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パラグライダーと私 ~ どうして30年も飛び続けられるの? 空撮パイロット・ぴょん吉さんに訊く ~

空を飛びながら、写真撮影したことはありますか?

パラグライダーで飛んでいると、フライトしながら写真や動画を撮影したい!と思うのは、自然な流れ。ところが、いざ自分で空撮しようとすると、意外と難しい。どんな機材を使えばいいか、どこにカメラを固定するか、パラグライダーを操作しながらどうやって機材をいじるか……事前準備は必須。準備しても、空中で想定通りの動きをできないこともしばしば。

いつも気さくな「ぴょん吉」さんは、地上でも、パラグライダーで飛んでいる時も、カメラと一緒。離陸場(テイクオフ)や着陸場(ランディング)はもちろん、フライトしながら上昇気流(サーマル)のなかで高度を上げるために旋回しているときも、チャンスがあればシャッターを切ります。

ぴょん吉さんがいるときにフライトすると、自分が飛んでる様子を撮影してもらえる事も! かっこよく撮影してもらった写真を見返すと、パラグライダーで飛ぶ楽しみが倍増です。いつもステキな写真をプレゼントしてくれるぴょん吉さんは、自然と、多くのパラフライヤーから慕われています。

そんなぴょん吉さんがパラグライダーを始めたのは1990年、彼が20代のとき。それから約30年経った今も、コンディションが良い日には足繁くパラグライダーエリアに通い、フライトと撮影を続けています。

彼が何を考えてパラグライダーを続けているのかを聞いて、文章にしておきたい!と取材企画「パラグライダーと私」を開始する時から、私は企んでいました。だって、30年ずっと同じ趣味に打ち込んでるんですよ。すごいというか、よく飽きないな(笑)というか……気になりませんか? 私はとても気になるので、根掘り葉掘り聞いてきました。(取材日:2021年3月)

取材企画「パラグライダーと私」では、パラグライダーを楽しむ人の言葉を通して、趣味をもち豊かな人生を実現する方法を考えていきます。

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(2015年8月、スイス・エンゲルベルクにて)

目の前に広がる景色はそのときだけの存在

ーパラグライダーで飛びながらの撮影を始めたのはいつですか?
「スクールに入校して少し経った頃に『フライト中、目の前に広がる景色はそのときだけの存在』ということに気付き、景色を記録したいと思いました。それが撮影を始めたきっかけなので、パラグライダーを始めた90年代前半からずっと空撮しています。
写真より先に、ビデオ空撮を始めました。そのころは家電専門店で働いていて、映像機器も取り扱っていたんですが、パラグライダーに誘ってくれた同僚と「この機材を使うと面白い映像が撮れるんじゃない?」と雑談することがあって「じゃあ、やってみよう」となりました。

写真は1995年頃から、使い捨てカメラの「写ルンです」で始めました。でもビデオのほうが失敗しても消せて便利なので、引き続きビデオメインでした。2000年代に入るとデジタルカメラが普及しはじめて、ビデオ映像の編集が大変で嫌になってきたのもあって、写真メインに移行しました」

はじめはハンディカム(手で持つタイプの小型ビデオカメラ)を右手にパラグライダーを左手に…つまり片手でパラグライダーを操作しながらビデオ撮影していたというぴょん吉さん。1993年にアクションカメラの先駆けともいえる小型カメラ「マメカム」が発売されると、ハンディカムを卒業して乗り換えました。「これをヘルメットにつけて撮影すれば、飛んでいる目線で映像が撮れる」と思って…と語ります。2021年の今、GoProをヘルメットに付けて撮影しているパラグライダーパイロットは少なくありませんが、その先駆け!? 写真撮影に移行してからも試行錯誤を重ねて、 現在は主にファインダー付きコンパクトデジカメを使っています。

ー「シャッターチャンスを逃した!」ということはありますか? 
「もちろんあります。単純にチャンスを逃しちゃうより悔しいことも…、サーマルに乗って旋回しているとき『旋回の対角線上で同じように旋回している機体を撮りたい!』というときがあるんです。『でも、いまカメラに手を伸ばすとパラグライダーの操作が甘くなってしまう。撮りたいけど撮れない!』というようなことも、よくあります。
長時間フライトしているときも、シャッターチャンスを求めて「フレーミング」しながら飛んでいます。(できるだけ長い距離を目指して飛ぶ)クロスカントリーのときは、周囲を飛んでいる仲間の動向をチェックしつつ、サーマルがありそうなところを探しつつ、フレーミングしてます」

