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大阪新世界の映画館、国際劇場で映画『クラッシュ』を見る

新世界の映画館、国際劇場での体験を書く。

映画館の入口に来て、学生料金、700円を払う。受付のおばちゃんは、放送大学の学生証をじろりと見て、「はい」と返す。熱を測った後、アルコール消毒液をぶしゅっと噴射される。そんなにかけるか。

入口には怪しい成人映画のポスターもあるが、それは地下の劇場だ。地下はいわゆる「ハッテン場」になっていると聞いたことがある。大学時代の友人が話していた。

地上の劇場ではこの日、1996年製作の『クラッシュ』という映画がかかっていた。これを見るために劇場に来た。

地上は普通の映画館のはずだ。

しかし、その期待はすぐに裏切られることになる。

映画『クラッシュ』

『クラッシュ』は、デヴィッド・クローネンバーグ監督作。イギリスのSF作家、J・G・バラードの同名小説を映画化したものだ。第49回カンヌ国際映画祭で審査委員特別賞を受賞した。

主人公のバラードと妻はある日、空港へ向かう高速道路上で交通事故を起こす。相手のドライバーは即死だったが、助手席に乗っていた女性ヘレンは、主人公とともに病院に入院する。だが、バラードとヘレンは事故の後から、自動車事故に性的興奮を感じるようになる。二人は、自動車事故に性的快楽を求める人々の集会に参加し、いびつな官能の世界におぼれていく・・・。

こんなストーリーです。2021年、製作25周年を機に、「4K無修正版」が公開された。

劇場に入る。『クラッシュ』がはじまる20分前に入ると、前の韓国映画がかかっている。ここは一度お金を払えば、何本でも見ていいシステムになっている。韓国の時代劇ものだが、途中からなので全然ストーリーが分からないまま、終わった。

映画がやっているのに、劇場内はうす暗い。

うす暗いのは、おかしい。なぜなら、微妙に明るいからだ。本来は真っ暗でなければならないのに、人の顔が遠くからでも確認できるくらいには、明るい。

たばこのにおいもすごい。しかも、スクリーンの右端の方にトイレがあり、映画を見ている間にも、誰かがしょっちゅうトイレを行き来する。おしっこ臭い。このあたりでもう、嫌な予感がした。

映画が始まった。でも、人の往来が絶えない。年齢は50~60代だろうか、観客席の前の方まで歩いていったあと、こちらを物色するように、客席をじろじろ眺めながら歩いていく。まずい場所に来たかもしれない。

「ふ、ふはぁっ」

30分くらいたった時。右斜め前で、誰かが叫んだ。いや、吐息が漏れた、といったほうが正確かもしれない。下半身のズボンはおろされたままで、ソーシャルディスタンスで空席のはずの隣には、人がいた。下半身のあたりに顔がある。

もう、深く考えまい。何でもありなのだ、ここは。そういうことなのだ。

そもそも、国際劇場に映画を見に来た私のせいだ。

こういう光景はおそらく、当たり前なのだろう。混乱する中、そう自分に言い聞かせた。

スクリーンでは、自動車事故に性的興奮を覚える人々が集まり、自動車事故のフィルムを見て、ウットリしている。「すばらしい!」って、なにが? 分からない。

混乱が収まらない中、2階から、一定のリズムで測れる吐息が聞こえ始めた。

「はっ、ふっ、はっふんっあっふ」

そして、スクリーンでも、主人公バラードと、ヘレンのセックスがはじまった。スピーカーから流れ出る吐息が、2階のリズムと重なり合っていく。

「はっはっはっはっふんっあ」

4K無修正版とは、こういう意味か。絶対違うんだけど、もう、そう納得でもするしかない。タバコを吸う劇中人物。タバコとおしっこ臭い劇場。嗅覚、視覚、聴覚。すべてがスクリーンとシンクロしていく。

僕は、胸の前に抱えたリュックを、ギュッと強く抱きしめた。もうここには来ないだろう。しかし、二度と得られない映画体験であるのも事実だ。

私の方が部外者であったのかもしれない。でも、劇場に映画を見に来ているのに、部外者ってものおかしいな。いや、それもありなのだろう。そして、まあ、いろいろありなのだ。映画館のスタッフからは黙認されているし。ひとつの劇場で、観客たちは必ずしも目的を共有する必要はない。つまり、そういうことなのだろう。 

でも、映画はとてもおもしろかったです。


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