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ZOMBB 40発目 帰還

空が明るくなると、モーニング・フォッグのメンバーたちは、出発した。

森の中は、いくつもの光の帯が、刷毛で葺いたように差し込んでいた。

六人はその光の束を、遮りながら先へと進んだ。

坂原勇は手にしたレンザティック・コンパスとマップを頼りに、

南へと向かう。

「2キロほど行ったら、幹線道路に出るはずだ」

坂原勇は息を弾ませ、後ろに続くメンバーたちを振り返りながら言った。

森は相変わらず薄暗かったが、晴天のせいで視界は良かった。


1時間ほど森を斜めに抜けていくと、開けた場所に出た。降り注ぐ陽光に、

メンバーの誰もが目を瞬いた。

そこは坂原勇が言った通り、幹線道路だった。

片道2車線の、比較的広い道だった。

走っている車も人気も無い。それにゾンビの姿も無かった。

メンバー全員の顔に、安堵の色が浮かぶ。

たった1日人工的なものに触れていなかっただけで、

ブーツの足裏から伝わるアスファルトの感触が心地よかった。

不安定な地面を歩いてきたために、皆、身体が強張っていた。

各自それぞれに、背伸びをしたり、脚を揉んだりしている。

「この道路沿いに南に5キロほど行ったら、立川駐屯地だ」

坂原勇は、額に流れる汗を拭いながら言った。

「もうひとふんばりだな」

貫井源一郎が、メンバーたちを鼓舞するように言った。


モーニング・フォッグのメンバーたちは、

へとへとだった。高取山弾薬庫奪還の作戦は

1両日中に終わる予定だったので、食料や水も常備して来なかった。

その上、雲一つない空からは、太陽の光が強烈な熱気を浴びせてくる。

決して暑い季節ではないが、アスファルトはそれを増幅し、

路面からも炙って来るようだった。

たった5キロが遠かった。次郎以外は。

ゾンビになったからなのか、次郎は他のメンバーのように、

空腹も渇きも感じていなかった。

彼の視線の先にあるのは、前を歩く新垣優美のプリケツだけだった。

完熟した葡萄の実のように、左右にゆっさゆっさと揺れる彼女の尻を、

喰い入るように見ている。

ある意味で、最も飢えていたのは彼かもしれない。


「おい、ダンボール、さっきから何で中腰なんだよ?」

次郎のすぐ後ろを歩いている、丸川信也が訊いた。

そんな丸川信也の問いかけに気づいていないのか、

意に介した様子は無い。

次郎は前かがみになり

今にも新垣優美のヒップにかぶりつくそうな勢いだ。

その姿はまるで、超時空要塞マクロスに出てくる、

ヴァルキリーのガウォーク形態そっくりだった。

よくあんな体勢で歩けるものだと、

丸川信也は半ば感心しながら言った。

「おい。新垣。

  ダンボールがお前の尻ばかり見てるぞ」

新垣優美は立ち止まった。


太股のレッグホルスターからUSPを引き抜いて、

次郎へその銃口を向けた。

そして、ためらう様子も無くトリガーを引く。

発射されたBB弾は、次郎のこめかみをかすって、

わずかに肉片を吹き飛ばした。

「ひぃいいいいいいッ」

次郎は思わずのけぞりながら、

削られた右側頭部に手をやって悲鳴を上げた。

「頭がぁ~ッ!頭が欠けたぁ~!」

「次はその頭全部吹っ飛ばすわよ」

新垣優美の目は据わっていた。

暑さと疲労と渇きで、彼女の両目には狂気のようなものが漂っていた。

次郎は焦って、すぐに姿勢を正す。

ガウォーク形態からバトロイド形態に直った。


「私の前を歩いて」

新垣優美に命令されて、次郎はすごすごと彼女の前へ行った。

「見えてきたぞ。立川駐屯地だ」

そう言った坂原勇の声は疲労で弱弱しかったが、

その表情には安堵と喜びがにじみ出ていた。

他のメンバーたちは、坂原勇の視線の先を見た。

数百メートル先に、立川駐屯地の門が見える。

メンバーたちは、少しずつだが、一歩一歩と足を運んだ。

正門は頑丈な鉄格子状の、スライド式の扉の向こうで、

門衛を務める自衛官が二人立っていた。

彼らは満身創痍のモーニング・フォッグの

面々に気づいて、門を開けようと手をかけた。

「あなた方は、たしかサバイバルゲームチームの?」

