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女豹

【注意】この小説は、とある架空の風俗店を舞台にした物語です。どうしても際どい表現や、特に女性にとってきつい表現がでてきますので、未成年やそのような話が苦手な方は、この小説を読まないでください。その方が精神衛生上良いと思われます。またこの小説で取り上げている行為の中には違法なものも存在しているので、決して真似をしないでください。








「男って馬鹿なやつばかりだ。女は力と陵辱で従わせることができると思い込んでいる。そんな考え方で自分が帝王になった気でふんぞりかえっているから・・・・・・・全てを失うのさ」

ここはとある都市の繁華街の一角。街の喧騒に溶け込む客や威勢よく呼び込みを行う店のキャスト、陽気にあるく酔っ払いに混じって、明らかに一般人とはかけ離れた空気を出す集団がいた。今の時代ではあまり感じることのない。いわゆるカタギ人間がじゃないというやつだ。

その先頭に立つ女がこの集団のリーダー。

黒いスーツに黒い髪、眼光は鋭く、まるで獲物を狙う豹のようにも見える。事実彼女は、この界隈では”女豹”と呼ばれている。

そんな女豹たちは、繁華街の一角にある、いかにも寂れた、ひと昔もふた昔も前のものと思われる店の前で立ち止まった

「相変わらずしけたところだな・・・。

陰険な雰囲気は主に似たのやら」

「念入りに潰しましたからね。所属してる人間はみんな活力を失ってますよ」

「ま、それを差っ引いても同業の店よりも湿気25%増しってやつだ。不快指数は上限突破してやがる。お前ら、カビが生えてくる前にとっとと片付けるよ!」

この組織は今回大掛かりな抗争を繰り広げ、対抗組織を潰したばかりだった。時代遅れの抗争であるが故、マル暴にも睨まれ、お互いにだいぶ消耗したのだが、最終的に女豹の組織が僅差で勝利した。その組織のトップは女豹にとっても因縁のある男で、今回の抗争は私情もかなり入っている。組織の規模で言えば、女豹の組織より大きいのだが、その男のやり口があまりにも品がなかったので、多くの裏切りを産み、最終的に女豹側が勝利する一要因となった。

今日は、その男の組織の息のかかった店から、めぼしいものを回収する作業中というわけだ。

「店主は抑えたんだよな。」

「はい。ここの店主は先ほど捉えました。頭がいなくなったのもあって、割と簡単でしたよ。」

女豹らが訪れた店はピンクサロン、いわゆる違法風俗というやつだ。ネットやSNSでその手の需要と供給が流れているこのご時世、この業態で稼ぐ人は少ない。とはいえ、ピンサロに憧れを抱く男も少なからずいるので、なんだかんだで成り立っている。

ただ、この店はそんな生やさしい店ではなかった。ディープなニーズに応えるために、アブノーマルなプレイを含め、暴行や首絞めなどの危険行為に対するNGも一切ない、なんでもありの店になっていた。嬢の確保や調教にも相当えげつない手段を使っていたので、廃人になる風俗嬢も多かった。ある利用者曰く

