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ZOMBB 13発目 陽動作戦

山田次郎は愛車ズーマーX110ccを飛ばして、
坂原隆の自宅マンションに向かった。
道路にたむろしている数十人のゾンビたちを、
ひらりとかわす。10分も経たないうちに、
貫井に手渡された地図にある目的地に到着した。
だが、そこで次郎は目を見張った。
10階建ての白いマンションの真下には、
100体いや、それ以上のゾンビが集まっている。
彼らの白濁した目は、3階あたりに注がれている。
おそらくそこに坂原兄弟と弟の妻子がいるのだろうと、
次郎は推測した。

足止めをくらっているのだ。
貫井源一郎が危惧したとおり、
電動ガンのバッテリーの電力が尽きたのだろう。
耳を澄ますと、ときおり、バスッバスッという
ブローバックガスガンから発射される音がする。
それは坂原(兄)の持つ、
ハイキャパ ゴールドマッチの銃声だろう。
放たれたBB弾は確実に、
一人また一人とゾンビの頭を撃ち抜いていたが、
大勢いるゾンビの前では焼け石に水だ。
付近にいたゾンビたちもぞろぞろと集まって来て、
その数を確実に増やしている。

どうすればいい・・・?
次郎はけっこうマジに考えた。
その時、あるアイデアがひらめいた。
イチかバチかこれしかない。
次郎はズーマーXのアクセルをふかすと、
そのゾンビの群れに向かって突っ込んで行った。

ゾンビの集団の手前20メートル程の所で、
次郎はズーマーXを急停車させた。
タイヤがアスファルトの路面を擦る、
かん高い音が辺りに響く。
次郎はすぐさまバイクのクラクションを、
けたたましく鳴らした。
その音にゾンビたちが、次郎の存在に気づいた。
どうやらゾンビには視覚以外に、
聴覚も備わっているらしい。

 ゾンビの集団が、
のろのろと次郎に向かって歩いてくる。
次郎はゾンビたちを見て、改めて思った。
その中に日本人らしき者はいない。


ほとんどが欧米人の成人、
男8割女性2割というところだ。
中には東洋系と思しき者もいたが、
次郎が知る日本人とどこか違う。
海外映画やドラマで見る、
日系、中国系の欧米人の雰囲気を感じた。
こいつらもやはり、久保山さんが言ってた、
なんちゃらコンドルとかいう
爆撃機から飛来したのだろうか?

 次郎はズーマーXにまたがったまま、
背にしていたAK47βスペズナズを構えた。
そのサイトにゾンビを捕らえると、
次々とその頭部を粉砕していった。


だが、次郎はその数が
減っているように体感できないでいた。
むしろゾンビの数が、増えているようにさえ感じる。
周囲にいたゾンビたちも、
次郎に気づいて集まってきたとでもいうのだろうか?
600連多弾数マガジンは、
すぐに半分ほどに減っていた。
次郎は多弾数マガジン下部のゼンマイを回した。
そうすることによって、
BB弾が銃のチャンバーに送られる仕組みだ。

 その間も、次郎に向かって歩いてくる
ゾンビの数は増すばかりだ。
次郎のAK47βスペズナズから放たれた
BB弾に倒されたゾンビを踏みつけながら、
確実に近づいてきている。
その距離は10メートルにまで迫っていた。

これじゃあ、らちがあかねえ!

だいたいさ、
オレだけにこんなことさせるなんておかしいよな。
あのエチゼンヤの伊藤店長が造った
へんてこなパワードスーツ着せられて、
リアカーで運ばれてゾンビを何百体も倒したのに
『パワード・ダンボール』なんて言われて、
エチゼンヤに帰ったと思ったら、
店内の片隅の壁に、大型家電みたいに立て掛けられて、
ようやく解放されたと思ったら、
店長に差し出されたのが昆布茶。
全部飲んだけどどさ・・・。
その上、単独で坂原兄弟の援軍に行けって。
正直言って、オレ、大活躍じゃん。
なのに、ララはオレをディスることしか言わないしさ。
やってらんないよ、まったく。
これをニコ生でアンケとったら、
絶対オレがかわいそうってリスナー多いと思うよ。
いや、ニコ生のリスナーだったら、
『ざまあwww』とか
『ダンボールじゃない。お前はチンパンだ』とか
コメしてくる奴絶対いるよな。
それに入る気も無いくせに、
『コミュ抜けるわ』とかロクなコメしてこないな。絶対。
クルーズなんかに流れたら、
『この放送を見ない』が
100パーセントになる自信あるわ。
FC2だったらどうかな?やっぱ、おんなじかもな。
ツイキャスだったら、
もう少しまともな反応あるかもしれないな。
よし、決めた。ほとぼりさめたら
ツイキャスで不平不満をぶちまけてやろう・・・。

