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ZOMBB 46発目 一抹の希望

「もうひとつ、お話があるんです」

御子柴医官はそう言うと、皆に着席するように手を振って促した。

「ゾンビ・ウイルスに感染している

 山田次郎さんですが、助けられるかもしれません」

思いもかけない彼の言葉に、

モーニング・フォッグのメンバーらはざわついた。

「ダンボールは、元通りになれるってことですか?」

久保山一郎は、思わず前のめりになる。

彼の隣の丸川信也は苦笑しながら、小さくぼやいた。

「元通りって、中身はソンビになる前と

  何も変わってないけどな」

彼の隣に座っていた新垣優美の両の瞳は、

期待と希望を滲ませて輝き、うっすらと涙ぐんでいることに、

誰も気づいてはいなかった。


「国防総省からの報告がありまして、アメリカでも極めて稀ですが、

  山田次郎さんに似たケースがいくつかありまして、

  ゾンビ・ウイルスへの抗体・・・

  つまりワクチンの研究に全力を挙げていたようなんです」

御子柴医官の言葉に、また丸川信也が眉根を寄せた。

「アメリカにもダンボールのようなのが

  何人もいるってことですか。大丈夫なのか?アメリカ」

彼は全く違うところを心配していた。

「ワクチンによる臨床試験にも、

  かなりの成果があって、

  ノルアドレナリンがほとんど分泌されていない者に限っては、

  ゾンビ・ウイルスを消滅させることが

  可能だということです」

御子柴医官の顔に、笑みが浮かんだ。

だが、すぐにその表情は曇る。

「ただ、このワクチンが日本に届くのは、

  早くても1週間かかるということです。

  それに開発したCDCからの報告によれば、

  ワクチンが有効に働くのは、

  ゾンビ・ウイルスに感染して、10日以内ということでして・・・」

それを聞いて、坂原隆が兄に尋ねた。

「兄貴、ダンボールがゾンビに噛まれて、何日経ってんだ?」

「たしか今日で3日目だ」

「じゃあ、ギリギリだな」

坂原隆が背後でイビキをかいている次郎を振り返って、

つぶやくように言った。。他のメンバーも次郎を見やった。


新垣優美だけが次郎を見ることなく、

少しうつむいて、唇を噛みしめていた。


「では、皆さん、E計画をご説明します。53番格納庫に案内します」

そう言って、皆藤准陸尉は立ち上がった。

彼に倣い、その場の全員が席を離れる。

丸川信也はまだ爆睡している次郎を揺り起こした。

「起きろ。ダンボール。格納庫に行くらしいぞ」

「格納庫?何だよそれ?」

「いいから、来い」

丸川信也は、寝ぼけ声で訊いた次郎を引きずるようにして

立ち上がらせる。

エレベーターで上昇すると、地上に出た。

格納庫に向かう道すがら、丸川信也は次郎に言った。

「話によると、ゾンビ・ウイルスを退治できる

  ワクチンが造られたそうだぞ。

  うまくいけば、お前、元に戻れるんだ」

「戻れる?」

「ああ、人間に戻れるんだ」

丸川信也は答えた。

「人間に戻れる?

  時給860円でコキ使われて、

  いつクビなるかわからない派遣社員に戻れるって意味?

  どうでもいいよ。そんなの」

次郎はハナクソをほじりながら、ふてくされたように、そう言った。

するとまた、鼻がポコッと取れた。

丸川信也が呆れ顔になる。

 「お前なぁ、そんなにしょっちゅう鼻が

  ポコポコ取れてたら、性病か何かかと思われるぞ。

  それにもっと大事な事は・・・」

そんな丸川信也を押しのけて、

新垣優美が腰に両手を当てて、次郎に詰め寄った。

丸川信也はよろめいて、呆気に取られる。

巨体の彼が、脚をもつれさせるほどに、その時の彼女の力は強かった。

「あんた、何言ってんの?

  私が・・・いえ、みんながどんなに

  次郎のことを心配してるのかわかって言ってるの?

  もっと自分の事を大事にして・・・」

そこで彼女の声音は尻つぼみになったように、

お願いしているかのようになった。


そこで我に返ったように語気を強くした。

「とにかく、もっと自分を大事にしなさいよ!」

新垣優美の声は震えていた。

それは怒りだけではないように感じられた。

いつもはクールな彼女らしくなく動揺している。

新垣優美の思わぬ勢いに、次郎は気圧されて硬直した。


こんなに怒りを見せた彼女を、次郎は知らなかった。

人差し指が刺さったままになっている取れた鼻が、

プルプルと震えていた。

「新垣、どうしたんだ?

  あんなに怒ってんの初めてみたぞ」

坂原勇は久保山一郎にそう言いながら、

互いに顔を見合わせて首を傾げた。


彼らの後ろで、弟の隆がささやくように言った。

「はあ?まだ、わかんねえの?」

坂原隆は呆れながら、にやりと笑った。


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