「アダルトコミックスでよく見る憧れのプレイも全部やりたい放題なんて最高だ!こんな店滅多にないよ!」

店は摘発を恐れて、何度も場所を変えていたらしいのだが、それでも捕まるのは時間の問題だった。

その前に女豹との抗争で乗っ取られたわけだが。

「あいつには、豚箱で”可愛がってもらえる”ような手配をしたから、きっと彼女たちと同じ目に遭わされるでしょうね。

いい気味だわ。」

女豹はニヤリと笑って呟いた



「ちなみに店には今何人くらいいるの?」

「そうですね・・・使い物になるかどうかは、わかりませんが、だいたい10人程は残っていたはずです。」

「死んでさえいなければ、なんとかなる。というかなんとかする。とりあえず全員回収しろ。いいな。」

そう言って女豹たちは店の中に入って行った。

中は散然としていた。まぁ抗争の後なのだから、当然といえば当然なのだが、このままでは、ここでの営業再開は困難だろう。する予定も金輪際ないのだが。 

警察が来るのも時間の問題なので、回収は手早く行う必要がある。

「これで全部か・・・」

店内にある衣装や道具、酒を含めた飲食物、そして嬢をあらたか確認した上で女豹はつぶやいた。

”回収”されることとなった嬢たちは、ほぼ全員生気がなく、中にはまともにやり取りができるかどうかも怪しい女もいる。そんな嬢たちに向かって女豹は言い放つ

「とりあえず今日から私達がお前らの管理を行うことになった。文句や不満は一切認めない。文句を言う奴は・・・。わかっているな。」

嬢が勝手に逃げ出さないように、軽く脅すことで、自分たちの立場をわからせる。

もっともその必要がない嬢が大半なのだが。

彼女らは全員何かの事情があって、この店に半ば強制的に所属となった。堅気の娘もいるみたいだが、スネに傷があるような嬢が大半である。

そんな嬢は下手な組織に引き取られたり、警察に突き出されるよりも女豹に引き取られるほうがマシだろう。

意識のある嬢たちはあっさりとこの話を受け入れた。意識があるかわからない嬢もいるが、わざわざ聞くつもりもないので、そのまま部下に回収させることにした。

ちょうど他の店での回収作業が終わったワゴンが到着したので、そこに店から引き上げた荷物と嬢を積み込ませる。

そして女豹は今回の抗争の全体像を確認するために組織の本拠地に戻ることにした。

本拠地に向かう車の中、女豹は部下に今回の店での件について改めて確認する。

「やつの直営店なだけあったな。どの嬢も虚な目をしていた・・・。まぁそもそも目が空いてない女もいたがな。やつの息がかかっている点は癪だけど、見返りもそれなりにありそうなやつばかりだった。」

女豹はため息をつきながら行った。女をもの扱いし、人権侵害そのものと言っていい調教が行われた店の嬢だ。回復すれば、多くの利益を生み出す可能性がある。組織も慈善事業で回収したわけではないので、違法にならない範囲で働いてもらう。何をするかについては、彼女らの希望も可能な限り取り入れる予定だ。その方が、嬢のモチベーション向上に繋がり、最終的に売り上げも上がるだろう。

「うちの拠点で空いているところがあるだろうから、そこで治療と休息をとらせるのが無難だな。」

「はい。近くに1箇所、使用していない拠点があります。すぐに人員を配置し、治療と介護に向かわせます」

「重症者そうなやつもいるわけだし、手厚く処置させるのよ。」

女豹の組織の中には、医院やケア施設もあるので、この手の負傷者の治療も表に出さずに行うことも可能だ。

「しかし・・・」

拠点の手配が終わった後、女豹は独り言のようにつぶやいた

「あいつは本当に変わっていなかった・・・・。だから、ここまで残忍なことが平気でできるのよ。」



違法店から嬢を回収してから1週間はたった。

連れてきた嬢たちは基本的に女豹の店での待遇に納得し、ちゃんと働いている。前の店でやらされた拷問まがいのSMプレイやアブノーマルプレイ、そして暴行が日常の地獄絵図のような環境で生きてきた女たちだ、普通の店に移籍できたというだけで渡りに船だったわけだ。

一人の嬢を除いては。

拠点の管理人から話を聞いた女豹はその嬢の様子を見に行くことにした。

「嫌・・・・絶対嫌・・・お家に帰りたい・・・・。」

その嬢は拠点にきた当初は口も聞けず、まともに動けないほどボロボロだった。多分入念に可愛がられていたのだろう。2~3日してようやく話せるようになったらしいのだが、そうなった途端これである。

「よう嬢ちゃん。嫌ってどういうことだい。自分の立場ってやつをわかっているのか・・・。」

「・・・・・」

「どうした?話せないのか?失語症か?」

女豹にも、寄り添わないといけないぐらい弱ってることはわかっていた。だが、ここで甘やかすのは、他の嬢との兼ね合いもあるので、ここは突き放すことにする。今日の目的は様子をみるとこで、寄り添うのは管理人の仕事だ

「まぁいい。死にたくなかったら明日から言われた通りにしっかり働くことだな。」

彼女が後ろで何かつぶやいたのが聞こえたが、無視して部屋を出た。下手に寄り添うより時間かけて気持ちの整理をさせる方がいいと判断したのだ。どんなに泣き言言ったって、最後には生きるために従わざる得ない。

「今後も自殺しないように監視しつつ、ケアと教育を怠らないこと」

管理人にそう言って女豹は次の仕事に向かった。


更に1ヶ月はたった。

回収した嬢は全員容姿もサービスの面も中々良いのでかなりの利益を叩き出している。前の店のような違法行為は禁止しているが、それでも個性的なプレイ内容に答えることができる嬢達なので、他の店との差別化ができたわけだ。