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(2015年8月、オーストリア・ケセンにて、旅先での出会い。
手前はぴょん吉さん。奥を飛ぶのは、ハングライダーの事故で大怪我した後にリハビリ復活し、車いす・アシストハーネスで空を飛んでいるという方)

週末フライヤーでも8時間飛べちゃった!

ぴょん吉さんは「風と友達になろう!」というタイトルでホームページを開設。気象情報リンク集台湾フライトエリアガイドなどフライヤー向け情報に加えて、自身が使った機材の記録を「パラグライダー遍歴」として公開しています。

ー「パラグライダー遍歴」以外はどんな記録をつけてるんですか?
「スクール生の時からパイロット証取得してしばらくは、手書きでログブックを付けていました。でも手で書いてると、フライト時間の累計などを計算違いする可能性がある。そこで、コンピューターでのデータ管理に移行しました。PCが普及する以前はワープロの表計算機能を使って、その後PCソフトのファイルメーカーで自作データベースを構築して、今はデータベースとExcelの2本立てで管理してます」

ー「パラグライダー遍歴」を見ると、平均フライト時間に関する言及が複数あります。フライト時間を延ばす事への挑戦は、いつから始めたんですか?
「パイロット証の取得後、スランプに入ってしまい抜け出せずもがいていた時期がありました。そのころエリア最長老のパイロットに『パラグライダーを長く続ける秘訣は?』と質問したところ『ただ漠然と他のひとに付いていくのではなく、自分の中で『こういうことをしたい』という目標を持つといい』と教わったんです。例えば『今日は30分以上飛びたい』という気持ちを持つ。そういう意識を持って飛んでると、仮に目標を達成できなくても、やる気や飛ぶモチベーションを高めることができます」

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(2014年8月、スイス・アッペンツェルにて。雲の影が平原に映り込んで… どこかにアルプスの少女ハイジがいるかも?)

「記録の話に繋がりますが、フライトデータをいつでもチェックできる状態にしておくと、目標管理やモチベーション維持にも役立つんです。コンディション把握にも有用で、たとえば気象条件を見て『前によく飛べた日と似た条件だから、今日もたくさん飛べるかな?』という予測もできるようになります。積み重ねたデータを活用することで、より長くより高く飛ぶための、良いサイクルを回していくことができるんです。

僕の自己最長フライト記録は8時間なんですが、それを達成したのは『良いサイクルを回す』を特によく実践できていた2012年です。日照時間が一年でもっとも長い6月末頃、その前の週もたくさん飛べたので『今日も長く飛べたらいいな』と思ってました。『日没は18時半前後なので、長ければその時間まで飛べる。(上昇気流がたくさん発生する)サーマルタイムのスタートが10時とすれば、6時間は手堅く飛べそう。あわよくば7時間?』なんて思ってたら、8時間飛べちゃった! その日の気象コンディションを目一杯に使って飛ぶことができました」

ー平日は会社員として働きながら、週末だけする趣味のパラグライダーで、そこまで飛べるようになるんですね。すごい!

ただ漠然と飛ぶのではなく、自分の中で「こういうことをしたい」という目標を持って飛ぶ。記録を取り分析して、次に生かす。目標を達成したらまた次の目標を立てる……そのサイクルを回すことで、より長くより高く飛ぶことができるようになるんですね。

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(2012年6月末、群馬にて。8時間以上のフライトを達成した日に撮影)

ー心身の調子を整えて、気象など諸条件を観察判断して、記録に挑む…という話を聞くと、パラグライダーはただの遊びではなく、紛れもなく「スポーツ」なのだと感じます。
「技術力に加えて、モチベーションなどメンタル面の影響も大きいスポーツです。ある程度の技術が身についてから気持ちやメンタルがリズムに乗ってくると、良い方向に回転する。逆に悪い方向に回りだすと「なんでこんなところで、そんなミスをするの?」ということが起こりやすくなる。そこらへんにも面白さがあります」

