名無しの島 第18章 手に入れた武器
地下2階へと続く廊下に出るための鉄扉はにも、錆付いた、
差し込み式の鉄板は取り付けられてはいたが、
それをスライドし、鍵を掛けられた形跡は無かった。
水落圭介は、所々錆に侵食された、L字型のノブを掴む。
ゆっくりと慎重に、できるだけ音を立てないよう心掛けながら、
慎重にその扉を押し開いた。
そして右手に持ったマグライトで廊下を照らす。
左手にはスエーデン製のモーラーナイフを握り締めている。
頼りない武器だが、何も無いよりはマシだ。
有田真由美は、つい先ほど化け物の首を切断した、
サバイバルナイフを右手に握っている。
そのナイフの刃と柄に付いた、
どす黒い血糊はタオルで、出来るだけ拭ったが、
まだ薄っすらとこびりついている。拭ったタオルはその場に捨てた。
圭介の手にしているマグライトの丸い光が、上下左右と忙しく動き回る。
天井には、何を供給しているのかわからないが、
2メートル強の高さには、幾本かのパイプが通っている。
太さは大小さまざまだ。左右の幅は3メートルほど。
壁面と床は、剥き出しのコンクリートだ。
化け物の姿は見当たらない。
「大丈夫そうだ」
水落圭介は押し殺した声で、言った。
圭介は廊下に足を踏み入れた。他のの3人も彼の後に続く。
4人はゆっくりと、一歩一歩進んでいった。
70年以上も経過したコンクリートの壁も階段も、
カビ臭くすえた匂いを放っている。
眼前の暗闇は限りなく濃く、水落圭介は、
この廊下が永遠に続くのではないかとさえ思えた。
有田真由美、小手川浩、斐伊川紗枝も同様に感じていた。
「あったぞ。階段だ」
水落圭介の声は、安心からか少し上ずっていた。
床にぽっかりと、四角い穴を開けているその下には、
階段らしきものがうっすらと見える。。
マグライトの光に、階段と左右に手すりのようなものが、
手前に浮かび上がった。
どちらも金属製のようだ。階段は元より、手すりもひどく錆付いている。
圭介はゆっくりと一歩を踏み出した。
キイッという、耳障りな・・・そして不快な音を立てる。
手すりもガタついていて、添えた手が揺れる。
だが、崩れるような様子はなかった。
3人も彼の後に続いて、階段を降りていった。
階段は思った以上に長かった。20段以上はあっただろうか。
階段を降りきると、固い床がトレッキングシューズを通して、
足の裏に感じられる。
しかしここも真っ暗で、圭介のマグライトと
有田真由美のヘッドランプに、
照らし出された部分しか浮かび上がらない。
その二つの光で判別できたのは、ここが小手川浩が言った通り、
当時の研究員や軍人の居住区らしいことだ。
その証拠に、木製の三段ベッドがいくつか見える。
ベッドには茶褐色に変色した毛布やマットがある。
そのどれもがカビ臭く、すえた臭いを放っていた。
水落圭介と有田真由美はここにも光源となる、
ランプがあると確信した。二人は壁やその周りを調べる。
ヘッドランプとマグライトの光が、撫で回す様に
湿った壁面を這っていく。
「やっぱり、あったわ」
有田真由美の囁くような声が、暗闇の中で聞こえた。
壁と木製ベッドの脇に、
同じ固形アルコールのランプが掛けられていた。
有田真由美は、それらにマッチで火を点す。
4人の周囲は仄かに明るくなった。
それでも2メートルほどの間隔をおいて、ずらりと並んだ、
三段ベッドの手前の方は、よく見えるようになった。
だがそのベッドが、どこまであるのかわからない。
部屋の奥まで光は届いていないからだ。
それでも、その木製三段ベッドがひどく腐食していることと、
10以上あることは推し量られた。
ということはこの居住区は、30人以上の人員を休ませるほどの
広さがあるということだ。
「ひッ」
突然、斐伊川紗枝が怯えた悲鳴を上げた。
そしてベッドの方を指差す。
圭介は彼女が指差すベッドを見た。
そこにあるシーツは、濃く、赤茶けたシミが広範囲に渡って
染み付いている。周囲をよく見ると、
ベッドの支柱やコンクリートの壁に、赤黒いシミが張り付いている。
―――血だ。間違いない。
やはりここで研究者や軍の者たちは、化け物に惨殺されたのだ。
近づいて確認しようと一歩踏み出した水落圭介のつま先に、
小さな何かが当たった。
それはカラカラと金属特有の乾いた音を立てた。
水落圭介は、床にマグライトの光を当てた。
