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ZOMBB 51発目 震える空

朝陽が地上に、その光を射しはじめた。

濃紺の上空から、黄金に輝く海面に向かって、

美しいグラディーションを描いている。

辺りは静まり返っていて、

ゆるやかな風が、肌をなでるように吹いているだけだった。

その静寂の中、習志野基地では、

多くの自衛隊員らが、あわただしい動きを見せていた。


大勢のブーツがアスファルトの地面を叩く音と、

時おり聞こえる号令以外に、耳にするものはない。

 3機のC―1輸送機の巨大なシルエットに、

何人もの人影が、吸い込まれていくように搭乗して行った。

モーニング・フォッグのメンバーは、

3号機に向かって走っていた。機内に乗り込むと、

左右に5機ずつ整然と並べられている、

各個人専用に造られた『衛門下痢音』を装着し始める。

2号機と3号機には自衛隊員のパイロットが乗り込んでいる。

そしてわずか30分後には、

3機のC―1輸送機は次々と耳をつんざく轟音と共に、

習志野基地を飛び立った。


約1時間後、3機のC―1輸送機は房総半島上空にさしかかった。

時を同じくして、航空自衛隊木更津基地から飛び立った

AH―1戦闘ヘリ5機と合流する。

C―1輸送機とAH―1戦闘ヘリの編隊は、

轟音をなびかせて千葉県勝浦沖三百キロの地点に浮かぶ、

『ゲシュペンスト』の要塞に向かっていく。


「間もなく、敵要塞が目視できる距離に達します」

先行していたAH―1戦闘ヘリのパイロットは、各機に通信した。

水平線からは太陽が昇り、その輝きで空は青く染まっていた。

雲一つ無い晴天だった。

海は空の青さに呼応するかのように、

より濃い藍色の海面から、陽光を弾いて輝いている。

次の瞬間、AH―1戦闘ヘリのパイロットは目を見張った。

目前に迫る敵要塞のドーム状の表面、

数十箇所から射出口のような空洞が開いて、

何か白い球体のような物が飛び出して来たのだ。


その数は百以上はあった。

それはまるで無数の白い風船が、風に乗って空を漂っていうような、

一見、遊園地のイベントのような光景だった。

ただ違うのは、それが殺戮兵器だと相違ない点だった。

大きさはバスケットボール程で、下部には機関砲のような物が見える。

その上部には小型のプロペラが埋め込まれていて、

それで揚力を得ているのだろう。


「敵要塞から、機銃で武装された無人機ドローンが射出されたようです。

  その数、百機以上」

戦闘ヘリのパイロットの声は、冷静さを保って報告された。

それはどのような不測の事態にも対応できるように、

日々訓練されているからだった。

だが、その報告を同じ周波数のブロードキャスト通信で知った、

モーニング・フォッグのメンバー達は、互いに顔を見合わせた。

ドローンだって?それも武装をしているのが百機以上・・・?。

その誰もが、不安な表情を浮かべていた。

他の自衛隊員たちも驚いているのは間違いなかったが、

それを顔に出すような隊員はいなかった。

白い球体の敵のドローンは、

C―1輸送機3機と5機のAH―1戦闘ヘリの行く手を

阻むかのように、前方に群がった。


5機の戦闘ヘリは、C―1輸送機の前に出て、

攻撃態勢を整えたその時、何の前触れも無く、

ドローンたちは一斉に機関砲を撃ち始めた。

連続する発射音と共に、排出された夥しい空薬莢が、

太陽の光を照り返し、黄金の輝きを放ちながら海面へ降り注いだ。

「各機、迎撃せよ!」

AH―1戦闘ヘリの隊長機が、攻撃命令を下した。

と同時に、機体下部に装備された三砲身ガトリング砲が火を吹いた。

だが、敵ドローンの大きさはバスケットボール程の小ささだ。

しかも、不規則に空を揺らめいている。

それに着弾させるのは容易ではなかった。

狙って当たるものではない。

戦闘ヘリのパイロットは

ドローンをロックオンしようとしたが、そこで異変に気づいた。

ロックオン機能は元より、各計器が異変を起こしたのだ。

それは『ゲシュペンスト』要塞の電磁バリア圏内に

入った事を意味していた。

コックピット内に鳴り響く警告音と共に、

電子装置の誤作動が連続して起こった。

それでも長年の訓練と経験によって、手動で機を立て直す。

目視でドローンを捉え、三砲身ガトリング砲を放った。

5機のAH―1戦闘ヘリは、

数え切れないほどの、敵ドローンのいくつかを撃破した。

火花を散らしながら、爆発する敵ドローンは、

その残滓とともに海面に落下していく。


だが、AH―戦闘ヘリ2機も被弾し、

黒煙を吐きながら旋回しつつ、海上に墜落していった。

残り3機となった戦闘ヘリは、敵要塞を目指して突っ込んでいった。

手動でロケット弾ポッドの照準を合わせる。

たとえわずかでも、要塞にダメージを与えようと試みた。

その直前、奇妙な事が起こった。

敵ドローンからの攻撃をかわしたにも関わらず、

すべての戦闘ヘリが、空中でその動きを止められたのだ。

それはまるで、蛾が蜘蛛の巣にかかったように見えた。

戦闘ヘリのプロペラが、何かを巻き込んでいる。

その周囲の敵ドローン数機も、

戦闘ヘリの動きに同調したように回転し、落下していく。


「AH―1全機戦闘不能です!

