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ZOMBB 54発目 戦う理由

轟音と共に9ミリ拳銃から放たれた、

6本の線条痕を刻み付け、重さ約8グラムの装甲弾は、回転しながら

巨大なカプセルの中で、眠っているように見える

青白い人体に向かって飛んでいった。

次郎が握っている9ミリ拳銃は、

スライドを後退させたまま、ホールドオープンして止まった。

と同時に、弾丸は巨大カプセルに命中した。

だが、防弾ガラスなのか、それは貫通しなかった。

とはいえ、その表面には蜘蛛の巣状の亀裂が入り、

氷が軋むような音を立て始める。


数秒後、内部から破裂するようにカプセルは砕け散った。

大量の水溶液がぶちまけられる。

カプセル内で浮かんでいた人体―――

青白いゾンビ―――の両足の踵が、ゆっくりと床に降りてくる。

着地すると、青白いゾンビの両目がゆっくりと開いた。

そこには瞳孔は無く、ただ純白に近い眼球があるだけだった。

そして、破壊されたカプセルから一歩踏み出した。

 その動きを合図にしたかのように、

中枢室の扉が音も無く、滑るように閉じていく。

 中枢室に入る事が出来ず、

室外の通路で待機していたモーニング・フォッグのメンバーと、

綾野陸曹長らは、それを見て慌てた。


 「次郎君!早くその部屋から出るんだ・・・」

綾野は声を張り上げて、次郎に呼びかけたが、すでに遅かった。

扉は毛髪一本入る隙間がないほどに固く閉じられてしまった。

この時、扉が閉じられたことを、次郎は肩越しに視線を向けて確認した。

青白いゾンビに向き直る。

次郎の表情には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「よう、ラスボス。これでてめえと二人っきりだ。