薬莢だった。それもライフルの・・・
それに拳銃弾らしき、短い薬莢も混ざっていた。
マグライトの光を周囲に回した。
あちこちにおびただしい数の薬莢が散乱している。
「あれは・・・」
唐突に、小手川浩の声が聞こえた。
その声音には疑問と共に、驚きの色があった。
水落圭介はその場所にマグライトを当てた。
ベッドのそばにあったのは、
白骨死体―――ただ頭部と左足は、もがれたように
失われている―――が床に座り込むように横たわっている。
あらためて周囲を見渡すと、今まで木片と見えていた物が、
人骨であるらしいことがわかった。
軍人らは、ここで化け物たちと闘ったのだ。
しかし、全滅させられた・・・。
ということは、もしかして・・・。
水落圭介の動きがあわただしくなった。何かを探しているのだ。
他の3人は彼が何をしているのか見当がつかず、ただ傍観していた。
それはベッドの下に無造作に落ちてあった―――。
ライフルだ。
正しくは三八式小銃。口径6.5ミリの旧日本陸軍が採用していた、
ボルトアクションライフルだ。
見ると、マグライトの光が届く範囲で、もう2丁見つかった。
それにベッドとベッドの間には長さ1メートル強、幅40センチ、
高さ60センチほどの蟲に食われ、朽ちかけた木箱があった。
水落圭介はその木箱の蓋を開けた。
その中には三八式小銃の弾薬100発ほどと、
南部十四年式拳銃2丁も見つかる。
それに、その拳銃の弾薬の装填されたマガジン8本。
「いい物が見つかった。ライフルだ。
少し錆付いてはいるが、使えそうだ」
圭介はそう言うと有田真由美と小手川浩に
1丁づつの三八式小銃と、一人30数発の弾薬を渡した。
水落圭介は小銃のボルトを引いて押し込み、
弾薬を薬室に装填するやり方をレクチャーした。
斐伊川紗枝には南部十四年式拳銃を渡す。
小柄な彼女ではライフルは重すぎると思ったのだ。
この拳銃は、ドイツのルーガーP08を元に設計された、
旧日本陸軍が正式採用していた拳銃だ。
後部にある、太いボルト状の部分を引くと、
弾薬が薬室に送られる。
三八式小銃は5発、南部十四年式拳銃は7発装填できる。
残る1丁の拳銃も、有田真由美に手渡した。
彼女の冷静かつ、高い戦闘能力は、
4本腕の化け物を撃退した時に感じたからだ。
彼女だったら、使いこなせると水落圭介は踏んでいた。
有田真由美は拳銃に安全装置を掛け、チノパンの後ろに差し込んだ。
「水落さんて、銃に詳しいんですね」
小手川浩は感心したように言った。
「海外に取材に行った時、よく射撃場に行ってたんだ。
もっとも、こんな古い銃は初めてだが」
水落圭介は手にした三八式小銃のボルトを引いた。
多少錆び付いてはいたが、
それはなんとか動いた。これなら使えそうだ。
2丁の小銃を点検した後、続いて南部十四年式拳銃も確かめてみる。
弾倉を抜いてボルトを引く。薬室に実包が無いのを確かめると、
ラッチスイッチを押してボルトを戻し、トリガーを引いた。
カチンという撃針が落ちる乾いた音がする。
同じようにもう一つの拳銃も確認する。
どちらもまだ使えそうだ。
70年以上前の銃にしては保存状態が良かった。
「僕に扱えるかなぁ・・・」
小手川浩は自信無さげだ。
「ボルトを引いて押し込み、引き金を引く。5発撃ち終わったら、
また弾薬を装填する。それだけだ。
ただ、撃つときはよく狙うように」
と水落圭介は再度説明した。
「これじゃ、カメラのシャッターは押せないわね」
両手に三八式小銃を抱えた有田真由美が苦笑いする。
圭介もつられて笑みをつくった。
心強い武器が手に入った。とはいえ、
あの化け物にどこまで通用するかはわからない。
だが、それでも棍棒やナイフよりずっといい。
「この先にまた階段があるんだな?」
水落圭介は小手川浩に確認するように訊いた。
「ええ・・・この下は研究室です。そしてその先は・・・」
小手川浩が言葉を続けようとした時、
居住区の奥、ライトの光が届かない闇の中から、
不気味な音が聞こえた。
いや・・・声だ。化け物の。
吐き気を催すほどの腐臭が漂って来る。
4人の間に、再び恐怖と緊張が走った。
「シャアアアァッ!」
その声を発する主は、複数いるようだった・・・。
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