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ZOMBB 47発目 エチゼンヤ伊藤店長、再び

 モーニング・フォッグのメンバーらが

案内されたその格納庫は、幅50メートル、

奥行き200メートル、高さが最大20メートルに及ぶ、

天井がカマボコ型の巨大なものだった。

入り口は開け放たれており、

内部では三十人ほどの陸上自衛隊員が忙しく働いていた。

巨大な照明が何箇所にも備えられていて、

比較的明るく見える。

溶接なのか、あちらこちらで火花が散っている。

それに機械音。その音はロボットが

動いているようなものを連想させた。


―――いや、ロボットではない。

人型をしてはいるが、外装が開け放たれている。

まるでその中に、人が入るスペースを開けているかのように・・・。

坂原勇たちはこれに似たものを以前見たことがあると思った。


たしかこれはパワード・・・。

「やあ、みんな。久しぶりだね!」

その声は格納庫の奥から聞こえてきた。

見ると、そこにはエチゼンヤ店長の伊藤が歩いて来た。

相変わらず、トレーナーとサルペットジーンズ姿、

くたびれたスニーカーを履いている。

それにまだ『エチゼンヤ』のロゴが入ったエプロンをしていた。

「伊藤店長、どこにいたのかと思ったら、

  ここにいたんですか」

そう言ったのは坂原隆だ。

格納庫内を見渡していた久保山一郎が、伊藤店長に問いかけた。

「ここで、何やってるんです?」

「よく聞いてくれた、久保ちゃん!」

伊藤店長は久保山の両肩をポンと叩くと、

軽く咳払いをして、自慢気に話し始めた。

「以前さ、相模原のサバゲーフィールドで、

  山田くぅんに使ってもらった

  パワードスーツあったじゃん。衛門下痢音初号機。

  その話を皆藤さんに言ったら、

  すごく興味を持ってもらってさぁ。

  陸上自衛隊の科学工作班の力で、

  より性能の高いものを造ろうってことになったのよ~」

衛門下痢音―――あの下品な名のパワード・スーツのことは

皆よく覚えていた。あの時は、どんなセンスで名づけたんだと

訝ったものだ。とはいえ、あのパワード・スーツ・・・次郎に

助けられたのも事実だった。


彼の隣で、皆藤准陸尉がうなづいた。

そう言った伊藤店長の後を、皆藤が受ける。

「『ゲシュペンスト』の要塞が、超電磁波バリアを張っていて、

  電子機器によって制御された兵器が使えないことは、

  先ほど言った通りです。

  そこで、エチゼンヤの伊藤店長の造られたという

  パワードスーツなら敵の要塞に近づけると考えたわけです」

モーニング・フォッグのメンバー達は、あらためて格納庫内を見渡した。

オリーブドラブ色に塗装された、十機以上のパワードスーツが目に入る。

その姿は、伊藤店長が造った物とは

比べものにならないほどの出来栄えだった。

「全身の装甲を、チタニウム合金で覆い、

  関節部分は繊維強化プラスチックで補強しています。

  推進パワーソースはジェット燃料を使用しています。

  これによって、背部のバックエンジンに

  取り付けられた4本のノズルからのジェット噴射で、

  最高速度時速250キロ、航続距離は500キロが

  可能になりました。それに電子機器は一切使用せず、すべて手動。

  これで『ゲシュペンスト』の要塞に突撃できます。

  ただ、武装に関しては、あなたがたは民間人ですから、

  電動ガンを使用してください。

  我々は重火器と小火器を装備していく予定です」

皆藤准陸尉が説明を終えると、坂原勇が手を挙げて質問した。

「でも、敵の要塞はここからはるか遠くの

  沖合いにあるんですよね?