「モーニング・フォッグの坂原です。

  ただいま帰還しました」

「了解しました。皆藤准陸尉もお喜びになるでしょう。

  少し待ってください。今、門を開け・・・」

その自衛官の言葉が途中で途切れた。

彼の視線は、新垣優美の後ろにいる次郎に注がれている。

「か、彼の様子が変だが、どうしたんだ?」

自衛官の声は、少し震えて上ずっていた。


「ああ、彼はゾンビ・ウイルスに

  感染しちまって・・・」

貫井源一郎が言い終わらぬうちに、二人の自衛官は、

装備していた89式自動小銃を構えていた。

それも実銃だ。二つの銃口は、まっすぐ次郎に向けられている。

標的にされている次郎の前に、貫井が立ちはだかるように位置を変えた。

それでも二人の自衛官の銃口は微動だにしない。

「ちょい待ち、ちょい待ち。

  自衛隊員が自国民に銃口を向けるのか?」

貫井源一郎は、実銃を向けられても平気な顔をして、

口元には皮肉めいた苦笑いを刻んでいる。


「し、しかし、

  ゾンビを駐屯地内に入れるわけには・・・

  それが我々に課せられた命令なんだ」

自衛官は毅然とした態度で言った。

少しの間、モーニング・フォッグと、

その自衛官の間に緊張した沈黙が流れた。

その沈黙を破ったのは、坂原勇だった。

「こいつは見かけはゾンビだけど、

  中身はダンボール・・・

  いや山田次郎のままなんだ」

それを聞いて、二人の自衛官は互いに顔を見合わせた。

坂原勇の言葉の意味が飲み込めないらしい。


「そのダンボー・・・いや山田さんを置いて、

  他の皆さんは駐屯地に入ってください」

「そうはいかない。こいつもオレ達の仲間なんだ」

丸川信也は親指を立てて、隣に立っている次郎を指した。

そう言われて、自衛官達も戸惑っているようだった。

「皆藤准陸尉を呼んでもらえますか?」

坂原勇の言葉に、一人の自衛官がうなづいて、

その場から走っていった。

それから数分と経たないうちに、皆藤准陸尉と綾野陸曹長の姿が現れた。

モーニング・フォッグの面々を見ながら、皆藤准陸尉は口を開いた。

「話は森村二等陸士から聞きました」

森村二等陸士とは、

皆藤と綾野を呼びに行った自衛官のことだろう。

皆藤准陸尉は言葉を続けた。

「山田君は、ゾンビになっても

  自意識があるというんですか?」

彼の質問に、坂原勇が答えた。

「ええ、理由はわかりませんが、

  以前のダンボールと人格は変わってないんです。

  心がせまくて、自分勝手で、低脳で馬鹿で、

  ドスケベな変態で、空気も読めなくて、

  何の取り得も無い、女々しくて、

  ど畜生DT野郎のままの次郎のままなんです」

それを聞いた次郎は、坂原勇に詰め寄った。


「おい!ちょっと待て。

  ララが言った言葉通りじゃねえか!

  コピペしてんじゃねえよ!」


その様子を見ていた皆藤准陸尉は、

綾野陸曹長と顔を見合わせた。

「なるほど、他のゾンビとは違いますね。

  人格も変わってないし、凶暴さも無い。

  これは化学班に検査してもらった方がいい。

  CDCからの情報の裏付けになるかもしれん」

皆藤の言葉に、綾野もうなづく。


人格も変わってないって、

 モーニング・フォッグのメンバーだけじゃなく、

 他の人にもそう思われてんのか?オレは・・・。


次郎は、『くまモン』のように目が点になって固まった。


「CDC?それって

  アメリカ疾病管理予防センターのことですか?

  そこから何か情報でも?」

久保山一郎は、思わず声を上げた。

皆藤はそれには答えず、門衛の自衛官に扉を開けるように命じた。

そして、ようやくモーニング・フォッグの面々は

駐屯地内に入る事が許された。それに次郎も。

ただ、新たに3人の自衛隊員が現れて、次郎の回りを取り囲んだ。

万が一にでも、ゾンビとなった次郎が、

暴れでもした場合に備えてなのだろう。

ただ、次郎はそんなことは意にも介さず、

目は点になったままだった。


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