教育も最低限で済んでいるので、そういう意味でも抗争の思わぬ対価だったと言えるだろう。

ただメンタル面ではやはりというか、2パターンに分かれている。要はこの仕事が好きか嫌いかである。風俗という業態が肌にあっており、生き生きとして働いている者や元々金さえ稼げればどんな仕事でもいいという貪欲な者は概ねこの仕事には好意的である。なんなら、自ら新しいプレイに対する提案も積極的にするほどである。

対照的に風俗業に嫌悪を抱くタイプは、堅気への憧れが強いが、色々あって堅気にはなれないので仕方がなくここで働いているタイプと強引に調教された堅気の娘だったというタイプがあり、前者パターンはそこまで問題にならない。仕事を本人の希望にそうように入れる、メンタルケアを怠らないなどさえすれば、なんだかんだで働いてくれる。問題は当然後者である。いつかこの組織を抜け出してやると思ってることが多く、事実脱走するをなん度も企てるのだ。1ヶ月前に様子を見に行った嬢、あかり(源氏名)がまさにそれだった。

「これで何回目だいあかりちゃんよぉ。何回脱走すれば気が済むんだ。いい加減自分の立場を弁えろってんだコラ!」

あまりにもしつこく脱走を企てるので、若干苛立ち混じりの威嚇する女豹。

だが、あかりはそんな女豹の恫喝にも一切怯まなかった。

「・・・・ふん!冗談じゃない!私はお前らの所有物じゃない。私の生きる権利もうちに帰る権利もお前らに奪われただけだ。それを取り戻すことの何が悪い!」

あの日以降もあかりは泣き続け、まともに口を聞けるなかったのだが、管理人曰く、少しずつ立ち直っていったみたいだ。とはいえここまでの跳ねっ返り娘に変わるのだから・・・多分あの店で壊される前の本来の性格はこれだったのだろう。見た目もショートヘアーで童顔な、いわゆる元気娘という出たちで、それ以外の点を加味しても、男うけはかなりする方だと思える。この性格を除けば・・・いやこの性格を含めても気に入られる可能性が高いだろう。

「なん度も言わせるな。お前はあの店に所属していたんだ。その時点でお前は店の所有物に過ぎない。そしてその店が潰れて所有権が私たちに移ったのだ。お前に権利を主張することは基本できない。その点を弁えろ」

「人を陥れて隷属させてきた外道にそもそも権利なんてない!こんな感じで人を所有するなんて、日本じゃ違法に決まっているでしょ!私は帰る!どんな手を使っても!」

「全く。世間知らずのあかりちゃんには困ったものだ。お前が泣こうが叫ぼうが、お前の命はこっちが握っている。利益を出さない限りはお前に命も自由もない。本来だったら、お魚とお友達になってもおかしくない中、今回も指導で済ませてやっているんだ。脱走なんておかしなことは考えないで大人しく働いてろ。」

「冗談じゃない。まだあんな仕事続けなきゃいけないなんて、一生の恥だわ」

話は平行線を辿る一方だった。このままでは埒が開かない。少し彼女を怯ませる必要がある。そこで女豹はあかりに意地悪な話を持ち出した。

「一生の恥という割には随分と楽しそうにプレイしているらしいじゃないか・・・。客の方からも随分好評だぞ。あそこまでの喘ぎはリアルでは珍しいってね。」

「なっ」

「あん♡あん♡おとおたん♡もっとあかりをいじめて♡すごいの、とてもすごいの♡もっと、もっとあかりにたくさんのミルクを注いで欲しいの♡」

「!!!