  オレとコンティニュー無しのタイマン勝負しようぜ」

次郎はそう言うと、9ミリ拳銃の銃身側を握り、

グリップ部分をハンマーのようにして持ち替えた。


「うぉおおおおおおおッ!」

次郎は自らが発する怒号と共に、

ラスボスゾンビに向かって突進して行った。

一方、中枢室の外部通路では、右肩に被弾し、

その傷口を手で押さえつけながら、顔に苦悶の色を滲ませ、

命令を下している皆藤准陸尉の声が響いていた。

「我々はここから撤退する。後は運を天に・・・

  いや次郎君に任せよう」

「ダンボールひとりをここに残して、逃げるって言うんですか?」

丸川信也が血色ばんで反論した。

「ここに残っていても、何もできないんだ。

  それに坂原君は重傷を負っている。

  私はともかく、民間人に犠牲を出すわけにはいかないんだ。

  彼だけでもすぐに救護部隊に渡さなければ・・・」

皆藤の言葉を聞いて、モーニング・フォッグのメンバーらは、

坂原勇のわき腹に視線を向けた。


応急手当をされ、胴体を何重にも巻かれた白い包帯に、

赤い血の染みが拡がっている。

多量の出血のためか、彼の顔色も青い。

 少しの間、沈黙が流れた。

その静寂を破ったのは、綾野陸曹長だった。

 「口惜しいが、皆藤准陸尉の言う通りだ。

  自衛官としてこれ以上、

  キミたちに犠牲を強要できない。すぐに撤退しよう」

綾野陸曹長は皆藤准陸尉を抱え上げると、

他の皆にも従うよう、うなづいた。

皆藤はBDUのポケットから、スマホを取り出すと、

片手で何か操作し始めた。


その様子を怪訝な顔で見つめている綾野陸曹長に向かって、

皆藤は口を開いた。

「これは私個人のスマホだ。GPS機能をオンにした。

  もし、この要塞の電磁バリアが解かれれば、

  この中枢室の位置を自衛隊の攻撃部隊に知らせることができる」

皆藤はそう言うと、手にしていたスマホを中枢室の扉の前へ滑らせた。

「撤退だ」

皆藤の言葉を合図に、

モーニング・フォッグの面々も、彼らの後に続いた。


その視線の先には、外部からの陽光が差し込んでいる、

突破口があった。皆はカタパルトの端の方へと走って行った。

そこには夥しい数のゾンビの躯が転がっていた。

その中に、十機ほどの『衛門下痢音』が見えた。

その中の一機から、一人の自衛隊員が出てくる。

「皆藤准陸尉、大丈夫ですか?」

その自衛隊員は皆藤たちの元へ駆け寄って来た。

「私は大丈夫だ。それより、『衛門下痢音』の通信機能は

  まだ回復してないのか?」

皆藤の問いかけに、その自衛隊員は眉根を寄せながら答えた。

「残念ながら、今だ電磁バリアは強力で、

  攻撃はおろか通信さえも満足にできない状態です」

皆藤准陸尉は、苦々しい表情を刻みながら、

背後の巨大なドーム状の要塞を振り仰いだ。


次郎は飛んだ。

ラスボスゾンビの頭部に向かって―――。

握っている9ミリ拳銃のグリップで、あの青白い頭を一撃で砕くつもりだ。

渾身の力を込めて、それを振り下ろす。

だが、ラスボスゾンビの動きは、想像以上に素早かった。

その右腕を一閃させると、次郎を弾き返したのだ。

次郎はのけぞりながら、数メートルも飛ばされて床に叩きつけられた。


その衝撃で、握っていた9ミリ拳銃も、

手を離れて広大な中枢室の暗闇の中へと、

渇いた金属音と共に姿を消していった。

次郎はふらつきながら立ち上がった。

口の中に違和感を感じて吐き出すと、

奥歯らしきものが数本、音を立てて床に散らばった。

だが、ゾンビである次郎には苦痛は無かった。


「やってくれんじゃねえか。

  だが、てめえも『やわらかゾンビ』なんだろ?

  だったら、これも効くよな」

次郎はにやりと笑うと、腰のビアンキホルスターから、

グロック18Cシルバースライドを抜いた。

片手で構え、セレクターをフルオートに切り替える。

狙いをラスボスゾンビの頭につけ、

そしてトリガーを引いた―――つもりだった。

ところが指に力が入らない。


次郎は自分の意識が、薄らいでいくのを感じていた。

その感覚は意識そのものを裏返しにされるような、

精神的苦痛を伴っていた。次郎は思わずヒザを着いた。

グロックを握り締めたまま、両手で頭を抱え込んだ。

次郎の頭脳の中で、これまでの彼の人生の中で、

ほとんど分泌されたことのない、『やる気』ホルモンである

ノルアドレナリンが噴出し始めていた。

目前のラスボスの姿が、縦に横に斜めにと歪んで見える。

それと同時に、苦悶している自分の姿も見えた。

その映像は何のものなのか?いや、誰のものなのか?


―――次郎は気づいた。

時おり、フラッシュバックのように見える自分の姿は、

ラスボスゾンビの意識に投影されたものなのだ―――。


何だ?この―――オレがアイツで、アイツがオレで―――

みたいな感覚は・・・・!


それは侵食されるというより、

他の何者かの意識と同化していくような感覚だった。

そこに自分が持っているはずの価値観や

アイデンティテイーなどの存在感は無く、

抗う術も見つからないまま、

もっと巨大な何かに溶け込まされていくような感覚。

次郎の脳裏に走馬灯のように、これまでの自分の姿が駆け抜けていった。


何気に普通の高校を卒業し、何気にFランの大学に行った。

それも長く続かず、中退。

やりたいことも何も見つからないまま、アルバイトを転々とした。

そんな生活を選択せざるを得なかったのは、

親や学校、この社会そのもののせいだと思っていた。

巨大な世の中の風潮に、たった一人で抗う事など無駄なんだと、

無意識の内に思っていた。

そしてそれが間違いない答えだということも・・・。

今、目前に迫っているラスボスゾンビの姿が、

それを具現化しているように見える。

今までの自分は、巨大な何者かの力に流されて生きていくことを、

自然と受け入れていたのではないか?

