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【試し読み】栖来ひかり「はじめに」『日台万華鏡ーー台湾と日本のあいだで考えた』より


はじめに 

どうしてわたしは台湾について考えるのか 

日本という名前は日のもと、つまり日出づる處(ところ)という意味を持つといわれる。これは、聖徳太子が隋の皇帝・煬帝に宛てた記述のなかにあり、「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」と書かれていたと『隋書』に記録されている。

ここで「日出」「日没」がどのような意味をもつかには様々な議論があるが、着目したいのは日いづる處=太陽の昇る方角という箇所だ。東から太陽が昇るのは、それを見ている人が西側にいるからで、太陽の昇る場所に居る人は自分の場所から太陽が昇るのを確認できない。つまり日本という名前そのものが、日本の西側にある他者の視点を持って初めて成立する。このことは、日本は生まれたときから紛れもなくアジアの輪の一部であり、東アジアの隣人たちは日本が日本たり得るための鏡であると教えてくれる。

近年のDNA研究の発達とともに日本人のルーツ解析が進んでいるが、いま主流となっている「南島にルーツをもつ〝縄文人〟と大陸にルーツをもつ〝弥生人〟の混血が日本民族の起源である」という最初の仮説が、台湾と深い関わりを持っていることは余り知られていない。

金関丈夫(かなせきたけお)(1897-1983)は戦前に台北帝国大学医学部の教授を務めた医学者・人類学者で、台湾原住民族をはじめ南島に暮らす人々の骨格について深い知識を備えていた。それが後に、山口県の土井ヶ浜遺跡において大量の弥生人と縄文人の骨とが一緒に見つかった際に、弥生人が大陸系統の別ルーツを持つ人種であることを発見し、それまで主流であった縄文弥生進化説(縄文人が弥生人へと進化して現在の日本人となった)を覆した。台湾を通して〝日本人とはなにか〟の一端が示された例である。

日本の現代社会が抱えている問題も、台湾に照らせばより明瞭になることは多い。

例えばジェンダー問題がある。女性の働き方から始まり大相撲の女人禁制、男性受験者一律加点など表面化した問題は多岐にわたるが、その多くが女性はこうあるべきといった固定観念にもとづき、日本国民を統合する装置として明治維新以降に生まれた「日本古来の伝統」という意味づけに支えられていることが、ジェンダー研究者から指摘されている。一方の台湾は、日本の統治下で近代を通過しながらも、現代では女性の社会進出や性の在り方においてより豊かな多様性を獲得している。

これからの日本が、人口の減少や超高齢化、国際社会の複雑化に対応していくためには、こうあるべきという固定観念を取り外していくことなしに問題解決にあたるのは難しいだろう。固定観念から逃れること、それは自分のなかにある様々なレベルの他者の視点に、ピントを自在にずらせる能力を備えることにあると思う。

「わたし〝栖来ひかり〟はひとりの日本人であり、その前にひとりの女性であり、その前にひとりの東アジア人であり、その前にひとりの人間である」

ラジオのチューナーを調節するかのごとく、瞬時に思考をそれぞれのチャンネルに合わせれば、多様な音楽や物語が聞こえてくる。それら一つ一つに耳を傾けることで、国家への帰属意識から生まれる素朴な愛情が暴力的な権力へと姿を変えることに抗い、慰安婦問題をはじめ膠着化した国際問題について新たな思考を巡らせることができるのではないか。

嬰児が周囲との関わりの間でみずからと他者との境界を明確にしていくのと同じく国家もまた、「他」との関わりのなかで国の輪郭を形づくる。最も近しく歴史的な複雑性と豊かさを備えた台湾という隣人を、様々な角度や複眼性をもって見つめていくことが、「わたし」の陰影を照らし出し、進むべき未来へとみちびいてくれるだろう。

【続きは書籍『日台万華鏡』でお楽しみください】

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日台万華鏡』台湾と日本のあいだで考えた
栖来ひかり

四六並製、256ページ
定価:本体1,600円+税
ISBN978-4-86385-572-4 C0095
2023年5月上旬全国書店にて発売予定

装丁・装画 川原樹芳(100KG)・大柴千尋(100KG)

台湾在住で日本人の著者が、2016~2023年 の間“日台のあわい”で書き続けた3エッセー。台湾社会や日台の文化比較、歴史的交錯から、映画やアート、ジェンダー、LGBTQにまつわる話題まで広く言及し、リアルな台湾をあわいの視点からあぶりだす。

こんな発想をする人が国境をまたいで現れることをずっと待ってました。
複数の言語、複数の文化の中に身を置く著者が、ややこしくねじれた社会やジェンダー、歴史や文化といった様々な事象の乱反射を、未来を照らす“ひかり”に変換しようとする姿は感動的!


文化先進国台湾を知る最良の一冊にして自分たちを知るための最高の書。

――大友良英(音楽家)

信じられない!ひとりの日本女性がこんなにも台湾に愛情を持ってくれるなんて。そして、台湾の人や文化を観察した一篇一篇が、台湾人の説明する台湾よりもっと台湾的だなんて。
ようこそ、 わたしたちの台湾へ。 


――魏德聖(映画監督『セデック・バレ』『海角七号 君想う、国境の南』)

【著者プロフィール】
栖来ひかり(すみき・ひかり)

文筆家・道草者。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒、2006年より台湾在住。台湾に暮らす日々、旅のごとく新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力をつたえる。
著書に『在台灣尋找Y字路/台湾、Y字路さがし。』(玉山社、2017年)、『山口、西京都的古城之美:走入日本與台灣交錯的時空之旅』(幸福文化、2018年)、『台湾と山口をつなぐ旅』(西日本出版社、2018年)、『時をかける台湾Y字路─記憶のワンダーランドへようこそ』(図書出版ヘウレーカ、2019年)、『台日萬華鏡』(玉山社、2022年)挿絵やイラストも手掛ける。
公式オンラインストア

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