殺す!絶対殺す!!」

女豹の煽りに対しあかりの顔は紅潮し、激昂して、殴りかかってきた。

「ふっ。殺せるものなら殺してみな。」

そう笑いながら女豹は襲ってきたあかりをいなして、腕を背中に回すように拘束した。荒っぽいが、こうやって自分の現状をわからせれば、多少は諦めがつくだろう。

その想定は甘かったことは、拘束したあかりを見ればわかる。明らかに女豹の喉笛を噛みちぎろうとしている。想定以上に気にしていることだったらしい。

次はどうするか考えていると、すぐに妙案が浮かんだ。

「どうしてもこの仕事を辞めて自由になりたいっていうなら。1億稼ぎな。1億稼いだらお前が外の世界に出るのを考えてやる」

「な・・・」

怒り狂ったあかりの表情に若干の希望の光が灯った

「お前のその喘ぎとテクニックなら1億なんて余裕だろ。お前が本来稼ぐ予定だった金額より安い金額で手打ちしてやるんだ。破格の条件だと思うけどな」

言い回しに対する不満は若干感じているようだったが、女豹の条件を聞いて、あかりは抵抗をやめた。

「1億・・・、1億ね。それだけ稼げば、家に帰れるのね。その約束、絶対忘れるんじゃないよ!」

「あぁ、ちゃんと守ってやるよ。1億稼いだらな。」


女豹による自由になるための条件を聞いて以降、あかりは熱心に仕事に取り組むようになった。女豹がいったように、能力はあるので、本人にその気があればかなりの固定客がつくだろう。稼ぎだって一般の嬢よりも高くなるはずだ。こういう利点がなければ、脱走した嬢を許す理由はない。

ただし精神状態は必ずしも良好とはいえなかった。いくら覚悟したとはいえ、やはり沢山の客を相手にしているわけだ。それは精神的に堪えるのだろう。ただ、それだけが原因じゃなさそうなのは女豹も感じていた。

精神が不安定な嬢についてはカウンセリングを毎月行っているのだが、あかりとは毎回もめている。元々勝気な性格なのもあるが、あの時の煽りを相当遺恨に思っているので、空気はいつも最悪である。

「話すことは何もない。とっとと出ていって。」

「私は話したいこといっぱいあるんだけどね。なんでいつも聞いてくれないんだ。何がいけなかった。」

「タイムマシンがあったら今すぐにでも見せてやりたいわ。あんたが何をやってきたのか!」

「じゃあその半日前からゆっくり観察しましょう。直で喘ぎを聞くのも乙かもしれないし。」

「ぐぬぬぬぬ。」

もっとも女豹のカウンセリングがこうなるのは珍しい。普段はもっと優しく、相手を立てて、時に嗜める。これでも女豹は、この業界でも比較的穏健派なのだ。だがあかりを相手をすると、どうしてもこんな対応になってしまう。女豹もなぜこうなるのかよくわかっていない。

結局この日のカウンセリングも喧嘩別れ同然で終わった。

こんな状態でもあかりの売り上げと目標までの進捗状況を伝えているので、最低限の仕事はしたというわけだ。


カウンセリングとも言えない言い合いを終えた後、女豹は部下の一人に呼び止められた。

「姐さんはなぜあの女に肩入れしているんですか?」

「ん?そう見える?」

「どう考えてもあのあかりという嬢に対してだけ待遇を良くしているようにしか見えないですよ。カウンセリングも彼女に対してだけあんなに時間をかけていますし」

実際、今回の言い合いもといカウンセリングは2時間近くはかかっている。他の嬢はかかっても30分で終わるし、それ以上かかる場合は次回に持ち越しすることも多い。

「ガス抜きしてやっているのよ。今の彼女は本人の希望もあって他の嬢より出勤回数が多くなっている。そんだけ出ていれば、貯まるものも多いんだよ」

「本来はその役は俺ら部下や拠点の管理人の仕事じゃないですか。姐さんみたいな立場の人間がここまで寄り添うのは、あまり腑に落ちないですね。それに1億で組織を抜けるのを許すなんて、異例中の異例ですよ。なぜ他の嬢のように搾り取らないのですか?」

女豹も嬢を手放している例は少ない。手放すにしても、嬢と相談した上で他に売るケースがほとんどだ。今回のような条件で手放したことはあまりない。ましてやあかりのような何億でも稼げる能がある女を手放すなんて、他の組織のリーダからしたらどうかしている。

「別にあかりに限らず結果を出してかつ希望があれば外に出してやるつもりだったよ。殆どの嬢が別の店に移籍するのを希望してたけどね」

「本当に出すつもりだったんですか?」

「実際、あかりみたいにあの店の所属したこと以外、傷がない女は珍しいからね。だからそんなケースにあたっていないだけだよ。そもそもヘッドハンティングみたいなケース以外でうちの組織を抜けることを望む嬢はあまりいないんだけどね。」

女豹の言う通り、他の店よりも待遇がいいので、大半の嬢はこの組織に居着いている。

部下はこれ以上追求するのもどうかと思って話を切り上げ、仕事に戻っていった。

女豹の心の中を知るものは、今はいない。誰にも打ち明けずに生きてきたのだ。今回のあかりへの対応の真の意図を知る部下は当然誰もいない。


そして1年が経った。

あかりの努力もあり、目標の半分の金額は稼ぎ出すことができたのだが、それだけ無茶したせいでとうとう彼女は倒れてしまった。管理人が止めるのも聞かずにほぼ毎日、休まず、しかもかなりの人数の客を捌いていた。今まで倒れなかったのが不思議なくらいだ。