  何かにからまったように落下していきます」

C―1輸送機1号のパイロットの通信を受けた皆藤准陸尉は、

頭の中をよぎっていた、ある疑問が氷解するのを感じた。

それは敵要塞の電磁バリア圏内に入ったと同時に気づいていた疑問だった。

電磁界に入っているのであれば、敵のドローンも操作不能のはずだ。

ところが敵の兵器は機能している。それはなぜか?

その答えは至極単純ともいえた。

敵のドローンは、無線で操作されているのではない。

有線で操作されているのだ。

おそらく目視できないほどの細い―――

その太さは数センチにも満たないであろう―――

コードで敵要塞と繋がっているに違いないと確信した。

味方の戦闘ヘリは、そのコードに絡み取られたのだ。

「各C―1輸送機に命じる。

  降下作戦を予定より早める事にする。

  各『衛門下痢音』パイロットは降下準備に入れ」

皆藤准陸尉は『衛門下痢音』の通信機能が有効なうちに、

各C―1輸送機内で待機しているパイロットに連絡を実施した。

皆藤准陸尉、綾野陸曹長を初めとする、

モーニング・フォッグのメンバーらが待機していた1号機でも、

あわただしい動きを見せた。

『衛門下痢音』のパイロット達が、縦二列に整然と並ぶ。


皆藤准陸尉の命令の元、輸送機最後部のハッチが、

ゆっくりと開き始めた。強烈な風が機内を吹き荒れる。

その時だった。強い衝撃と共に、C―1輸送機が大きく傾いたのだ。

コックピットのパイロットが、ブロードキャスト通信で現状を報告する。


「敵ドローンの攻撃により被弾!」

次郎たち、モーニングフォッグのメンバーらの乗った輸送機の、

右第2エンジンが炎を噴いていた。

「各パイロット、降下を開始する。急げ!」

その最後尾で、皆藤准陸尉は号令を飛ばした。

「了解!直ちに降下します!」

先頭の綾野陸曹長は、

『衛門下痢音」背部のジェットエンジンを点火させて、

開け放たれた後部ハッチから、

滑るようにC―1輸送機から飛び出した。

彼と同時に坂原勇の赤い『衛門下痢音』も空に舞った。

寸隙を置かず、次々と『衛門下痢音』の機体が、

C―1輸送機から飛び立った。


次郎たち、第一『衛門下痢音』隊は、

旋回して機首を『ゲシュペンスト』の要塞へと向ける。

綾野陸曹長は、左右を飛行している、

C―1輸送機の2号機と3号機に目をやった。

どちらの機も被弾し、黒煙を吐いている。

その中で、後部ハッチから、

第2『衛門下痢音』隊、第3『衛門下痢音』隊が

離脱しているのを見た。

C―1輸送機はしばらく飛行を続けていたが、

失速して海面へと不時着、着水していった。

彼らパイロットの救出は、待機している海上自衛隊に任せるほかはない。

今自分達にできることは、彼らの勇気ある行動を無駄にしないことだ。


かくして、30機の『衛門下痢音』の編隊は、

無数の敵ドローンの群れの中へ突入していった。

C―1輸送機の編隊と平行して飛行していた皆藤准陸尉は、

輸送機の3機とも敵ドローンの攻撃を受けて、

エンジン部から黒煙を上げているのを見た。

皆藤准陸尉は、電磁界の妨害のため途絶えがちな通信で、

各機に命令を下していた。

「C―1輸送機全機に・・・ぐ。

  直ちに旋回・・・、海・・・への不時着・・・試みよ。

  そして海上自衛・・・救護を待つべし!」

モーニング・フォッグのメンバーを含む、

『衛門下痢音』30機は、ジェット噴射をフルバーストにして、

『ゲシュペンスト』敵要塞に向けて、その翼は空を切った。

彼らに向けて、適ドローンは総攻撃をかけて来た。

短機関砲の銃弾が放物線の軌跡を描いて、豪雨のように振り注いでくる。

それは『衛門下痢音』の装甲に火花を散らした。

中には弱点である間接部分に被弾して、墜落する機体も少なくなかった。


抜けるような雲一つない空のあちこちに、

黒煙を吹き上げる『衛門下痢音」の姿が、いくつも浮かび上がる。

モーニング・フォッグのメンバーが駆る機体は、

それらの銃弾の嵐の中を、ツバメのように回避していった。

『ゲシュペンスト』の要塞が目前に迫っている。


先頭を飛行する次郎の『衛門下痢音』は、

敵ドローンの攻撃をかわしながら、その一点を目指して

時速300キロの猛スピードで突進していった。

彼の周囲で、空は震えていた―――。

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