その力に抗う事自体、無駄な行為なのだと思っていたのではないか?

次郎は今、はっきりとわかった。戦う理由を・・・。


オレがオレであるために、戦うんだ―――。


次郎は身体を起こし、ラスボスゾンビと真正面から対峙した。

次郎の脳内では、ノルアドレナリンが分泌され続けていた。

にも関わらず、相手をコントロールできないことに

ラスボスゾンビは困惑していた。

それまで一度もしていなかった瞬きを、何度も繰り返している。

周囲の高性能コンピュータは、その原因を探ろうと

高速で演算を始めていた。しかし、答えは出ない。


「どうした?動揺してんのか?

 オレが言う事をきかないから困ってんだろ?」

次郎は口元に、微かな笑みを浮かべた。

「何だか、お前とはずっと一緒にいた気がするよ。

 ひとりの力じゃ、どうにもならない大きな力ってやつだ」

今度は次郎の両目が、一瞬の瞬きもせずに

ラスボスゾンビを睨みつけた。


「だがな、いつまでもお前の思い通りにはさせない・・・」

次郎はグロックのグリップを握り締めた。

「こっからがオレの、ファイナルバウトだ―――!」

次郎は走った。

両足はゴムのように頼りなかったが、それでも走った。

向かって来る次郎を薙ぎ払おうと、ラスボスゾンビが腕を振り上げる。

その拳が、次郎を殴りつけようとした瞬間、

ラスボスゾンビの視界から彼の姿が掻き消えた。

次郎は身を低くして、スライディングしたのだ。

ラスボスゾンビの股間をくぐって背後に回った次郎は、

身を翻すと大きくジャンプした。

次郎はラスボスゾンビの頸に左腕を回すと、

右手に握っているグロックのトリガーを絞った。

銀色のスライドが、咳き込むように高速でブローバックする。

フルオートで発射されたBB弾は、ラスボスゾンビの頭蓋を吹き飛ばした。

我が身にしがみついた次郎を振りほどこうと、

ラスボスゾンビは右へ左へともがいた。

その反動で次郎の下半身は、扇状に振り回される。

それでも彼はがっちりと組んだ左腕を離さなかった。

ラスボスゾンビの青白い長い腕が、次郎に掴みかかろうとするが、

それは虚しく空を泳いでいるだけだ。

全弾を撃ち尽くすと、グロックのスライドは

ホールドオープンして止まった。

マガジンキャッチボタンを押して、空になった弾倉を落とす。


次郎は組みしいた左腕を離さぬまま、

タクティカルベルトに装備しているパウチの中から、

予備マガジンに指だけを引っ掛けて引き抜くと、宙に放った。

回転しながら舞うマガジンを空中でキャッチすると、

スライドストップレバーを押して、初弾をチャンバーに送った。


 「うおぉおおおおおおおッ!」

次郎の雄叫びと共に、彼の手の中のグロックは、

息を吹き返したかの如く、再びBB弾を吐き出した。

ラスボスゾンビの頭蓋は、熟れたスイカのように砕けて、

脳漿を飛び散らせた。

ラスボスゾンビは黄色い涎を垂らしながら、苦悶の咆哮を上げる。

次郎はラスボスゾンビの頸に組んでいた左腕を解くと、

その頭部に埋め込まれている数百本のコードをまとめて掴んだ。

両足の踵をラスボスゾンビの背中にあてると、力を込めて後方へ飛んだ。

砕けた頭部にそれを支える力は残っていなかった。

次郎の体重に耐えられなくなったコードは、一気に引き抜かれる。


 ラスボスゾンビは、糸の切れた操り人形のように、前のめりに倒れた。

次郎もまた、したたかに床に叩きつけられる。

彼の周囲で、光の明滅を繰り返していた電子機器の明かりが、

次々と消えていった。


それと同時に、ホバリングしていた敵のドローンは全て、

力尽きたように落下していき、

床に激突しては火花を散らしながら砕け、動かなくなった。

 そしてその直後、次郎は漆黒の闇に包まれた―――。

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