次郎はブツブツと不平をつぶやきながら、
トリガーを絞っていった。

その時だった。
AK47βスペヅナズのサイトを覗き込んでいた
次郎の視界の先、T字路になっている道路を
見慣れた車が走り抜けた。
1台目は黄色いフィアット、
これはおそらく坂原(兄)だ。
それに続くように視界に現れたのは
ライムグリーンのプリウス。
これはたしか坂原(弟)の車だ。
たぶん彼の妻子も乗っているはずだ。
陽動作戦成功だ。

 次郎はズーマーXの後輪を軋ませながら反転した。
ここにもう用はない。後は逃走あるのみだ。
次郎はAK47βスペヅナズを背にすると、
ズーマーXのアクセルを吹かした。

ところが、目前から1台のパトカーが向かってきた。
次郎はあわてて、バイクに急ブレーキをかける。
そのパトカーは停車して、二人の警察官が降りてきた。
彼らは、次郎と彼の背後から迫ってくる
おびただしいゾンビを見て、驚愕に両目を見開いている。

「何をやってるんだ!キミは。
  ヘルメットはどうした?」

一人の警官が、
腰に下げた拳銃に手をかけて近づいてきた。


ヘルメット?何を言ってるんだ?
状況がわかってるのか?
そんな細かい事言う前に、
ちゃんと治安を守れと言いたい。

「お巡りさんも、早く逃げたほうがいいよ」
次郎は無粋に言い返した。

「この辺りの住民は、
  所轄の警察署に保護する事になってる。
  キミも来なさい」

何を言ってるんだ?警察署に保護?
そんなのん気な事言ってる場合だと思ってるのか?


そんなやりとりをしているうちに、
今や数百体にふくらんだゾンビたちが、
すぐそばまで迫ってきている。

「わりいけど、オレ帰るとこあるんで」
次郎はズーマーXのアクセルをひねった。

二人の警官は、腰からニューナンブM60を抜いた。
銃口をゾンビたちに向ける。
次郎はその二人の警官の真横で停車して、忠告した。

「お巡りさん、
  こいつらトイガンで倒せるんだ。
  それにその銃じゃ10体たおせるのがやっとだ。
  早く逃げたほうがいい」

警察官が手にしているニューナンブM60は
警察官に標準装備されているリボルバー拳銃だが、
装弾数は5発しかない。
それにおそらく予備の銃弾も装備していないだろう。
実銃だから威力は絶大だが、
こいつら『やわらかゾンビ』にそんな威力は必要ない。
それに下手をすれば、
跳弾や誤射で人間に被害が及ぶ恐れさえある。
トイガンなら、ゾンビは倒せても、
生きている人間には無害に等しい。

「キミたち、止まりなさい!」
二人の警官は、ゾンビたちに警告している。
なんてのん気なんだ。これもマニュアルなんだろうが、
状況を判断しろと言いたい。

さすがに恐怖を感じたのか、
二人の警官はゾンビたちに向かって銃口を向けた。
それもご丁寧に上に向けて威嚇射撃を1発撃ったのだ。
もったいない。これで二人合わせても
残り8発しかない。
そんな威嚇射撃が、ゾンビに効くはずがない。
二人の警察官はようやく群がるゾンビたちに向けて
発砲した。
耳をつんざくような轟音が、ビルの合間に轟いた。
警官二人の放った銃弾は、ゾンビたちの体に撃ち込まれ、
そのゾンビは後ろに吹っ飛んだ。
だが、何事もなかったように、
平然と起き上がり再び向かってくる。
もはや、警官達の顔には恐怖の色しか浮かんでいなかった。
二人の警察官は無我夢中に引き金を絞る。
だがそのほとんどはゾンビたちに致命傷を与えられず、
ニューナンブM60のハンマーは
虚しく空薬莢を叩いている。

拳銃の轟音がさらに周囲のゾンビを引き寄せたのか、
その数は見る間に増えていく。
警察官達は恐怖にパニックを起こし、
パトカーに乗り込むと始動させた。
次郎は腰のビアンキ・ホルスターから
グロック17ガスブローバックを抜くと、
二人の警察官の乗るパトカーを
取り囲もうとするゾンビたちを狙い撃ちした。
彼らがここから、何とか逃げ出せるように援護したのだ。

1体、また1体と頭を撃ち抜くが、
次第に増えていくその数はハンパではない。
グロックの装弾数22発を撃ち尽くし、
スライドはホールドオープンしたまま止まった。
ラッチボタンを下げて、
スライドを戻すとホルスターに差し込み、
ズーマーXを発進させた。
バイクのバックミラーを覗き込む。
警察官の乗るパトカーが猛烈な勢いでバックしている。


無事に逃げ切れてくれるといいんだけどな———。
次郎はそう思いながら、
ズーマーXのエンジンを響かせ、
一路エチゼンヤを目指した。

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