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ZOMBB 37発目 次郎、絶体絶命

次郎と新垣優美は、有効射程距離に入った、

人間サイズの『やわらかゾンビ』から

片付けていった。巨人ゾンビの頭蓋骨は厚く、

近距離からでないと、破壊できないからだ。

しかし、近距離になると

その巨体が邪魔になって頭を狙うのは困難だ。

木に登って攻撃する手もあるが、

たちまち捕まってしまう可能性が高い。

弾薬庫では、数十人の自衛隊員たちがいたからこそ、

巨人ゾンビの注意を拡散させて出来た作戦だった。

だが今は、次郎と新垣優美のたった二人しかいない。


半数近くまで『やわらかゾンビ』を減らした時、

次郎の頭に妙案が浮かんだ。

口元に自嘲気味な苦笑いが刻まれる。

試してみる価値はある―――命がけだが。

と彼は思った。

「ララ、オレが合図するまでここにいろ」

「え?」

新垣優美は訝しげな顔を、

隣でAK47βスペズナズを

撃ちまくっている次郎の横顔に向けた。

すると突然、次郎は走り出した。

ゾンビの群れと距離を詰めていく。

巨人ゾンビの手前、8メートルぐらいの場所で、

足を止めると今度はララの方へ振り返った。

ゾンビの群れに背を向ける形だ。

背後は無防備。ダンボールは何を考えてるの?

