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ZOMBB 44発目 電磁の要塞

千葉県の最も東にある犬吠埼灯台から、

それはかろうじて見えた。

この日は雲一つ無い晴天であったがゆえに、

視界が良かったからかもしれない。

海は穏やかに凪ぎ、微風が大気をなでるように吹いている。

犬吠埼灯台から、さらにはるか東の海上に

浮かぶように見えるそれは、全体が濃紺の小島のようだった。

ただ天然の島と違うのは、人工的にシンメトリーな、

ドーム状の形をしていることだった。

それこそが日本を、いや世界を危機におとしめている、


『ゲシュペンスト』の要塞の一つに他ならなかった。

防衛省は緊急幕僚会議を開き、日本へのゾンビの大群による攻撃と、

領海侵犯の大義名分を掲げて、専守防衛の名の下に敵の殲滅を既決した。

アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスなど、

世界の先進国も自ら『ゲシュペンスト』への攻撃を

開始することを緊急召集された国連会議に提案。

それは即時に決定され、

この人類史上始まって以来の、未曾有の危機を解決すべく、

各国は『ゲシュペンスト』殲滅作戦を実行に移したのである。


『ゲシュペンスト』への攻撃を急いだのは、他にも理由があった。

その要塞は何の前触れもなく忽然と姿を現したからである。

それまで哨戒機のレーダーにも、巡航している潜水艦のソナーにも、

少しの反応も無かったのだ。

それは『ゲシュペンスト』の要塞にはその名の通り、

『亡霊』を思わせる、

極めて高度なステルス能力があることが推察された。

この機を逃せば、この要塞を叩く事は困難だと

判断されたためでもあった。

不意に銚子市の上空に爆音が轟いた。

それは航空自衛隊木更津基地、

海上自衛隊第21航空群館山航空基地から飛び立った、

Fー15イーグル20機とF―2戦闘機10機の爆音であった。

計30機の戦闘機は、ドーム型の巨大な要塞を目がけて飛んでいく。

一方、海上でも大きな動きがあった。

日本の保有するこんごう型護衛艦―――イージス艦8隻の内の5隻、

そしてはやぶさ型などのミサイル艇6隻、

はるしお型潜水艦など3隻が『ゲシュペンスト』の要塞に向けて、

水中を、そして海上では艦隊が白波を掻き分けて猛進していた。


編隊を組んだ戦闘機が、

『ゲシュペンスト』の要塞に百海里近くまで接近した時、

それは起こった。目視でその要塞を確認していた自衛官達は、

一瞬空間が歪んだ―――ように感じた。


そしてその直後、戦闘機、艦隊、潜水艦といわず、

どの機体にも異常が起こった。

電子機器が誤作動を起こしたのだった。

操縦や操舵は勿論、各武装が突然使用不能に陥ったのだ。

艦隊は混乱をきたした。

『ゲシュペンスト』の要塞に照準を合わせていた

ミサイルが、すべて発射不能になった。

これは、要塞から強力な電磁場妨害を目的とした

強力な電波が、 電磁界を変動させ、

波動として空間中を伝播し、放出されたことに他ならない。

高度な電子攻撃能力を備え、

より精巧なNOLQー2電波探知妨害装置を

搭載していたが、それさえも凌駕する超電磁波を浴びて、

その高性能がゆえに、逆にそれがあだになったのだ。


 一方、飛行を続けていた

F―15、F―2戦闘機群にも同様の事が起こった。

各機とも電子機器が誤作動を起こし始めたのだ。

ミサイルの発射装置は支障をきたし、やむを得ず、

『ゲシュペンスト』の要塞の超電磁圏から回避せざるをえなかった。

それでも先導していた3機のF―15イーグルは、

遠方からの機銃攻撃を試みた。

だが、要塞の堅牢な装甲は想定以上だった。

要塞に被弾はさせたものの、

かすり傷程度のダメージしか与えられなかった。

海中を航行中の潜水艦3隻も、複合ソナー、曳航ソナー共に、

潜水艦指揮管制装置さえ機能できない状態に陥った。

それにより魚雷の航送を制御できず、

発射することもままならなかった。

各潜水艦長は即座を命じて反転し、撤退せざるを得なかった。


 空と海上、海中の自衛隊による、

『ゲシュペンスト』要塞への総攻撃は、

こうして辛酸を呑む形で、失敗に終わった―――。

その日の夕刻、この結果報告を、立川駐屯地内官舎の執務室で

綾野陸曹長から受けた皆藤陸准尉は、うめくように言った。


「やはり我々の、E計画に活路を見出すしかない・・・」


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