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ZOMBB 53発目 最終決戦

綾野陸曹長は、とっさに倒れている皆藤の手に握られていた

9ミリ拳銃を取って構えた。

敵ドローンに向けて、数発を浴びせる。

連続する轟音と共に、いくつもの空薬莢が空を飛んだ。

被弾した敵のドローンは火花を散らしながら、

力尽きたように床に落下し、大破した。

 綾野陸曹長をはじめ、モーニング・フォッグのみんなは、

鮮血で左肩を濡らしている皆藤准陸尉の傍に駆け寄った。

皆藤は力を込めて、上半身をもたげさせた。

「大丈夫だ。急所は外れてるし、全て貫通しているようだ。

  それより、綾野、あのドローンのケーブルを

  伝って行けば、敵の中枢に辿り着くはずだ。

  任務を続行しろ!」

綾野陸曹長と体力自慢の丸川信也が、

負傷した皆藤准陸尉を両脇を抱え上げた。


破壊され、床に転がっている敵ドローンの

ケーブルを伝って行く。他のメンバーらもその後に続いた。

十数メートル進むと、壁面に巨大な入り口が開いていた。

坂原勇と久保山一郎が中を覗きこむ。その時だった。

短機関銃の掃射を浴びたのだ。

坂原勇は久保山一郎をかばうようにして、右わき腹に被弾した。

すぐにその入り口の脇に、皆は隠れた。

「兄貴!大丈夫か?」

坂原隆は蒼白な顔で、兄の勇の脇に手をやった。

彼の手は見る間に鮮血で染まっていく。

「かすり傷だ・・・。心・・・配いらない」

坂原勇はそこまで言うと、吐血した。

綾野陸曹長は、メディカルキットから止血剤と消毒液、

それに包帯を出して、

坂原勇と皆藤准陸尉の傷口を応急手当したが、

ふたりの傷の様子から、

一刻も早く救急搬送するべきだと感じていた。


そこで新垣優美は、予想だにしない行動を見せた。

スマホをわずかに入り口に向けて、写真を撮ったのだ。

その画像を順に皆に見せていく。

画像は薄暗かったが、内部の様子はうかがい知れた。

白い球体がいくつも浮遊している。

これはおそらく敵の戦闘ドローンだろう。

周囲には様々な機器のものと思われる光が、明滅しているようだ。

そして、その部屋の最も奥にそれはあった―――。


一見、青白い人型をした物体。

それは円筒型のカプセルに収容されている。

綾野陸曹長は、その人型をしたものの頭部に

指を当てて拡大した。

その頭部には数え切れないほどの、

細いコードが埋め込まれていた・・・。

「ゾンビの群れを操り、

  この要塞をコントロールしている、こいつが本体だ」

綾野陸曹長は、噛みしめるように言った。

「残念だが、我々ができるのはここまでだ・・・」

「ここまで来て、どうしてですか?」

久保山一郎が喰い入るように問い詰めた。

「弾薬が足りないんだ。

  キミたちの電動ガンでは、あのドローンは倒せない」

綾野陸曹長は、瞬きもせず皆の顔を見渡した。

「綾野さん、弾はあと何発ある?」

ふいに次郎が訊いてきた。

綾野は手にしていた9ミリ拳銃の弾倉を引き抜く。残弾はない。

弾倉を戻すと、スライドをわずかに後退させて、

薬室に目をやった。そこには真鍮の薬莢が見えた。

「一発だ」

綾野陸曹長の言葉が言い終わらないうちに、

次郎は彼の手から、その9ミリ拳銃を奪うように取った。

そしてゆっくりと立ち上がる。

「次郎君!な、何を・・・?」

慌てた綾野陸曹長を、皆藤准陸尉が停めた。

皆藤の目から、強固な意志を感じた綾野は、

そこであの時の事を思い出した。

 御子柴医官の言葉を―――。

『彼が鍵になるかもしれない・・・』


綾野陸曹長は呆然としながらも、

その言葉の意味がまだわからないでいた。

今はただ、仁王立ちしている、次郎を見上げることしかできない。


「みんな、夢はあるのか?」

次郎の唐突に問いかけた声は、静かだった。

「貫井さん、あんたの夢は?」

傍らの貫井源一郎の方へ視線を送ることなく、次郎は再び訊いた。

「オレの夢か・・・。そうだな、

  カミさんとこれからもずっと仲良く生きていきたいことだな」

貫井源一郎は少し照れたように、指で頬を掻いた。

「坂原さん、あんたは?」

次郎は坂原勇に問いかけた。

「オレか?最近知り合った女の子と付き合えたらなって思ってる」

「何だと?あんた彼女いんの?」

次郎は思わず坂原勇の方を振り返った。

「いや、まだ告ってもないよ。まだメル友なんだ」

