策に打ち込めなかった理由。それは、かねてから提示されている近視対策法が、人間の心理を無視したデザインで提供されていたことにあると、私は考えています。

私たち人間は、「未来の大きな価値」よりも「今現在の小さな価値」を好むように、行動がプログラムされています。どういうことかというと、人間は未来のために今頑張ったほうがよいとわかっていても、気が乗らなければやらない生き物だということです。

合理的に考えれば、将来のためには勉強や運動、貯金や投資を続けたほうがよいことは、誰にでもわかります。けれど、今現在の「楽をしたい」「遊びたい」「快楽を得たい」という気分になかなか打ち克つことができません。私自身もそうですし、おそらく、あなたも同じでしょう。

いうなれば私たちは、「そのときの気分によって、合理的な判断がゆがむ」動物です。ですから「合理的に考えれば、将来のために近視対策を続けたほうがよい」とわかっていても、面倒だと感じるとなかなか続けられないのです。

行動経済学を近視対策に活用する

私は、この問題を解消してくれるのが「行動経済学」だと考えています。行動経済学とは、「人間は必ずしも合理的には行動しない」という考えをもとに、人間実際の行動に即した経済活動を、心理学を交えて分析する学問です。
例えば、「今すぐもらえる1万円と、1週間後にもらえる1万100円、どちらを選びますか?」と聞かれた場合、前者を選ぶ人がかなり多くいます。合理的に考えれば、1週間待って1万100円をもらったほうがトクなのに、今すぐ得られる利益に、高い価値を見出す人が多いのです。
こうした心理傾向を「現在バイアス」、または「せっかち」と呼びます。このような人間心理と経済行動を研究するのが行動経済学です。

あるいは、750円と500円のお弁当があったとします。このとき、よく売れるのは500円のものです。
ところが、ここに1000円のお弁当を加えると、急に750円のものが売れるようになります。買う側に「1000円は高すぎる、500円は安すぎてなんだか不安、真ん中の750円にしておこう」という心理が芽生えて、それまでは500円のお弁当を買っていた人も、750円のものを手に取るようになるのです。
売る側が1000円の「おとり」を用意することで、買う人を750円の商品へと自然に誘導できる。マーケティングで使われることが多い、こうした古典的な誘導も、行動経済学が得意とするところです。
「おとり効果」のように、人間心理に即した行動経済学のメソッドを応用すると、私たちはごく自然に行動を変えることができます。
これは、経済行動だけでなく、近視対策にも有効なはずです。

そこで本書では、行動経済学をベースにした、簡単に継続できる近視対策法についてもお伝えします。なぜなら私は山口県でクリニックを営む眼科医であると同時に、北九州市立大学大学院に在籍する行動経済学の研究者でもあるからです。

失明カスケードから逃れるために

冒頭でもお話ししたように、スマホに熱中する人々を見ていると、私には彼らが「失明へのカスケード」の流れに乗ってしまったように見えます。
カスケード(=Cascade)とは、階段状に連なった滝のことです。

上流ではか細い水の流れも、下るにしたがって、やがて大きな流れとなります。上流のか細い流れなら、あなたの手で簡単に堰き止めることができます。しかし、何段か滝を下り、それが大きな流れとなったときには、もはや人の手で堰き止めることはできません。

「近視発症」から始まる「失明」への流れに乗ってしまった人の目も、同じです。初期段階であれば、エビデンスのある眼科医療に頼るか、あるいは医療に頼らなくても、この流れを自分で抑えることができます。
しかし、進行するにつれ、コストも高額となる医療に積極的に頼らねばならなくなり、最終的には医療でも抑えることができなくなります。
だとすれば、失明へと向かう流れを止められるのは、「今」しかありません。もはや一刻の猶予もないのです。

なお、本書の後半では、近視の発症予防や進行抑制法の中でも、比較的コストがかからないものを中心にご紹介しています。

界を見渡せば、より効果的な方法もあるのですが、そうした治療は日本の健康保険制度ではカバーされておらず、経済的に豊かな人しか享受できないのが実情です。
厳しいことを言えば、経済的に「一人負け」している日本の政府や省庁の近視対策に、もはや期待はできません。そうした現実を理解した上で、何ができるかを知っておくこともまた、失明カスケードの流れを止めることに繋がると考えています。

あなたが本書を手にしてくださった「今」、眼科医として、行動経済学の研究者として、あなたやあなたの大切な人を失明から遠ざけるためのお手伝いができれば、これほどうれしいことはありません。
川本晃司


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