見出し画像

名無しの島 第15章 地下研究所

「774部隊は『人体の強化』・・・

 いわば強化人間を製造することを目的にしていたみたいです・・・」

 小手川浩はそう言いながら、なおも書類やファイルを漁っていく。

彼の口からは、『人体の分離・合体』

『食料の摂取による対価の最小限化』など、

意味不明な言葉がつぶやかれていた。

 人体の強化?強化人間?そんなことを言われても、

にわかには信じられない。

まるでSF映画かアニメの世界だ。いやホラー映画か・・・。

だが・・・と水落圭介は考え直す。


井沢悠斗を襲った異形の化け物、小手川浩がベースキャンプで

目撃したという首がふたつあるという怪物・・・どれも事実だ。

あれが人体実験の末に生み出された、強化人間とでもいうのだろうか?


 だが・・・と水落圭介は思った。

小手川浩がこの冒険に出発する前、『名無しの島』と呼ばれ始めたのは

70年ほど前からだったと言ったこと。

そして、『はやぶさ丸』の所沢宗一も祖父の頃から、

この島を『名無しの島』と呼び始めたこと。

70年前といえば、大東亜戦争の時期と一致するではないか・・・。

 もしこの島が本当に、

人体実験をしていた774部隊の研究所であれば、

この事実は日本政府の負の歴史がまた白日の下にさられることになる。

そんなことが公になれば、現行政府も諸外国から、

新たな非難を受けることは必至だ。

中国、北朝鮮、韓国そしてロシアからも猛烈な非難と、

高額な賠償金を請求されることにもなりかねない。

なるほど、地元警察に政府の圧力がかかるのも無理も無い。

それで上陸は勿論、航行禁止区域にしたのだろう。

この『名無しの島』は、まさに日本の歴史の暗部なのだ。


 有田真由美はというと、一眼レフのデジタルカメラで、

この室内を所構わずシャッターをきっていた。

フラッシュの光が何度も瞬く。

この極限に置かれた状況で、カメラマンとしての業務を忠実に

こなしている。その点では、さすがスクープ誌のプロの記者だ。

井沢悠斗が化け物に襲われた時、圭介は自分を見失うほどの

パニックに陥ろうとしていた。しかし、彼女は、その光景さえも

カメラにおさめようと、シャッターをきることを忘れなかった。

さすがはジャーナリストだ。


今もシャッターをきっている彼女を見て、

自分もしっかりしなければと自戒した。

 斐伊川紗枝はというと、圭介のすぐ傍の部屋の隅にある椅子に、

丸くなって座っている。

それに組んだ足に添えられた手や唇は小刻みに震えている。

水落圭介が今、一番心配するのは彼女だった。

そんな彼女に圭介は声をかけた。

「心配するな。きっと無事にこの島を脱出してみせる」

気休めにしかならないかもしれないが、今はこれしか言えなかった。

斐伊川紗枝の水落圭介を見つめる目は、

生きて帰れる一筋の光とでも感じたのか、

いきなり抱きついてきた。声を押し殺して、

圭介の胸の中で泣きじゃくった。


「これは・・・!」

 一際大きく、小手川浩の声がした。

水落圭介も抱きつく斐伊川紗枝をなんとか引き剥がし、

小手川浩の元へ歩み寄った。

しきりにシャッターをきっていた有田真由美も、

興味深く近づいてくる。

 小手川浩は元は八つ折りにされていたであろう図面を、

長机に広げた。見やすいように、

水落圭介はマグライトでそれを照らす。

その図面は建築構造図のようだった。いわば青写真だ。

それもこの場所の断面図のようだった。

「この部屋の奥・・・あの辺りに隣室に続くドアがあります」

 小手川浩はそう言って、ある方向を指差した。

部屋は仄暗くて見づらいが、その方向を見ると、

薄っすらとドアのようなものが見えた。

小手川浩は図面を指差しながら、さらに説明した。

「この研究所は3階層になっていて、ここは地下1階にあたります。

 それで隣室から10メートルほどの地下道を通って、

 その先には地下2階に通じる階段があります。

 その2階は居住区になっているみたいです。

 そこからまた通路を行くと、さらに3階に続く階段。

