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苗字を変えたくない女が「妻の氏」にチェックを入れるまで。そのあと。

結婚しますと報告すると、決まって「え~じゃあもう〇〇さんじゃなくなるんですね!」と言われる。

それはもちろん相手にとっては深い意味などなくて、ただの日常の受け答えに過ぎないのだろう。
別にここで面倒臭い説明をする必要はないかと判断し、愛想笑いで「いやぁ、仕事上は二人とも旧姓のままなので…。」と受け流す。
こういう、小さなモヤモヤが積み重なっていく。

私は幼少期から、結婚したら自分の苗字を変えなければいけないということを疑問に思っていた。そして様々な障害を乗り越えつつも、私は自分の気持ちに嘘をつかずに戦った。私は、私の苗字を守り抜いた。

彼とよく話し合い、納得した上で私の苗字を選択することができれば、気持ちよく結婚することができると当たり前に思っていた。
しかし、先ほど述べたような会話や、ふとしたときにこの選択で本当に正しかったのだろうか?と考えずにはいられない。
私が折れて、誰にも何も言わずに相手の苗字を受け入れればよかったのではないか、と。

結婚までの長い道のりで私は、苗字で悩んでいる人や事実婚を選択した人のブログをたくさん読み、それが本当に心の支えとなった。
全てが敵に思えて孤独に感じていたとき、同じ悩みを持つ人たちがいること、それを乗り越えた人がいること、それは本当に心強かったし嬉しかった。
だから私も、いつか誰かのちょっとした心の拠り所になれば、と思いこれを書いている。

私は、小さな頃から理由はよくわからないが、結婚しても苗字を変えたくないと思っていた。
学生になり彼氏ができ、いつか結婚したいねなんて話すようになって、今思えばただの二人の妄想でも当時は真剣で、私は苗字変えたくないんだと話した。その時の彼は苗字に執着がないと言っていたのでよかった、と思った。その後あっけなく別れたが。

そのようにして、子供の頃から私は少しずつ苗字を変えたくないという想いを強固にしていった。
私はそういう人間だから、と理由を深く考えようともしなかった。

そして今の彼に出会う。当時はまだ十代だったがなんとなく、恋とか愛とかどうでもよくて私の意思とは関係なく「あ、この人と結婚するんだろうなぁ」と感じていた。
今まで自分がしてきた身を切るような、焦がれるようなあの熱っぽい恋とは全然違っていて、単純に居心地が良くて安心できた。「人生のパートナー」という言葉がぴったりだった。

これが学生時代のような切羽詰まった恋愛で周りが見えていない状態だったら苗字のこととか考えずにとにかく一緒にいたいからと、簡単に結婚していたかもしれない。
しかし、良くも悪くも落ち着いていて割と冷静な付き合いだったこともあり、結婚については「するにはするんだろうけど」という気持ちで色々と後先のことまで考えた。
そして、苗字の問題に直面した。
ちなみに、私は長女、彼は一人っ子の長男だ。

苗字を変えたくないんだよね、と悩みを打ち明けてはいたものの、彼はいずれ私の気持ちも変わるだろうと、そう考えていた。
「ゆっくり時間をかけて話し合えばいいよ」と彼は言うが、彼自身は変える気がないことも私はわかっていた。
まぁそれも当然だ。彼も24年かけて社会にその「当たり前」を刷り込まれているのだから。

話し合いは数年間膠着状態。私自身もなぜこんなに苗字を変えたくないのか、自分の気持ちもよくわからずに悩んだ。
本音を言えないのではなく、自分でも本音が聞こえない。
ただただ「違和感」がものすごくて気持ちが悪い。
でもそんな理由では彼も、家族も納得しないことはわかっていた。

もし自分が男だったら「苗字を変えることに違和感がある」その一言で周りは納得するだろう。というかそもそもそんな意見すら言う必要なく、世間はその気持ちを当たり前のように飲み込む。
女であると言うだけで、当然の権利を受けるためにきちんとした理由を説明し、みんなに納得してもらう必要がある。
この事実に目眩がした。

私だって「嫌なんだ」という一言で許されてもいいはずだ。
全員が敵に感じた。彼は、男は守られている。たくさんの盾を身につけている。
私は丸腰で、一人きりで挑まなければいけない。
私が折れれば丸く治ると全員が思っているその雰囲気に耐えられなかった。

