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死ぬよりも怖いことを考える

重大事故の知らせを聞いた。

今週は、ひどい交通事故のニュースを見かけて気が重くなったばかり。

以下の文章は、事故が起こる前に書いた。事故直後に公開するのは好ましくないと思う人もいるかもしれない。でも、こういうことを考えるのは大切と、私は思う。

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「パラグライダーなんて危ないよ。落ちたら死んじゃう」

パラグライダーは楽しいという話をすると何度も聞かれる質問に、私は用意してある答えを繰り返す。

「普通に飛んでいれば、めったに墜落はしないよ。仮に落ちても、日本の山は木がたくさんあるから、木の上に落ちるか電線に引っかかるかすることがほとんど。なにかに引っかかれば即死はしない。なにかに引っ掛かったあと、救助が来るのを待ちきれず自力で降りようとして失敗してしまうこともあるけど、だいたいは怪我で済む」

…とはいえ、冒頭に紹介したように、パラグライダーによる事故で毎年2~3名は死亡している事実は確かにある。しかし、いっぽう、交通事故の死亡者数が年3~4000人であることを考えると、まぁ妥当な数字だろうと、いまの私は考えている。いつか変わるかもしれないけど、いまのところは。

何かを始めるとき、私はまず最悪のケース(ワーストシナリオ)を考える。ベストシナリオも考えるように努力しているが、ベストシナリオと同じかそれ以上に、ワーストシナリオを想像するのは大切だ。

最悪の状態がわからないと、リスク管理ができないから。

たとえば私が海外転職してシンガポールにいたときのワーストシナリオは、「失明するような事故に遭い、仕事ができなくなる。治療のために高額の費用が必要になり、シンガポールにとどまって治療するか、帰国して治療するかの選択を強いられる。シンガポールの医療費は高額でつらいが、仕事を続けることができるかもしれない。帰国すれば日本の保険制度が使えるため出費は抑えられるが、間違いなく失業するし住む場所も悩ましい。しかし悩む時間はなく、早急にどちらをとるかの判断を迫られる」…だった。

想像するだけで気が滅入るような内容だが、ワーストシナリオを考えて、もしもそうなった時に自分が取れる対応策を確認して心の準備をしておけば、だいたいどんな困難が訪れても「どうにかなる!」という気分になる(……なりませんか?)。

パラグライダーを始めるにあたってのワーストシナリオも、もちろん考えた。墜落して死亡するのは、周囲の方には迷惑をかけることになるし遺族の方はやりきれないだろう、でも本人的にはつらい時間は一瞬で悪くないかもしれない……と私は思う。

しかし、死亡事故が好ましくないという事実は揺らがない。どんな状況で重大事故が発生するのかは、知っておいたほうがいいだろう。

業界団体のJHF(日本ハング・パラグライディング連盟)安全性委員会が、事故情報をまとめてオンラインで公開している。

重大事故(=人が亡くなった事故)は「事故報道速報」のページに手短にまとまっている。冒頭で言及した事故についての情報もある。

https://jhf.hangpara.or.jp/jhsc/jiko_hodosokuho.html

これを眺めていると「落ちたら死んじゃう」と一言でいっても、様々なバラエティがあることが分かる。それとともに、読んでいると重い気分になる。パラグライダー・ハングライダーの死亡事故だけでもこんな気分になるのだから、交通事故の情報ボリュームやバラエティなんて想像したくもない。いや、するけど……

…とはいえ私にとってのワーストシナリオは、死亡事故ではない。気を取り直して、重大事故以外の情報も確認してみよう。

同じくJHFが、各年に発生した事故概要を公開している。速報よりも踏み込んだ内容で、事故日の天候や事故経過も記されている。2020年に発生した事故は、パラグライダー ・ハングライダー・モーターパラグライダー、3種類のスカイスポーツを合算して23件。そのうち17件がパラグライダー関連。

https://jhf.hangpara.or.jp/jhsc/jikogaiyo/jikogaiyo2020.pdf

着陸時の事故が多い。飛行機と同じだ。風に煽られる等でうまく着陸できず、パイロットが打撲や骨折をする例が目立つ。

正規の着陸場に届かず別の場所に降りてしまうことを「アウトラン」という。私もやりそうになったことはあるし、時々見かけることがある。しかしアウトランは川に着水したり木に引っかかったりすると大きな事故に繋がる…ということも、事故概況を眺めているとわかる。

読んでいて私がもっとも「つらい」と思ったのは、ベルト外れによる事故。亡くなってしまった方なので詳細はわからないものの、つけ忘れか機材の不具合か…前者だったら悔やみきれないだろう。木に引っかかった後に自力脱出しようとしてベルトを外し、木の上から墜落してしまう…これもつらい。

事故には防げるものと防げないものがある。

「パラグライダー なんて危ないよ」

という人に、私はこう返すこともある。

「生きていれば、いつでも危ない目に遭う可能性はある。自宅にいても、大地震が起きるかもしれない。歩いていても、歩道に自動車が突っこんでくるかもしれないし、階段で滑って転ぶ可能性もある。リスクはどこにでもある」

外出、運動、旅行……、何をしてもリスクは伴う。パラグライダーも同じ。

危険だらけの世界を、私たちは生きている。だからこそ、何かをするときはどんなリスクがあるか、どの程度あるかを把握して、対策を講じることが大切だ。

ワーストシナリオを想像することで、事故が発生したときに何をすればよいか、発生させないためには何ができるか、考えるきっかけができる。自らに不足しているものがあれば、それを補うことができる。

Hope for the best and prepare for the worstという言葉がある。何か新しいことをはじめるとき、「楽しいことをしよう!」とワクワクする感覚はかけがえのない大切なもの。しかし一歩引いた視線でワーストシナリオを考えるのも、同じくらい尊く、プライスレスな経験だ。

安全に、楽しく、飛びたいね。


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