とララは緊張した面持ちで彼を見た。

次郎は両手を組み合わせて、

手のひらを上へ向けると、腰を落として構えてた。

「ララ、今だ!来いッ!」

次郎の意図を悟った彼女は、

呆れて物も言えないような苦笑を浮かべて、頭を振った。

そして、これまで以上の真剣な表情に切り替わった。

新垣優美は猛然とダッシュした。

次郎まで十数メートル。

ほとんど瞬間的に最高スピードにまで達せなければならない。


「たぁあああああああああッ」

新垣優美の口から、

自然と気合いのこもった声が迸った。

ゾンビの群れを背に、

腰を落として身構えている次郎に向かって、

全力で走った。

遠い―――と新垣優美は感じていた。

わずか十数メートルの距離が、果てしなく遠く感じる。

時間の進み具合までもが、

遅くなっているようにも感じる。

新垣優美はただ、真剣な眼差しで自分を待っている、

次郎の目だけを見つめた。


次郎がこんなに遠くの存在だったのかと、

気づかされた感情に、彼女は驚かされた。

それは今まで、記憶になかった気持ちだった。

「次郎―――ッ!」

新垣優美は思わす叫んでいた。

そして地を蹴ってジャンプした。

彼女の右足が、組み合わさった次郎の両の手のひらに乗った。


「うぉおおおおおおおッ!」

次郎は新垣優美の全体重を乗せた両腕を、

真上に振り上げた。新垣優美の体重は軽かった。

彼女の体は空高く舞い上がった。

逆光に黒いシルエットになった彼女を見上げた次郎は思った。


ガチでララ・クロフトみたいだな・・・


宙にいる新垣優美に掴みかかろうと、巨人ゾンビは腕を伸ばした。

新垣優美はその腕を蹴って、さらに高く飛んだ。

2丁のUSPの銃口を、その巨人ゾンビの頭部に向けると、連射した。

目にも留まらぬ速さで、USPのスライドが前後に動く。


巨人ゾンビの左頭部は、そのほとんどを粉砕され、

揺らめくようにふらつくと、巨人ゾンビはヒザを着いた。

新垣優美は、その肩に着地して素早くマグチェンジをした。

自分の左肩にいる彼女を掴もうと、巨人ゾンビは右腕を伸ばしてきた。

新垣優美はその手をかわして、後方に飛んだ。

そして頭部の右側にUSPのトリガーを引いて、粉々に吹き飛ばした。


巨人ゾンビは力を無くして、轟音を立てて倒れた。

しかしまだ油断は出来ない。

巨人ゾンビは、もう1体いるのだ。

新垣優美は残った巨人ゾンビに挑みかかった。

その時、次郎は人間サイズの『やわらかゾンビ』と戦っていた。

AK47βスペズナズをセミオートで撃ち続けていた。

1体また1体と目前の敵を、確実に仕留めていく。

だが、次郎は気づいていなかった。

彼の背後にも数体の

『やわらかゾンビ』が迫っている事に―――。

ふいに次郎は急に背中に重さを感じた。


肩越しにのぞくと、数体のゾンビが

のしかかって来ていて、彼の首筋に喰らいつこうと、

黄色く濁った乱喰歯を剥き出しにしている。

次郎はその歯を、身を捩って避けながら、

腰のビカンキホルスターに手を伸ばす。

グロック18Cを引き抜くと、

背後のゾンビたちに向けてトリガーを引いた。

ゾンビたちの何体かは頭を吹き飛ばされて、

後ろに倒れた。だが、そのうちの1体が、

次郎の肩口に歯を立てた。


ちくりとする痛み。

爪楊枝で弱く突かれたような微かな痛み。

チェストリグ越しだが、それは確実な痛みだった。

やべ―――。

次郎は焦った・・・。


一方、高取山弾薬庫では、収容されていた弾薬のほとんどを、

73式輸送トラック2台に積み終えていた。

確保したVITTOのSUVの後部座席側を目にした皆藤准陸尉と

綾野陸曹長たち自衛隊員たちは、驚嘆の表情を隠しきれなかった。

車内にはコンピュータなどの機器が、

ひしめくように整然と並んでいる。

車内の左右と後部には大小様々なモニターもあった。


それらのモニターには、

グーグルマップで示された関東の地図や、

何か心電図のような波形をグラフ化したもの、

それに8桁のアルファベットと数字で

表されたものと平行して、128桁の数字が

画面の下から上へと表示されている。

それは何万行いや何百万行あるのかわからない。

いや、それ以上あるのかもしれなかった。

360度回転するスツールがひとつ、それにヘッドホンが車窓に

つけられたフックに掛けられていた。

そしてまだコンピュータは作動していた。

メインと思われるコンピュータの緑色のランプが明滅している。

「送受信記録を取れ。

  終わったら電源を切るんだ。

  それが防衛省からの通達だ」

綾野陸曹長は、傍らにいる自衛隊員に命じた。

その自衛隊員は車内に乗り込むと、

ベルトに装着しているパウチから、

USBメモリを取り出し、コネクタに差し込んだ。

マウスを操作して、送受信ログのファイルを探し当てた。

それをクリックすると、USBメモリへコピーする。

要した時間は3分とかからなかった。

コピーしおえると、振り返って綾野陸曹長を見る。


 確認するように綾野がうなづくと、

その自衛隊員はコンピュータの電源を切った―――。


 巨人ゾンビは猛然と、新垣優美に襲いかかって来た。

バスケットボールの3倍はある大きな拳を打ち下ろして来る。

新垣優美はその一撃を、かろうじてかわした。

巨人ゾンビの拳は土煙を上げて

地面にめり込み、その衝撃は空気を震わせた。


「ララの巨乳から離れろ!この変態め!」


変態はお前だ!

新垣優美は心の中で、叫んだ。


次郎が巨人ゾンビへ向かって、突進して来た。

グロック18Cをフルオートに切り替えて、連射する。

ものの数秒で撃ち尽くすと、素早くマグチェンジをして、

巨人ゾンビの頭部へと銃口を向ける。

そしてトリガーを引き絞った。BB弾は白い線となって、

巨人ゾンビの頭にヒットし、その頭蓋のかけらを空中に飛散させた。

だが、それはわずかだった。大きなダメージを与えてはいない。

巨人ゾンビは意にもせず、さらに新垣優美に襲い掛かる。

そこで次郎は違和感を感じた。

いや、異変というべきか。


次郎が攻撃しても、巨人ゾンビは反応を示さない。全く。

次郎の存在を知らないような、それとも見えていないように

無視されている・・・。


高校生のころ、よくクラスの女子から

シカトされたが、これはあの時と違う―――。


違う、こいつはまさか・・・

 オレの事を仲間だと思ってるのか?


次郎の背中に、寒いものが走った。

新垣優美は倒れたまま動けなかった。

彼女の体力は限界にきていた。

これまで巨人ゾンビの攻撃を幾度かわしたことか。

だがこれ以上、巨人ゾンビの攻撃から逃げる力は残っていない。

巨人ゾンビの白濁した両目が、新垣優美を見下ろしていた。

その拳が彼女に向かって撃ち下ろされた―――


とその時、時間が止まった―――

ように新垣優美に見えた。


巨人ゾンビは新垣優美を押し潰そうとしていた拳を止め、

力なくだらりと下げたのだ。

そして、戦意を失ったかのように、突っ立っている。

それはまるで、電池の切れたロボットのようだった。


「大丈夫か?ララ」

次郎はよろめきながら、

倒れている新垣優美に近寄った。

「いったい、何が起こったの?

  ゾンビが動かなくなってる・・・」

「わからない・・・わからないが・・・」

新垣優美は泥だらけの上体を起こし、

次郎を見つめた。彼女の両目に畏怖の念が

垣間見えたのは気のせいか。


「どうやらオレは、ゾンビ・ウイルスに

  感染した・・・らしい」

次郎はそう言うと、新垣優美の上に倒れ込んだ―――。

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