そんな状態が続き、痺れを切らした彼は私にプロポーズをした。
それ自体は本当にとても嬉しかった。心は舞い上がった。でも苗字の問題が頭をかすめて、(え、どうするの?まだ決まってないのに…)と戸惑っている自分もいて、素直に受け取ることができなかった。
苗字のことで悩んでいるとも知らない彼の親からの、結婚はいつ?というプレッシャー。
彼からの早く結婚したいというプレッシャー。
なんだか、どんどん外堀を埋められていく気がした。とても苦しかった。
毎日胃のあたりが重くて、結婚という言葉を聞くだけで吐き気がした。
彼を好きなはずなのに、彼と結婚したいはずなのに。

お互い苗字を変えたくないという状況で、彼の理由はほとんど「親、家族と険悪になりたくない」というものだった。
私としても、彼の両親とはこれまでうまいことやってきて、いい関係が築けていたからそれを破綻させたくなかった。

「いい子だね」と言われていたので、「いい子」でいようと努力した。
事実はそんなことないだろうが、「いい嫁」として見られているように感じて、それがしんどかった。
私は彼と一緒にいたいのであって、どこかの家の嫁になるのではない。
この「嫁」というものが吐き気がするほど嫌いだった。
昔なら当然の仕組みだったのだろうが、私には無理だ。

例えば私は、本当に趣味として料理が大好きなのだが、それも「料理がうまいなんて、いい彼女でよかったね」と言われてしまう。
なんで?別に彼のためにやっているわけじゃない。本当に私個人がただ好きなだけなのに。
これは、知人にもよく言われることだけど、とにかく「料理が好き=いい奥さんになる」という呪縛。
料理を人のため、家族のため、「母性」として勝手に括られる。
こういう「好きなもの」と「女性性」を繋げる文化。いい加減やめてほしい。

彼の家族は、代々苗字というものをとても大切にしてきた一家らしく、彼も幼少期からそれを説かれていたらしい。
しかし当の彼は、幸いなことに「家」という考え方ではなく「個」として考える人だった。
2人とも家族はとても大切だし、先祖も大切に思っている。でも私たちにとってはその大切な思いと、「家」という考え方とはイコールではない。

最初はあまり理解してもらえなかった私の苗字を変えたくないという気持ちを、時間をかけて話し合うことで少しずつ理解してもらえるようになっていった。
「でも、はっきりとした理由がないとなかなか本当に理解することはできない」と言われ、それもそうだし私もそれで悩んでいたので、もう一度真剣に考えてみることにした。
それでようやく答えらしき答えというものが出た。

1 彼の家では苗字を継ぐことが重要なのであれば、いずれ私たちが子供を望んだときに男の子を産まなければとプレッシャーがかかることになる。それが耐えられない。

2 古い価値観の家なので「嫁ではない」ということをしっかり形として表明したい。

3 彼の家(彼以外)は代々宗教を信仰しており、彼の家族自体は好きだが私個人的には宗教というものに間接的にでも関わりたくなかった。

4 元々幼少期から苗字を変えるということに違和感があった。

とりあえず、以上の4つが主な理由だ。
私は「これが理由だけど、あなたも苗字に愛着があるだろうし、少しでも嫌だと思う気持ちがあるなら無理して変えないで欲しい。でも私は今のところ自分が変える選択はできないから、法律婚にこだわらなくてもいい。事実婚を選択するのもありだと思う。お互いが無理したり、まあいいやと折れる形で法律婚を選ぶのは絶対に嫌だからそれなら結婚なんてしなくていい。」と話した。

それを話したら、彼はすんなりわかってくれた。彼は「それでも法律婚がいい」と言いそして、「そういう理由なら俺が苗字を変える」と決断してくれた。

それからは、彼が彼の両親を納得させるための話し合いをすぐに設定した。
私は立ち会わず、後から話を聞いたが最初はやはり受け入れられなかったらしい。
もう二人とも憔悴しきっていたが、許可を取らずに強硬手段に出るという選択肢はなく、どうにか理解してもらおうと二人で何度も話し合い、意見をまとめた。

ちなみに、私の両親はと言うと、最初は「あなたが苗字を変えたほうがいいんじゃない?」という意見だったが、私が何年も真剣に悩んでいるのを見て理解してくれた。
両親とも、例え私が男だったとしても家に縛られずに好きに選べばいいと言ってくれた。
とにかく、私にとっては両親が味方でいてくれたことが本当に嬉しかったし心強かった。