ー記録に挑戦するためには「自身の限界を超えていく」ようなスポーツ性や精神的な強さも大切なのかなと、話をうかがっていて思いました。
「スキルアップすると自信に繋がり、メンタル面の調子も良くなります。良い相乗効果が出てくるとスキルもメンタルも上向きになり、どこかでブレイクスルーするタイミングが来る。そのタイミングにうまく乗れると、今まで越えられなかった壁を越えていくことができる。そういう可能性に気づくと、パラグライダーに対する興味がさらに湧いてきますよ!」

「良いサイクル」を回して達成。みなかみ発・谷川岳武尊山アウト&リターン

ー数字的な「記録」をいったん離れて、「記憶」に残っている思い出深いフライトについて教えてください。
「2015年5月に、一回のフライトで谷川岳と上州武尊山(じょうしゅうほたかやま)に肉薄できたのは思い出深いです。僕以外にこれを達成した人は他にいないはず。あとは、2017年2月に、オーストラリア・マニラで237kmの⻑距離を飛んだことかな…」

ーまずは谷川岳・武尊山のフライトについて、教えてください。
「当時は群馬・みなかみにあるスクール『グランボレ』がホームエリアでした。ホームを出発してまず谷川岳の近くまで飛んでいき、ホームに戻って高度を上げ直してから、北上して武尊山のほうに飛んでいきました。ホームに戻ったら高度がまだあったので、ホーム周辺を軽く空中散歩してからランディングしました。スクールの管理空域の外に出て、周遊フライトしてから空域内に戻ってランディングした『アウト&リターン』です」

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https://www.paraglidingforum.com/leonardo/flight/1149294

ーえらく遠出しましたね! それは狙って実現したんですか?
「谷川岳には行けると思ってました。一緒に飛んでた友人たちは、谷川岳に行ってみなかみ(ホーム)に戻って満足してランディング。でも僕はホームに戻ってから高度をあげ直す余裕があったので、もっと面白いことができないかと考えて、飛び続けました。ホームでサーマルを捕まえて高度を上げつつ、風を見ながら隣のエリア(『トップフィールド』がある沼田エリア)に行って戻ってこれるんじゃないかな?」と考えた。でも、隣の方角に向かい始めたらシンク(下降気流)がすごくて『だめだ!』と判断、すぐホームに戻って高度を上げ直しました。改めて風を見ながら『武尊なら行って帰れるんじゃないかな?』と考えて、それでチャレンジして、うまくいきました。つまり最初のフライト計画があって、状況を見ながら二度・三度と作戦を練り直して、最終的には『アップデートした計画』を達成したので…かなり充実感がありました!」

ぴょん吉さんは「谷川岳のほうに攻めた経験はあまりなかったけど、後半の武尊に行くのはそれ以前にもやったことがあった。失敗すると谷に降りて遭難するリスクもありますが、その日なら『できるだろう』と狙った」と飄々と語りますが、そのエリアの地図や当日の気象条件を把握していないと、フライトしながら計画のアップデートは出来ません。

一緒に飛んでいた仲間たちが「満足してランディング」した様子を見ながらも、自身は満足せずに飛び続ける。精神的余裕とハングリー精神が同居しているようです。

「狙い通りにできたので、満足できるフライトでした。(隣のエリアに行こうとしたのが)うまくいかないときは引き返したり計画修正をしたりしつつ…リスクを伴うことなので『無理はしない』のが一番大事です」

チャレンジしつつ、無理はしない。バランスを取りつつ、出来ることを広げていく。それが難しく、同時に面白いところなのでしょう。

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(2015年5月、上州武尊山近くのたんばらスキー場上空で撮影。
谷川岳方面の山波を望んで)

仲間とともに限界にチャレンジ。オーストラリア・マニラでのクロスカントリーフライト

ーオーストラリア・マニラのフライトについても教えてください。
「12月〜2月のオーストラリア・マニラは、長距離を飛びやすい条件が揃う可能性があります。それに合わせて2017年2月にソラトピア(スクール)がツアーを組んでくれて、僕も参加しました。そこで237kmのフライトを達成。翌日も123km飛んで、飛行時間は2日で合計14時間40分。こんなにたくさん飛んだのは、後にも先にも、そのときだけですね」

