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ZOMBB 49発目 予言

3日間の『衛門下痢音』の訓練は、滞りなく行われた。

まずは1日目の歩行と飛行訓練。

『衛門下痢音』の歩行スピードは決して速くは無い。

人の歩くスピードか、それ以下だ。

ただし、そのパワーは特筆すべきものがあった。

搭乗者の筋力にもよるが、

油圧ダンパーや強化スプリングで増幅された力は、

最大で6倍に跳ね上がった。

実施実験では、女性の新垣優美でさえ、

一撃のパンチでコンクリートブロックを粉々に粉砕できた。


「きゃっほいッ!」

次郎は新型『衛門下痢音』でコンクリートブロックを破壊しながら、

嬉々としはしゃいでいた。

そんな次郎の肩を掴んで、丸川信也が呆れたように言った。

「おい、ダンボール。いつまでやってんだ。

 次の訓練を始めるぞ」

彼は次郎を引きずっていく。

彼らの会話は、ブロードキャスト無線によって、

他の隊員達にも聞こえていた。

搭載されていたのは高性能の無線機器だったが、

電磁バリアを張っている『ゲシュペンスト』の防空権に入れば、

どこまで通信可能なのかは不明だったが、

少なくとも訓練中の相互通信には大いに役立った。

そんな訓練風景を見ながら、

訓練支持をしていた綾野陸曹長が頭を掻き、

傍らにいる皆藤准陸尉にぼやくように言った。

「他のメンバーはともかく、

 あの山田次郎って人、大丈夫なんですかね?

 まるで緊張感が感じられないんですが・・・」

彼の疑問に答えたのは、

同じように訓練を見守っていた、御子柴医官だった。

「彼はある意味、賭けなんです。

 私の予想が当たらなければいいのですが・・・」

「賭け?いったい何のことです?」

御子柴医官の答えに、綾野陸曹長が怪訝な表情で問い返した。

だが、御子柴医官はそれには何も答えなかった。


あの山田次郎という青年が、

そんなに重要な意味を持っているとは正直考えられない。

ただ、皆藤准陸尉が意味ありげな表情を浮かべて、

綾野を見つめ返しただけだった。

そして『衛門下痢音』の耐久実験が始まった。

チタン合金で装甲された外装と相まって、防御力も完璧だった。

5,56ミリ小銃弾では、かすり傷をつけるのがやっとだった。

また衝撃にも強く、MK2破片手榴弾を

至近距離で爆発させる実験をしたが、

その装甲に致命的なダメージを与える事は出来なかった。

ただ、やはり間接部分の弱点は拭えなかった。

ケプラー線維と強化プラスティック線維を使われてはいるが、

この部分を集中的に攻撃されれば、重傷では済まない可能性もあった。

だが、その弱点を克服するために、

さらなる強化を施せば、稼動範囲は狭くなる。

これは今後の課題になるかもしれない。


歩行、衝撃訓練が終わると、すぐに飛行訓練が始められた。

飛行するには、左前腕部の小指側側面に肘宛のように取り付けられている、

ボックス状の拳側の先端にあるジョイスティックを操作して行われる。

ジョイスティックの上部にはオレンジ色のボタンがあり、それを押す事で

ジェット噴射が可能となっていた。

ジョイスティックは前方に倒せば下降、後ろに倒せば上昇、

左右は両翼と尾翼のフラップとクランプによって連携していて、

それぞれの方向に倒せば、右旋回、左旋回を可能としていた。

 初日は、上昇訓練と着地訓練が行われ、

事前の丁寧なレクチャーもあって、各自衛隊員はもとより、

モーニング・フォッグのメンバーらも、

難無くそれらの操作を身につけていった。


二日目はC―1輸送機からの降下訓練を予定していたが、

その機が存在する一番近い航空自衛隊基地は

習志野基地にしかなく、実機を使用しての訓練は不可能だった。

そのため、皆藤准陸尉は立川駐屯地内に既存していた、

鉄骨で建造された高さ20メートルほどの訓練塔を用い、

仮想訓練を実施する判断をした。

それは訓練塔の最上部から直径5センチの

金属製ワイヤー2本に『衛門下痢音』を乗せた滑車を取り付け、

30度の角度から滑り降りるというものだった。

実際、C―1輸送機からも、これと同じ方法で降下することもあって、

実戦に近い訓練となった。

『衛門下痢音』は、施設科に配備されている

トラッククレーンによって、訓練塔の最上部に吊り上げられるのだが、

重量の際限もあって、一度に降下できる機体は10機ずつ行われた。

その行程に時間がかかり、パイロット1人の訓練回数は3度が限界だった。

高所からの降下訓練に、自衛隊員らと

モーニング・フォッグのメンバー達も恐怖し、

緊張した面持ちで臨んでいた。

しかし、実戦では高度三千メートルからの降下となることを、

皆藤准陸尉は伝え、激を飛ばした。

ただ、次郎だけは恐怖を微塵も見せず、

3回の降下訓練を終えてもまだ、

訓練塔に上げてくれとせがんでいた。

「もーッ一回!もーッ一回!」

「これは、アトラクションじゃないんですよ」

ダダをこねる次郎に、

綾野陸曹長が苦虫をかんだような表情でいさめていた。


3日目は、いよいよ敵要塞への着地と突入訓練となった。

『ゲシュペンスト』の要塞には、

ゾンビを操る電波を中継するためのVITTOや、

多くのゾンビ達を揚陸させるための接岸用と思われる、

幅四十メートル、長さ百メートルのカタパルトがあった。

そのカタパルトに着地して、要塞内に突入する作戦だ。

だが、『衛門下痢音』の歩行スピードは、

人間のそれとほとんど変わらず、

たとえ百メートルの短距離とはいえ時間がかかりすぎた。

その問題を解決するために考案されたのは、

微弱なジェット推進により、

機体を地表より数センチ浮上させるというものだ。

これにより、『衛門下痢音』の高速移動が可能になった。 


ただ、機体の安定を維持することは容易ではなかった。

百キロを越える重量の『衛門下痢音』を巧みに操作するには、

機敏な重心の移動が不可欠で、

その訓練中に転倒するパイロットも少なくなかった。

その中で、目を見張る動きを見せたのは、次郎と新垣優美だ。

 「これって、バイク乗んのと同じ要領じゃね?」

次郎は右へ左へと、『衛門下痢音』を高速移動させている。

新垣優美も負けじと、華麗に機体を駆っていた。

確かに重心移動は、バイクを運転するそれと同様だった。

「なかなか見事なものですね。ふたりとも」

綾野陸曹長は次郎と新垣優美の動きを見ながら、

傍らにいる皆藤准陸尉に言った。

彼の言葉に応えるように、皆藤は口を開く。

「この作戦は想像を絶した過酷なものとなるだろう。

 それに彼らが『ゲシュペンスト』を撃破できるかどうか、

 我々次第だ―――」

皆藤准陸尉の予言ともとれる言葉には、

武者震いとは異なる震えと、相反する強い意志が滲んでいた。

彼の言葉通りに、『ゲシュペンスト』撃破を目的とする、

E作戦は熾烈なものとなるのだった―――。

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