「ま、まだよ、まだ半分しか稼げてない。こ、こんなところで・・・・」

「そこまで外に出たいのはわかったが、そんなになるまで無理するもんじゃないだろ。5体満足でこそ、稼げるんだから・・・。」

その日は珍しく女豹も彼女の元を訪れていた。カウンセリング以外で嬢のプライベートに立ち入ることは基本的にない。

「う。うるさい!放っておいてよ!私は明日にでも働かないといけないの!!」

「稼ぎ頭の健康を管理するのもトップの努めだ。悪いけどお前の今の状態はとても働きに出せるものではない。しばらくはゆっくり休みなさい。これは命令よ」

「あんな無茶苦茶な条件を突きつけられたら、否が応でも働かざる得ないでしょ。稼ぎ頭だの健康が大事だの言うけど、こんな状態になったのは、元はと言えば全部あんたのせいじゃ・・・・ゴホッゴホッ!」

床に伏しているとはいえ、怒りが込み上げてきたあかりは、力を振り絞って言った。いつもだったら、これをきっかけに口論になる流れだ。ただ今日の女豹は言い返さなかった。

「ほら、こんな状態でいると体に触るわよ。安静にしていなさい。」

心なしか、口調もより優しくなったように思える。

「・・・じゃあ安静してやる。その代わり条件がある。」

「何?」

「・・・しばらく横にいて頂戴。お前が働けずにヤキモキしている姿が見たいから。それでしばらくは大人しくしてやる」

「わかったわ。」

あかりのわがままを女豹はあっさり受け入れた。これにはあかりも拍子抜けした。

「何よ。今日はやけに素直じゃない。何か悪いものでも食べたの?」

「別に・・・私だって時と場合は考えているわよ」

女豹は部下に連絡して、今日の予定の大半をキャンセルした。そして、彼女のベットの横に座った。


「ねぇ。どうして私のことをここまで構ってくれる気になったの?」

しばらくは大人しく寝ていたあかりだったが、不意に目をさますなり、女豹にこう問いかけた

「あら?さっきまでは親の仇のように罵ってきたのに、だいぶしおらしくなったわね。」

「質問・・・・答えてくれない?」

「そうね・・・・憧れかな・・・強いて言うなら。」

「何よそれ。業界で女豹と恐れられている女が小娘ごときに憧れるんだ。」

「私はあなたのような恵まれた家庭に生まれたかったからね・・・。」

「・・・知ってるでしょ、そんな恵まれた家庭がどうなったか」

あかりが言うように、今彼女の家は存在していない。正確には彼女には所有権がないと言うことだが。

あかりの家庭は比較的裕福だった。何不自由なく暮らしていた。

だが、彼女が高校を卒業する前に、父親が事業で失敗をして、多額の借金を背負うことになってしまった。その時に借金をしてしまった先の一つが、あの男が経営する会社だったことが、運命の歯車を狂わせてしまった。

かねてからあかりのようなタイプの女を組織に引き入れたいと思っていた男は、かなり強引な手法で一家を破滅へと追い込み、あかりは彼の所有物に成り果ててしまった。

それまでは部活に明け暮れ、友達と遊びに出かけ、家に帰ったら父と母が笑顔で迎えてくれて・・・・。そんな日常が続くと思っていた。

「あの日を境に私の日常は崩壊したのよ!!」

それは思い出すのも悍ましい記憶だった。複数の男による暴行、強姦、強要、暴行、強姦、強要。アブノーマルな行為も大量に仕込まれ、うまくいかないと罵声と怒号の嵐。そうでなくても非人間的な扱いを感じさせる罵り。

元々明るくて快活だった”少女”は心の壊れた”女”となってしまった。

「流石に人生で初の風俗があんな店じゃねぇ」

あかりの境遇をあらかた把握している女豹は毒ずいた。彼女にとってもこの話は他人事ではない。

「あの時は物事を考えている余裕なんてなかった。どうすればこの地獄から抜け出せるか、それしか考えてなかった。いや、そんなことすら考える余裕すらなかった。正直気持ち悪いしか頭に浮かばなかった。でも気持ちいい、もっと頂戴と言わないと暴力を受けるから・・・・。感じている演技はいつもしていたわね」