ー折にふれて「またマニラに行きたい」と仰ってますね。年に1回は限界に挑戦したいから、行きたいのでしょうか?
「『100km・200kmの距離を飛びたい』という人たちと一緒に、改めてチャレンジしたいんです。パラグライダーは1人で出来るスポーツですが、仲間と一緒に飛ぶと、よりいっそう楽しめる。その楽しさを共有したいという想いがあります。この感覚はちょっと特殊で、他のスポーツでは得られないものです。意識しなくても、自然とパラグライダーという共通項のある仲間が増える…そういう環境もいいなと思ってます」

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https://www.paraglidingforum.com/leonardo/flight/2255454

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(2017年2月、オーストラリア・マニラにて)

王道はない。ライフスタイルに合わせて、無理なく楽しもう

ーパラグライダーを習い始めてから今まで30年間の、目標の変遷を教えてもらえますか?
「パイロット証を取るまでは、たまに気分転換で飛べればOKでした。その後は、平均フライト時間への挑戦! まずは30分、そのあとは60分突破が目標でした(2011年には1時間半を記録)。2000年に大怪我して以降は『大きな怪我はしない』が目標です」

ーこれからやりたいことや、行きたい場所はありますか?
「数値化できる目標は一通りやってしまいました。今やりたいことは…パラグライダーを始めたころから行きたいけど、なぜか実現してない『石垣島で飛ぶ』かな? コロナが落ち着いたら、台湾、スイス、オーストラリアあたりを再訪したいです」

飛ぶエリアにもよりますが、何もしないと10分程度で地上に降りるパラグライダー。平均フライト時間が1時間半というのは、驚異的なことです。ちなみにまだ初心者の私だと、平均フライト時間は20分くらい…💦

ーパラグライダーとの理想の付き合い方は、どんなものですか。
「パラグライダーは飛ぶ場所・季節によって様々な楽しみ方があって「これ!」という王道はありません。 気分転換に飛ぶのもよし、その日の気象条件を最大限に活かしてダイナミックに飛ぶもよし、大会に参加して競い合うひともいます。ライフスタイルに合わせて無理なく楽しむのが一番です」

ー最後に、パラグライダーに興味がある人へ、メッセージをお願いします!
「一見難しそうにみえますが、気軽に空を楽しめる。それがパラグライダーの良いところです。気軽ですが、楽しみ方の選択肢はたくさん。 まずは、体験してみください。世代を超えてたくさんの方とお友達になれますよ!」

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(2020年11月、鹿児島にて。
現地のカメラマンさん撮影。本記事の扉写真も同様)

編集後記

私にとってのぴょん吉さんの印象は「陽気で気さく、いつも楽しそうなパイロットさん」でした。夏はヨーロッパに行ってフライト三昧とか、飛びに行った台湾でスヌーピーのかわいいヘルメットを見つけたとか、楽しい話題が尽きないひとだなぁ…と。

でもあるとき、ふと不思議に思ったんです。ただ「楽しい」だけで、30年もパラグライダーを続けられるの?と。今回のインタビューはそんな疑問を払拭するにとどまらず、いつも楽しそうな彼が奥に持つ「熱さ」を垣間見る機会になりました。

今回うかがったお話のなかで、特に私の印象に残った部分は、こちら。

身体とメンタルは繋がっている。そのふたつのリズムを整えて、よいサイクルを回せば、もっと高くもっと遠くに行くことができる。さらに仲間と共に飛ぶことで、楽しみの幅もさらに広がる。

フライトデータなど「よいサイクルを回す」ための土台を構築して、「リスクとチャレンジのバランス」を取りつつ、自分が楽しむために写真撮影をして、仲間にそれをお裾分けして、自分もみんなもハッピーにしている。絶妙なバランス感覚だなぁ!と、原稿をまとめつつ感服でした。簡単に真似ることはできないけど、少しずつ技を盗ませてください、ぴょん吉師匠。

いつも色々な話を聞かせていただいていること、たくさんの写真を提供いただいていること、改めて感謝申し上げます♪

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いただいた写真がどれも素敵なので、写真集も作成しました!


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