名無しの島 第2章 同行者
水落圭介はさらに、資料に目を通していった。
それによると、その島は地元の人でも怖れて近づかない、
無人島らしかった。
地元民が怖れる理由は、その島では、たびたび兵士の亡霊が姿が目撃され、
その姿を見た者の中には、
生きて帰って来なかった者もいるということらしい。
その島には名前もついておらず、
古来から『名無しの島』と呼ばれているという。
兵士の亡霊か・・・古臭いネタだな。
圭介は苦笑いした。こんな島に、なぜ桜井章一郎は興味を持ったのか?
「準備したいので、3日ほどお時間くれますか?」
水落圭介は佐藤編集長に言った。
何があったのかわからないが、
桜井章一郎が本当に『名無しの島』で消息を絶ったのなら、
一人で行くのは危険じゃないのか?
それは兵士の亡霊などという得たいの知れないもののせいではなく、
危険な生物だっているかもしれない。
ならば、それなりの準備が重要になってくる。
それに一人で行くのは、
桜井章一郎と同じ轍を踏むことだってあるかもしれない。
圭介は本能的にそう考えたのだ。
「ああ、十分な準備をしてくれ。
キミまで行方不明になられちゃ、困るからな」
佐藤編集長の言葉に、水落圭介は思わず笑った。
「冗談で言ってるんじゃないぞ」
佐藤編集長は声を押し殺して、諭すように言った。
そして彼の真剣なまなざしに、圭介は口を閉じるしかなかった。
「ああ・・・それと、同行者を二人連れて行ってくれ」
佐藤編集長は思い出したように言った。
机上の電話の受話器を持ち上げ、プッシュホンを押す。
どうやら内線電話をかけているようだ。
「ああ、こっちに来てくれ」
それだけ言うと、受話器を元に戻した。
しばらくすると、鉄扉が開いて、「失礼します」と、女性の声がした。
圭介が振り向くと、一人の女性と若い男性が立っていた。
女性の方は、なかなかの美人だった。
歳は20代半ばくらいだろうか。髪はショートカット。
ジーンズに赤い無地のブラウス。
身長も女性にしては高い。170センチ近くありそうだ。
圭介は彼女の足元に視線を落とした。
ハイヒールではなく、スニーカーだ。圭介も椅子を立ち、一礼する。
もう一人は若く、新入社員のように思えた。
水落圭介も草案社によく顔を出しているが、彼には見覚えが無い。
背丈は小柄で、小太りだ。茶色のだぶついたカーゴパンツに、
グレーのトレーナー。
トレーナーにはニューヨークヤンキーズのロゴが大きく描かれている。
黒縁メガネを丸い顔に、かけている。表情も固く、緊張しているようだ。
「彼女たちが同行者だ。有田君は帰国子女で、
フェンシングをやっている
スポーツマン・・・いやスポーツガールだ」
佐藤編集長が言うと、間髪を入れずに彼女の口が開いた。
「有田真由美といいます。弊社の写真週刊誌スクープ!で
カメラマンをやってます。よろしくお願いします」
と頭を下げる。言葉使いは丁寧だが、圭介を見る視線は力強く、
どこか勝気な性格が、恒間見えた。
「ぼ、僕は小手川浩といいます。今年入社したばかりです。
よろしくお願いします」
圭介も簡単に自己紹介をした。そこで、圭介は疑問を感じた。
行方不明者が出ているかもしれない、
危険な島へ彼のような新人を連れていっていいものかどうか。
圭介は無意識に、佐藤編集長のほうを振り返った。
その思惑を察したのか、佐藤編集長は水落圭介に向かって言った。
「新人を連れていくことに不安を感じてるんだろ?
これにはふたつ理由があってな。
ひとつは実践的な取材を経験してもらいたいことと、
古手川君は近代歴史に詳しくてね。何か手がかりを
見つけてくれるんではないかと期待してるんだよ」
近代歴史?それと桜井章一郎の失踪したと思われる島と、
どういう関係があるのか。
水落圭介は率直な疑問を、佐藤編集長にたずねた。
「近代歴史?それが何か関係してるんですか?」
「ああ・・・まだはっきりしたことはわからんが、
その可能性も考慮してだな。
詳しいことはそのファイルに目をとおしてくれればわかる」
そう言って、佐藤編集長は言葉を濁した。
それにしても・・・と水落圭介は思った。
しかし、編集長の命令とあれば仕方あるまい。
圭介は苦笑いを隠して、うなづく。
「じゃあ、有田さんと古手川君の連絡先を
教えてくれますか?こちらも準備がありますので。
整いましたら、ご連絡します」
圭介が言うと、二人とも名刺を差し出した。
圭介もあわてて、上着の内ポケットから名刺を2枚取り出して、
有田真由美と小手川浩に手渡した。
有田真由美が言う。
「名刺の裏に、私たちの携帯番号が書いてます」
名刺を裏返して確認した。それぞれの名刺の裏に、
たしかに携帯電話の番号があった。
圭介は軽くうなづくと、有田真由美と古手川浩に言った。
「じゃあ、今日はこの辺で。後日改めてご連絡します」
水落圭介は、椅子の背もたれにかけてあった、
ショルダーバッグを肩にかけると、立ち上がった。
佐藤編集長をはじめ、有田真由美と小手川浩に会釈する。
そして月刊ミスト編集部を後にした。
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