「何だよ、ヒヤヒヤさせやがって・・・」

次郎は額を流れる汗を拭った。拭いながらも、ニヤリと笑った。

「上手くいくといいな。アジアのランボー。

  久保山さんは?」

 次郎にそう問いかけられた久保山一郎は、頭を掻きながら答えた。

 「今度、会社の同僚と合コンがあるんだ。

  それが楽しみっていうか、彼女できたらいいなって」

「合コン?マジで?」

次郎の目は点になっていた。

「丸川さんは?」

丸川信也は、神妙な顔つきで次郎を見上げて答えた。

「後何ヶ月したら、嫁さんに子供が産まれるんだ。

  だから、いい親父になりたいって思ってる」

「へええ~。おめでたか~!やったな、おい!」

丸川信也の吉報には、次郎だけでなく、

メンバー全員がお祝いの言葉を浴びせていた。

丸川は本当に嬉しそうな顔をしている。

「弟さんは?ってか、家族いるもんな」

坂原隆は、静かで優しい口調で答えた。

「ああ、ダンボールの言う通り、オレにとって家族が一番大切だ。

  息子の孝也に対して恥ずかしくない

  親父でいたいと思ってる。だからここまで来たんだ」

次郎はゆっくりと、彼の言葉を噛みしめるようにうなづいた。

「えっとララは・・・

  ああ、ララはどこかの金持ちと結婚して、

  セレブになるとか、そんな感じの夢だろ?」

次郎の言葉に、新垣優美は血色ばんだ。

「どこにでもいるバカ女と一緒にしないでよ!

  だいたいあんたが、私の何を知ってるって言うのよ!」

「わ、わりぃ、そんなにガチでキレなくても・・・」

次郎は、いつもの冗談交じりに言ったつもりだったが、

どうやら彼女の逆鱗に触れたようだ。

でも・・・と次郎は思う。

いつもだったら、自分の言い草なんか、

彼女は一蹴するように突き放すはずだ。

なのに、この時ばかりは違っていた。なんでだ?

「ダンボール、お前、夢は見つかったか?」

貫井源一郎が、次郎を見つめて言った。

「ああ、やっと見つかったよ。たった今、みんなから聞いた夢を

  応援するってのが、オレの夢だ」

 坂原勇、久保山一郎、丸川信也、坂原隆、

 貫井源一郎、そして新垣優美の視線が、次郎に集まっていた。


「さてと、ラスボス退治に行くとするか」

次郎は、中枢室の入り口に向かって、一歩踏み出した。

「待てッ!次郎君・・・!」

引きとめようとする綾野陸曹長の肩を、皆藤准陸尉が掴んだ。

「おそらく、彼にしかできないんだ・・・」

皆藤准陸尉はかぶりを振りながら言った。

彼にしか出来ない―――?どういうことなんだ?

「そうだ、ララ。約束忘れんなよ。ほっぺにキス」

「忘れてないわよ・・・だけど覚えているうちに帰ってきてよ」

新垣優美の声は、震えていた。


「じゃあな、みんな。ちょっくら行ってくるわ」

次郎は歩き出した。中枢室に入った途端、

彼の回りを、敵のドローンが取り囲んだ。

そして機関砲の銃口を向けた。綾野陸曹長をはじめ、

モーニング・フォッグのメンバーらも、唇を噛んだ。

次郎は蜂の巣にされる―――と思った瞬間、

信じられない事が起こった。


敵のドローンは、次郎を攻撃するのを止め、

彼の行く手を開けたのだ。

綾野陸曹長はその光景を目の当たりにして、

やっと御子柴医官の言葉の意味を理解した。

次郎はゾンビ・ウイルスに感染しているのだ。

その事を失念していた。

この『ゲシュペンスト』のシステムは、

ゾンビである彼を、仲間として見なしているということだ。

この中枢に近づけるのは、次郎しかいない。

だから、皆藤准陸尉も言っていた―――

彼にしか出来ない―――と。


 綾野陸曹長は肩越しに皆藤准陸尉を見た。

皆藤も確信を込めた表情で、うなづく。

次郎の前、数メートル先に直径2メートル、

高さ5メートルの巨大な円柱型のカプセルがあった。

中には何か水溶液のようなもので満たされているのか、

身長180センチほどの全裸の人体が浮かんでいる。

その人体は全身が青白く、生殖器らしき物も無い。

両目は閉じられていて、瞑想しているマネキンのようにも見える。

頭髪も無く、頭部には数え切れないほどの

細いコードが埋め込まれていた。

「さあ、ケリをつけようぜ」


次郎はそう言うと、9ミリ拳銃を両手で構えた。

銃口はカプセル内の人体の頭部に向ける。

次郎は、ゆっくりとトリガーを絞った。

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