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ZOMBB 41発目 つかの間の休息?

立川駐屯地の官舎内に入ったモーニング・フォッグのメンバーらは、

皆藤准陸尉に導かれて一室に入った。

部屋に入ると、坂原勇の弟、隆と彼の妻沙耶と一人息子の孝也がいた。

坂原隆は兄の顔を見ると、安堵したように言った。

「兄貴、それに皆も無事だったか」

弟の言葉に、坂原勇はにこやかに答えた。

「心配させたようだな」

「あったりめえよ!あんな事ぐらいでくたばるかよ」

貫井源一郎が彼の隣で、ガッツポーズをとった。


「良かった・・・本当に・・・

  義兄さんが無事に帰ってくれて」

沙耶はその瞳に涙をうるませながら、坂原勇の手を取った。

そんな時、息子の孝也は、次郎を指差して言った。

「お兄ちゃん、顔が変」

「おい、変とは何だ?変とは?

  たしかにオレは、たま~に変顔をするが、

  それはその場をなごやかにするためだ。

  イケメンとブサメンのカテゴリーがあるとしてだな。

  オレのこの甘ぁ~いマスクは―――」

次郎の言葉を坂原弟がさえぎった。


「ダンボール・・・その顔色・・・

  まさか、お前?」

「ゾンビに、ちょっと噛まれちゃった。てへ」

「てへっじゃねえわ!

  お前、『やわらか次郎』になっちまったんだぞ」


―――『やわらか次郎』ね。はい、はい、

わかったわかった。もうツッコまねえよ・・・。


坂原勇は、弟たちにこれまでの経緯を話した。

「そんなことがあったのか。

  でも、それだとダンボールは

  完全にゾンビになりきってないってことか?」

そう言いながら、坂原隆は次郎を見やった。

「とにかく、皆さん空腹な事でしょう。

  まずは食事をしてください。

  それからゆっくりとお話しましょう」

皆藤准陸尉は、手で長テーブルを示した。

テーブルの上には、暖かい食事が用意されていた。

ご飯に、トンカツ、サラダ、味噌汁にお茶。

坂原勇をはじめ、皆空腹だった。

誰かが生唾を飲む音が聞こえた。

パイプ椅子に座ると、貪るように食事を始めた。次郎以外は。


次郎は空腹をまったく感じていなかった。他のメンバーが

おいしそうに飯をほおばっていても、食欲が湧かない。

ゾンビになって、初めて寂しさを感じていた。


次郎は、テーブルの上の水の入ったペットボトルに手を伸ばした。

彼を取り囲んでいる3人の自衛隊員が、

即座に反応して、次郎の動きを止めようとしたが、

皆藤准陸尉が頸を横に振って、そんな彼らを制止した。

次郎は、ペットボトルから水を飲んだ。

渇きが癒されたのかどうか、それさえわからない。

それでも水を飲んだ。飲みながら、次郎は思った。


へっ、これじゃどんな強い酒飲んでも、

もう二度と酔えないかもな・・・。

ゾンビになっちまって、何もかも

人間とは違うオレさ。でもさ、

熱いハートは忘れちゃいねぇぜ。

特にララに対する熱い想いだけは。

ララはこんなオレを、心の底では、

哀れんで愛おしく思ってるはずだ。

彼女は極度のツンデレなのだ。

今は、そんなオレから目をそらして、

味噌汁をがぶ飲みしてはいるが、

本当の気持ちはわかってるさ。

ふっ、今ならどんなに強い酒でも飲めるぜ。

オレは酒に酔えなくても、ララには酔えるんだ―――。


次郎は、何よりも自分に酔っていた。


その時不意に、ドアがノックされる音が聞こえた。

 「井川一等陸士と有沢二等陸士です」

「入れ」と皆藤准陸尉。

開いたドアの向こうには、二人の自衛隊員が立っていた。

「化学班の準備が完了したとのことです」

「わかった。皆さんの食事が終わったら、行くと伝えてくれ」

皆藤准陸尉がそう言うと、伝令を終えた自衛隊員二人は、

敬礼をしてドアを閉めた。

「化学班?準備ってどういう意味ですか?」

皆藤と、たった今訪れた自衛隊員たちとのやりとりを見ていた

久保山一郎が、箸を止めて訊いた。


箸が止まったのは久保山ひとりだけではなかった。

モーニング・フォッグのメンバー全員の顔に、

不安と猜疑の表情が読み取れた。

「ゾンビ・ウイルスに感染しながら、

  なぜ、山田次郎さんは、自我を保っているのか?

  この駐屯地の化学班が被検体として、

  詳しく調べたいとのことです」

皆藤准陸尉の言葉は丁寧だが、

反論を許さないような、厳しい表情だった。


「被検体?ちょっと、待ってください!」

 坂原勇は、箸を叩きつけるようにして、叫んだ。

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