 3階は問題の研究室があるようです」

「外に通じる道は、私たちが来た通路以外にはないの?」

 有田真由美が不安そうに訊いた。

そこで初めて、小手川浩が笑顔を作った。

ただ、その笑顔はまだ強張ってはいたが。


彼は、図面の地下3階に当たる部分から、

下方に向かっている通路を指し示した。

「この研究所から、外部に通じる通路があるんです。

 見ての通り、階段はジグザグに構築されていて、その通路は・・・」

 小手川浩が説明する前に、圭介は言った。

「オレたちが、最初に接岸した場所に通じてる・・・」

圭介の言葉に、小手川浩が無言でうなづく。

「これなら安全に脱出できるわね」

 有田真由美が、努めて明るい声を出す。

「いえ、そう楽観視もできないんです。

 この先・・・特に研究所を通らなければならない。

 そこが問題なんです」

 小手川浩の顔は、一転して再び曇った。

「研究所は危険だと?そういう意味か?」と圭介。

 それでも黙っている小手川浩に、業を煮やしたのか、

 有田真由美が苛立ちの声を出した。

「もったいづけずに、説明してよ」

「最初に気づいたのが、ここにある書類やファイルに積もった

 ホコリなんです・・・」

「ホコリ・・・?そうか、そういうことか」

 圭介が声を潜めた。小手川浩の言いたいことがわかったのだ。


その表情にまた恐怖の色が浮かぶ。後は小手川浩が説明した。

「何者も移動したりしなければ、ホコリは溜まりにくい。

 でも机や書類、ファイルまで、厚いホコリが積もってた。

 それなのに、見てください。床を」

 3人は床に視線を落とした。ホコリはほとんどない。

それは何者かが移動し、床にはホコリは溜まらず、

それ以外には積もったということを意味していた。

それは移動した何者かがいることを意味していた。

その何者かは―――あの化け物たち以外に考えられない。

「ということは、あの化け物もここを出入りしてるってこと?」

 有田真由美も怯えて、声を震わせる。

「しかも・・・」

 小手川浩は言いよどんだ。

「まだ、何かあるなら教えてよ」

 苛立ちを押さえられない有田真由美は、小手川浩に詰め寄った。


「ファイルに記録があったんだ。披検体の・・・」

小手川浩はポツリと言った。

「披検体って、さっき言ってた人体実験にされた人たちのことでしょ?」

「そう・・・その披検体の数が・・・1000体以上供給されてるんだ。

 この774部隊に・・・」

小手川浩の声は震えていた。

「せ・・・・1000体?」

 水落圭介も自分の耳を疑った。

そこで斐伊川紗枝が怯えきった声で訊いた。

「じゃあ、あんな怪物が1000体もいるってこと?」

 呆然とした有田真由美が訊いた。

「いや、成功したのは・・・成功といえるかどうか

 わからないが・・・10パーセントに満たないと思う。

 記録には失敗したことは控えめに、当時の大本営には報告してるけどね」

「それでも、もしかすると100体近くの化け物がいる

 かもしれないってことか?」

 圭介も思わず、声が大きくなる。

「化け物じゃない。強化人間だ・・・」

小手川浩は訂正した。

「どっちだっていい・・・!」

 水落圭介は小手川浩を睨みつけた。


あんな化け物が100体・・・

圭介は全身が総毛立つのをおぼえた。

こんな棍棒や、サバイバルナイフで身を守れるはずがない―――。

水落圭介は手に握っている棍棒を見つめた。

「で、でも・・・希望が無いわけじゃない。

 ここは軍事研究所だから、どこかに武器があると思う」

小手川浩は自信無さげに言った。

武器―――といっても70年以上も昔のものじゃないのか?

水落圭介はふと、腕時計を見て少し驚いた。午前0時になろうとしている。

井沢悠斗が襲われてから、

ここに逃げてくるまでにすでに1日が経っていた。


所沢宗一の『はやぶさ丸』が迎えに来るまで、後、62時間―――。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?