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名無しの島 第19章 強襲

 地下宿舎のベッドは左側の頭を向けて、整然と並べられている。

通路にあたる部分はその空いた部分、幅2メートルほどしかない。

二人並べば、いっぱいになるくらいだ。

三八式小銃を構えた水落圭介と小手川浩は横に並んだ。

有田真由美と斐伊川紗枝はその後ろに付く。

 小銃のフォアグリップを持つ手に、マグライトを挟み、

前方を照らす水落圭介。


その頼りない証明に照らし出されたものは、

怪物・・・強化人間だった。

それも3体。距離は20メートルほど。

その3体はどれも形態が違っていた。

1体はほぼ人間の形をしているが、両腕が異様に長い。

コンクリートに届くほどの長さだ。

その上、その両手の黒ずんでいる爪は

5センチ近くあり、猛禽類の嘴のように鋭利だ。

もう1体は力士を連想させるほどの巨漢だった。

胸や腹の肉が、醜悪にたるんでいる。足は象ほども太い。

最後の1体は特別異様な姿だった。

2人分の上半身同士が、腹部の辺りで縫合されているのだ。

つまり、4本の腕を4脚歩行の動物のように操って移動している。

しかも、その動きは猿のように素早い。

3体とも共通していえることは、

肌が灰色がかった肌色で、生殖器官を切除されていることだった。


 かぎ爪を持った怪物が進み出てきた。

水落圭介は、せわしなくボルトアクションを繰り返し、

その怪物の頭に2発、胴体に3発撃ち込んだ。

室内での小銃の轟音はすさまじかった。鼓膜が破れるかのようだ。

水落圭介は勿論、隣にいる小手川浩の耳も、しばらくは麻痺してしまう。

5発の弾丸を浴びた、その怪物は断末魔の声とも言える叫びを上げて、

後方の闇の中に吹き飛んだ。すぐに次弾5発を装填する。

 巨漢のと両側とも上半身の怪物が、同時に近づいてくる。

肉をだぶつかせた巨漢の怪物に、小手川浩が小銃の引き金を引く。

1発目ははずした。


ぎこちなくボルトを引くと狙いを定める。

2発目。巨漢の怪物の腹部に命中するが、

その化け物は何事もなかったかのように

前進をやめない。3発目は胸に命中。

巨漢の怪物の体から、

どす黒い血が流れ落ちる。だがその動きは変わっていない。

そうするうちに2対の上半身を繋ぎ合わせられた異形の怪物が、

ベッドの支柱を猿のように伝わって、猛烈な速さで突進してきた。

 有田真由美が進み出て、三八式小銃を撃つ。

ボルトアクションで排莢すると、

連続して3発を発射した。1発は外れたが、

2発はその異形の化け物の胸に命中した。

だが、その化け物はまさに猿のような奇声を上げて迫ってくる。

もう10メートルも距離が無い。


有田真由美はチノパンの腰の後ろに差し込んでいた、

南部十四年式拳銃を抜いた。

すでに薬室に初弾は送り込んである。

彼女は安全装置を解除すると、

その猿のような動きをする化け物の頭を

見据えて連射した。7発全弾撃ち尽くし、命中したのは5発。

そのほとんどが頭部に集中した。


二つの上半身がつながれた化け物は、前部になっていた方の頭は

粉々に吹き飛んだ。その両腕は力を失い、だらりと垂れ下がる。

 ところが、後部になっていた、もう一つの上半身が、

死骸となった片方を引きずりながら、突進してくる。


水落圭介はなお、巨漢の怪物に三八式小銃の弾丸を浴びせていた。

頭部を狙って、引き金を引き続ける。

その巨体の怪物は顔を半分吹き飛ばされても、まだ歩みは止めない。

小手川浩が装填に手間取っている間に、巨漢の怪物に首を掴まれた。

彼のつま先は床から浮かぶ。


怪物の強力な握力で首を絞められ、意識が遠のいていく。

その直後、斐伊川紗枝が巨漢の怪物の真下に駆け込んだ。

「わあああああッ」

 半泣きの状態で、斐伊川紗枝は走ってきた。

そして、南部十四年式拳銃の銃口を、

巨漢の怪物の下顎に向かって乱射した。

その怪物は頭部のほとんどを粉砕され、

膝から崩れるようにして倒れた。むせぶようなホコリが舞う。

間一髪で床に落とされた小手川浩は、

そんな中、四つんばいになってでひどく咳き込んでいる。


 片方の死骸となった上半身を、引きずるように突進してきたもう片方の

上半身の化け物は、足のように太い両腕でジャンプし、

有田真由美にのしかかった。彼女の手から拳銃が飛んだ。

拳銃はコンクリートの壁に当たって落ちる。

片方の手に握っていた三八式小銃を

両手に持ち変え、化け物をさえぎったが、

怪物は銀色の歯をむき出して、彼女の首に噛み付こうとする。

有田真由美は何度も繰り出される、

怪物の歯を首をひねりながら、かろうじてかわしていた。

もうかわしきれないと、彼女が諦めそうになった時だった。


「地獄に堕ちろ!化け物ッ!」

 水落圭介が有田真由美に覆いかぶさっている怪物の側頭部に、

三八式小銃の銃口を突き立て、引き金を引く。

カチン―――むなしい音が響いた。

 水落圭介の顔が痙攣するようにゆがんだ。

実砲は装填していた。確かに。

だが、不発だった。火薬が湿っていたのか・・・。


有田真由美にのしかかっていた怪物は、標的を圭介に変えた。

その怪物は、裂け目のような口を凶暴に開き、

銀色の歯を剥き出しにして水落圭介に飛び掛った。

圭介は怪物の両肩を掴んで抵抗する。

しかし、怪物の腕力は圭介の力をはるかに凌駕していた。

ここまでか・・・。圭介は目を瞑った。

 有田真由美は跳ね起き、

床に落とした南部十四年式拳銃を素早く拾った。

そして拳銃の予備マガジンを引き抜いた。

空になったマガジンを抜いて、装填する。

今度は彼女が怪物の側頭部に銃口を突きつけた。

連続して引き金を引く。

短く咳き込むように銃身は跳ね、7つの薬莢をはじき出した。

終わったときには、その怪物の頭はほとんど砕け散っていた。

その死体は水落圭介の傍らに、ドサリと倒れた。

「ありがとう・・・」

 水落圭介の有田真由美に向けられた声は、

自分でも呆れるほど震えていた。

「お互い様よ」

 有田真由美も、ひきつった笑みを浮かべる。

彼女の表情にも怯えの色が濃く残されていた。

 部屋の片隅では、ボルトが後退しロックされた南部十四年式拳銃を

両手で握ったまま、へたり込んでいる斐伊川紗枝の姿と、

まだ咳き込んでいる小手川浩の姿があった。


 立ち上がった水落圭介だったが、どうも体調がおかしい。

なんだか熱っぽい感じだ。

ただの気のせいだろうと、思い直し、小銃に弾薬を補充した。

斐伊川紗枝の拳銃にも、有田真由美が新しい弾倉を補充してあげる。。

残りの弾薬はわずかだ。今まで以上に慎重に進まねばならない。

水落圭介は、後に続く3人に前進するよう顎でしゃくった。

4人は、まだ闇に閉ざされている居住区の奥へと進んだ。

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