彼女の喘ぎ声は生き残るために必死に身につけたものだったのだ。彼女の本質ではないとまでは言わないが、本来の彼女とはだいぶ乖離している。

「だから、あいつらから解放された瞬間、色々と頭の中がこんがらがって、意味がわからなくなって、でも一つだけ確実にわかったことがあって・・・・。」

「・・・・」

「確かに私の家は無くなった。でも、あの家は私が人でいられた、平穏を感じられた場所だった。だから何としても家に帰るって決めたの!たとえそこにかつての家がなかったとしても!!」

病人とは思えないほど力のこもった声だった。

女豹は彼女の力説を優しい表情で聞いていた。そして

「・・・だから私はあなたに興味を持ったのよね」

と独り言のように呟いた。

「え?」

「独り言よ。とにかくそこまで強い意志で帰るつもりなら、今ここで無理して働くのは愚策でしかないわ。とにかく体調を整えること。いいわね。」

「・・・・わかったわよ。約束・・・破らないでよ・・・。」

あかりは少し擦れたような口調で言いた。雪解けを感じさせる、そんな口調で。


それからさらに半年後

病気から復帰したあかりだが、女豹の言いつけに従い、仕事のペースを少し緩めた。稼ぎはだいぶ減ったが、以前のような鬼気迫る感じは無くなっていた。

そんなある日。仕事終わりにあかりは女豹に呼び出された。

「え・・・。今なんて・・・・」

「何度も言わせるな。今日でお前の売り上げ目標である1億は達成した。約束通り、お前は自由だ。」

「で、でも、私の計算だと、あと1年半はかかるはず・・・。」

「親切な人がな・・・お前のことを不憫に思って、残りの額を負担してくれたんだ。」

「・・・・」

「どうした?せっかく自由になれるんだぞ。素直に喜んだらどうだ?」

「いきなりそんなこと言われたら混乱するでしょ。頭が追いつかないよ」

「おや?もしかして仕事に未練でもあるのか?なんなら今からでも取り下げてもいいのだよ」

「冗談じゃないわ!こんなところ一刻でも早く出ていってやるんだから!」

女豹にはっぱをかけられ、我に帰ったあかりは、猛然と言い放った。

自由。やっと自由になれるのだ。夢にまで見た自由・・・。


外に出るといっても、荷物はほとんどなかった。元々裸同然でここに連れてこられたのだ。わざわざ持ち出したいものなどない。

この拠点に思い入れがないと言えば嘘になるが、それ以上に家に帰りたい。その気持ちの方が強い。家を取り戻すにはだいぶ時間がかかるだろう。両親についてはすでに鬼籍に入ったことはすでに聞いている。それでも自分の中にある大切な家庭の象徴だけは、なんとしても取り戻したい。そのために手に入れた自由だ。真っ当な職について、少しづつでもいいからやっていこう。

そう決意して、玄関から出ようとしたとき・・

「ん?」

玄関に女豹がいた。

「何?戻れって言いにきたの?」

「別に・・・なんとなく顔が見たくなっただけよ・・。」

「・・・私は絶対に戻らない。どんなに経済的に辛くなっても、自分の道を変えるつもりはない!」

あかりはそう強く宣言して拠点から去っていった。




「最後まで生意気な小娘だったわね・・・・。」

女豹は微笑みながら呟いた。

あかりの最後のお金の負担は女豹自ら行ったものだった。女豹にはわかっていたのだ。自分と彼女の間には、家族への愛という1点を除いて同じ人種であることを。そして唯一異なる点である、優しい家庭、それがある彼女が羨ましくもあり、妬ましくもあったので、他の嬢よりも可愛がってしまったことを。

それだけ彼女にシンパシーを感じたからこそ、自分にとっても因縁のあるあの男に無茶苦茶された彼女をなんとしても救いたかった。だから彼女に破格の条件で自由への取引を行ったのだ。

さらに病の床で語った目標に向かう強い意志は、彼女の1億をチャラするには十分な理由となった。

「見せてみなさい。自分で幸せを掴み取る姿を・・・私にも・・・。」

女豹・・・。多くの部下を従えているものの、基本孤独なメスの豹。闇に生まれ、闇に生きる彼女にとって、あかりの目指す未来は、唯一の光となるだろう。

そんないつか見れるかもしれない光を望みつつ、女豹は闇の中へと戻っていくのであった。

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