結果的に、彼の両親も彼と真剣に話し合ったら「二人で決めたならそれでいい」と納得してくれて、二人の決断を受け入れてくれた。

これでやっと、長年の問題が解決し心が晴れやかになれると思っていた。
そんな喜びも束の間、私はすぐに罪悪感に苛まれるようになった。
彼の両親の判断で、彼の祖父母や親戚には「私が彼の苗字になった」と嘘をつかなければいけない。それが想像以上に辛かった。
私は隠さなきゃいけないようなことをしているのか。まるで私が非道でとても悪いことをしているみたいだ。

「苗字を変えたくない」
これが夫だったら当たり前だよねと、すんなり受け入れられる意見だ。
なのに私はここまでしないといけない。

婚姻届の苗字の欄を見ると、どちらの姓を名乗るかチェックを入れるようになっている。
夫と妻、本当にどちらにチェックを入れてもいいのだ。どちらも平等に空欄だ。
それなのになぜ、こんなにも大ごとになってしまうのか。
なぜ苗字ひとつでこんなふうに感じないといけないんだろう。何も悪いことはしていないし、お互いに話し合い納得したはずなのになんで負い目なんて感じなきゃいけないんだろう。
妻が苗字を変えた場合夫はこんな風に負い目を感じるものだろうか?罪悪感に苛まれるだろうか?

やっと問題に蹴りをつけたと思っていたのに、この問題はそう簡単な物ではなかったらしい。
きっと一生折に触れてチクっと刺してくるのだろう。
男女平等だなんて到底叶わない。
共働きなのに彼がお皿洗いを担当してるだけで「協力的でいいね」なんてまだまだ言われるこんな社会だ。

両家の家族には、私たちの決断を結果的に受け入れてくれて、本当に感謝している。
でも、結婚が決まった今でもずっと喉に小骨が引っかかっているような、間違っていたのではないかという罪悪感が消えない。
これは、今の婚姻制度に問題があるということだ。
そのために苦しんでいる人がたくさんいる。
結婚とは本来明るくて楽しくて、お祝いされることなのではないか。

世間では女性でも苗字を変えたくないという意見が多くなってきたよね、平等な権利だもんね、というような表面上の理解ではなく、ただただ味方が欲しい。
実際に、夫が妻の姓を名乗る割合はなんと約4%だという。
その少数派の夫婦の葛藤をネット記事で読むと、私たちにも今後さらに大変なことが色々と起こるだろう、ということは想像に容易い。

平等な権利なはずが、妻の姓を選んだ場合、夫の姓を選ぶ場合に比べて明らかに障害が大きい。
夫の姓を名乗りたい場合も、妻の姓を名乗りたい場合も、それぞれの苗字を名乗りたい場合も、どの思いも間違っていないし、どれを選んでも平等であるべきだ。

私たちはパートナーが異性なので、悩んだ問題は苗字のことだけ。二人が結婚するのは簡単だが、これが同性の場合はそうではない。
もっと大変な苦労が、私には想像もつかないくらいの苦労があるだろう。
なぜ結婚に男女の違いが関係あるのか。本当におかしな話だ。
選択的夫婦別姓、同性婚、これらが叶う日はいつになるのだろうか。

実際のところ今の政治家を見る限りそれが叶うのは残念ながら相当時間がかかるだろう。
なんと言っても、彼らにとっては関係がないことなのだから。このように悩んでいる人たちがたくさんいることを知っていても目を瞑っている。見ようとも理解しようともしていないかもしれない。
自分たちが心地よければそれでいい。男性社会を脅かすものは徹底的に排除されていく。
こんな社会はおかしいと思う。

私たちにできるのは、声を上げること、そして選挙に行ってきちんと見極めることくらいしか今はないかもしれない。
それでもやはり、一刻も早く性別や苗字などに捉われず、「一生一緒にいたい」と願っている二人が、法に守られ幸せに暮らすことができる社会になることを祈らずにはいられない。

話が大きくなってしまったが、同じように苗字で悩んでいる人は、どうか諦めずにパートナーや家族と腹を割ってよく話し合って欲しい。
もちろん、それでも諦めなければいけない場合もあるかもしれない。
でも、初めから諦めないで声を上げて欲しい。そうしないと、こういう少数派の意見は簡単に揉み消されてしまう。
あなたは、何も間違っていない。嫌だと思うなら、嫌だと伝える権利がある。

どちらかの姓を選ばなければいけない現状、不利な思いをする人、悔しい思いをする人、そいういう人がたくさんいると思う。
法には抗えないが、声を上げることはできる。選択的夫婦別姓や同性婚が成立する世の中になるまで、たとえひとつひとつが小さな声だとしても一緒に戦いましょう。