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尿意と殺意と少年の話

尿意と殺意の区別がつかない。
君は、尿意の殺意の区別がつかない。
それは残念な事態だが、生まれつきの病状であり突発的に発症した。

 太陽が太陽らしく輝いている夏の日、君は隣町の女子高との合コンに誘われその席で一人の女の子に「肌はミイラみたいな質感なのに目だけ黒豆みたいにツヤがあるね」と言われ、殺意が湧いたが殺意と尿意を勘違いし、おもむろに立ち上がってトイレに直行した。チャックを降ろせども降ろせども、君のションベンは全く出なかった。君がぬぐいきれない残尿感を抱きながら部屋に戻ると、「DAMチャンネルをご覧の皆さんこんにちは!」と画面の中から見知らぬアーティストが笑いかけてきたので、君は自分が飲んでいたドクターペッパーがどこにあるのかを見失ってしまった。隣の女の子は、またなにか話しかけてきたが、君は靴に張りつくような床のペタペタとした感触が気になりほとんど聞いていなかった。君の1番仲の良い友達は、B'zの『誘惑』をそれっぽく歌っていた。禁煙ルームのはずなのに、ソファーから煙草の匂いがしていた。君は、カラオケでの3時間に1200円を払った。

 君はまだ高校生で、東京にオリンピックが来ることも、それが延期になることも、アンタッチャブルが再びコンビでTVに出るようになることも、君にSIMI LABの存在を教えてくれた従兄弟のお兄さんが結局3回も結婚と離婚を繰り返すことも、

まだなにも知らなかった。

 

「笑っていいとも!」が最終回を迎えた日の授業中、尿意がたまらなくなった君はその尿意を殺意と勘違いし、突然立ち上がり、教室の後ろのロッカーの上に置いてあったバットを持ち出して教師をボコボコに叩きのめした。そしておしっこも漏らしてしまった。アルタスタジオではさんまのトークのあまりの長さにしびれを切らしたダウンタウンとウッチャンナンチャンが浜田の「うおおおおああああ!!」という猛獣のような雄叫びと共に登場した頃、君は、君のションベンと教師の血が混ざり合って発生した異臭に顔を歪めていた。君は2週間の停学処分になった。

ある時、
君のションベンが意志を持ち始めた。

 
その日のションベンは、妙に覇気があることを君は感じた。あり得ないくらいキラッキラしてた。そして「志し高く誇り高い」と思った。

次の瞬間、君はアッと驚いた。
君の尿道から出てきたキラッキラのションベンが下に落ちる前に引き返して君の方に戻ってきたのだ。そして君の目の前で停止した。
そして君に話しかけた。

「ションベンです。こんにちは。」

「あっ、こんにちは。」

「いつも俺のせいで大変な思いをさせて申し訳ない」

「僕が尿意と殺意の区別がつかないのは君のせいなのか」

「恐縮だが、そのとおりだ。普通、ションベンたちは尿道から出る瞬間にそれを体の持ち主に伝える。『そろそろ俺出ますよ』と。」

「ふむ」

「人間たちはその合図を尿意として受け取っている。しかし、俺の場合は事情が違う。俺は常にこの世に不満を持っていて、常にこの世の全ての奴らをぶっ殺してやろうと思っているんだ。とにかくこの世に対する憎しみが凄い。だから、俺は尿道から出るときも『畜生、全員ぶっ殺してやる』って思いながら出て行く。だから君はそれを尿意ではなく殺意として認識してしまっているんだ」

「なるほど、確かに君が完全に悪いね。」

「俺は悩んだ。こんな憎しみだらけの俺からバイバイしたい。もっと清らかで落ち着いた心の持ち主になりたいと。そして俺は精神修行を始めた。仏教の心を学んだ。そして俺はたった今、ついに志し高く誇り高い存在になった。もう、君が尿意と殺意の区別がつかなくなることは無い。安心してくれ。」

「清いションベンになったのか」

「清いションベンになった。むしろなりすぎた。」

「僕がこれから出すションベンは普通のションベンじゃなくて、精神的に清らかで格式あるションベンってわけだな」

「おっしゃる通り。」

「ありがとう」

「いや、こちらこそ。ではさらばだ。」

そういうと目の前のションベンは龍の形を成し、重力に逆らい天空へと舞い上がていった。

そこから、君のションベンは毎回、下に落ちるのではなく上へ昇るようになった。自宅の天井が尿に塗れ、カビだらけになるのも時間の問題だった。君はある日、再びションベンを呼び出した。

「あの、すいません、ションベンさん?」

「何かね?」

「すげぇ清らかになったのはよく分かるんですけど、上に昇っていくのやめてもらえませんかね?お母さんが『家族の中に信じられない放尿をしてる奴がいる』ってヒステリー起こしてるんですけど。」

「ふむ、しかし、天空へ向かうのは神様へと近づくための…」

「いや上に昇るまでは凄く清らかなんですけど、天井にビタタタタ!ってかかるとこが汚らしいし…」

「ビタタタタってなるのが嫌ならシャボン玉みたいに出ればいい?
 天井にフワ~ッ…パチン!って」

「いやそれも気持ち悪いです」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「いや、とにかく上向きじゃなくて下向きに出るようにだけしてもらってもいいっすかね」

「せっかく、修行してきたというのに!!
 なんてことだ!気が狂いそうだ!!」

「そんな取り乱します?」

「あああああああああああああ!!」

ションベンは絶叫しながらどこかへと逃げてしまった。

次の日、君のションベンは何故かゲル状になったり、肛門から出てきたりヘソからフライング気味に出たりなどし始めた。

ションベンの気が狂ってしまったのは、明らかだった。

君は膀胱を摘出した。
尿とは無縁の生活を送ることにしたのだった。しかし、膀胱を摘出したとき、ションベンの「ずっとつきまとってやる…」という声を聞き逃さなかった。

それ以来、君はションベンの悪質なストーカーを受けることになった。高校での水泳の授業が終わり、目を洗おうと洗眼用の蛇口をひねるとそこからションベンが凄い勢いで吹き出てきた。
「うわっ!汚ねっ!!」
君がそう叫ぶと、ションベンは狂ったように笑いながら大空へと逃げていった。

またそれ以来、どこのファミリーレストランに行ってもドリンクバーのラインナップにションベンが必ずあるようになった。きっと、それを押すとシロップ水と混じった、若干薄められたションベンが出てくるのだ。

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