  航続距離500キロじゃ足りないんじゃ・・・」

「それなら大丈夫です。『ゲシュペンスト』の要塞に

  たどり着く距離まで、C―1輸送機で行くことになっています。

  そこから降下、敵の本拠地に攻め込みます」

皆藤准陸尉は、安心するようゆっくりとした

静かな口調で言った。そして言葉を続ける。

「五日後には、このE計画を実行しますので、

  明日からの三日間で皆さんにこのパワードスーツ、

  『衛門下痢音』の搭乗訓練に入ってもらいます」

「今、何て言いました?」

モーニング・フォッグの面々は声をそろえて、

ほとんどハモるように、皆藤に訊いた。

「『衛門下痢音』と言いましたが、何か?」

皆藤はメンバーらに気圧されて、少したじろいだ。

まさか、E計画のEって、

『衛門下痢音』の頭文字から取ったんじゃ―――。

メンバー達は頭を抱えた。


伊藤店長、なんてことを自衛隊の人に言ったんだ?

皆藤さんたちも、素直に聞き入れちゃって・・・。

「オレは、いやだいッ!」

その時、突然大きな声が、皆の後ろから聞こえた。

振り返ると、次郎が両足を抱え込むようにして座っている。

「たしかに、いやだよなぁ。

 『衛門下痢音』はないよな~」

丸川信也は、うんうんと頭を上下させて言った。

「そうじゃない。オレはそのいい計画に

 参加するのは、いやだって言ったんだ」

「おい、ダンボール、この期に及んでみっともねえぞ」

と貫井源一郎が言った。

「なんで、ここまでやんなきゃなんねえの?

  だいたいオレは時給860円で雇われてる、

  たかが派遣社員なんだぞ。

  それが下痢音か何かで下痢便ストップと戦うなんてさ」

「下痢便ストップじゃなくて『ゲシュペンスト』な」

丸川信也が、静かに訂正した。

しゃがんで背中を見せている次郎に向かって、

坂原勇が語気を強くして答える。

「決まってるさ。この日本を・・・いや世界を救うためだよ」

「この世界を救うって何のために?」

次郎の声は、いつもらしくなく真剣だった。

「だから・・・」

坂原勇が言いかけるのを遮るように、次郎は口を開いた。

「オレはこんな世界に・・・

  こんな今のオレには、未来に何の期待もしちゃいない。

  希望の光も見当たらないんだ。今のままで充分楽しいんだ。

  みんなと適当にゾンビやっつけてるほうがさ・・・」

「お前だってこのままじゃ、ゾンビに・・・

  奴らの仲間になっちまうんだぞ!」

坂原勇が声を荒げた時、彼の肩を新垣優美が手を乗せてそれを止めた。

彼女は次郎のそばまで歩くと、彼の横にしゃがんだ。

他のみんなには聞こえないが、ささやくように次郎に何か話しかけている。

しばらくすると新垣優美は立ち上がって、メンバーたちの所へ戻ってきた。


その直後、次郎もゆっくりと立ち上がった。

肩越しに振り返った次郎の顔は、

いやらしく歪んでいた。鼻の下が伸びきっている。

そして姿勢をまっすぐに伸ばし、尻を突き出して

次郎は皆藤准陸尉たちに向かうと、敬礼しながら力強く叫んだ。

 「これより、E計画を実行しますッ!」

次郎は突然、声高らかに、ジャッキー・チェン主演の映画

『プロジェクトA』のテーマを歌い出した。

「ロンジョィダィディジュィ ムンジンヘィギン♪

  シンドンフォン ジュィモン♪

  ジョンワナーミィ ブッファッジヘィ ダィガーホェィチョン♪

  サゥジュナッ ザッガイワァッ♪

  サゥジュヨンチョッ メイモン♪

  ロンジョッハゥユィ サイゥホェィヒン♪

  ドンフォンデ ワイフォン♪

  バーッゴィコンデイ♪

  バッパー ナフォンボ ホンヨン♪

  サンー ジョンガンゲイ♪

  ロンジョン ドンフォンデ ワイフォン♪」

丸川信也が、テンション最高潮で歌っている次郎に近づいて訊いた。

「お前、よくその歌詞知ってるな。今度、オレにも教えてくれよ」

と本気で感心している。


「新垣、ダンボールに何言ったんだ?」

貫井源一郎が、眉を吊り上げて訊く。

「一緒に戦ってくれたら、

  ほっぺにキスしてあげるって言ったの」

そう言うと、彼女はいたずらぽっく微笑んだ。

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