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ZOMBB 55発目 さらば、次郎。そして、ありがとう。

カタパルトの端まで避難した皆藤准陸尉、綾野陸曹長、

そして次郎を除いたモーニング・フォッグの面々に、

まだ稼動している敵のドローンが襲いがかった。

その下部に装備されている機関砲の銃口を向けた次の瞬間、

敵ドローンは力を失ったかのように落下し、

海面に叩きつけられる。


次郎だ―――。

次郎がメインコンピュータを破壊したんだ!

坂原勇たちは確信したように、互いに顔を見合わせてうなづいた。

「敵要塞の超電磁波が消滅!通信が可能になりました!」

『衛門下痢音』の一機を着用している自衛隊員の一人が、

皆藤准陸尉に向かって声高に言った。


皆藤はそれに答えるように叫ぶ。

「敵要塞から発せられるタブレット端末の電波を特定し、

  その地点に集中攻撃をせよ!」

それを聞いて、モーニング・フォッグのメンバーらが蒼ざめた。

「皆藤さん、中にはまだ次郎が・・・!」

丸川信也は皆藤准陸尉に、詰め寄るように言った。

「わかっている、だがこのままこの要塞を放っておけば、

  次に何をするかわからん」

その時、皆藤の言葉を裏付けるかのように、

『ゲシュペンスト』の要塞は震動を始めた。

そしてわずかずつではあるが、

体感できるほどの速さで海中に沈みつつある。

この巨大要塞は潜水しようとしているのは明らかだった。

敗色を察知して逃走を試みているのかもしれない。


それはメインコンピュータは破壊されたものの、

バックアップのコンピュータは、まだ稼動しているということか?

 十機の『衛門下痢音』は、ラグビーのスクラムを組むようにして、

皆藤准陸尉や綾野陸曹長、モーニング・フォッグのメンバーらを

これから始まる爆撃による衝撃から守るために

ドーム状の壁をつくった。


 上空では、超電磁バリア外で待機していた

E―2C早期警戒機が、敵要塞に機首を向けて飛行していた。

そして間もなく、皆藤准陸尉からの報告にあった、

タブレット端末の位置を特定した。

E―2C早期警戒機は航空自衛隊、海上自衛隊にその座標を報告、

空自からはF―15、F―2戦闘機からのミサイル爆撃を、

海自からはミサイル艇『はやぶさ型』から

艦対艦ミサイルが次々と発射された。

夥しい数のミサイルが、雲一つない青空に白い軌跡を描きながら、

敵要塞に向かっていった。


自衛隊のミサイル群は敵要塞に着弾すると、

耳をつんざくような轟音と共に、巨大な火柱をいくつも起ち上げた。

その衝撃は凄まじく、周囲の空間を震わせた。

誘爆したのか、破裂したかのように、

敵要塞の側面からも炎がいくつも噴出した。

ミサイル爆撃を受けて砕け散った敵要塞の破片は、

上空高く舞い上がり、鋭角の弧を描きながら海面に落下し、

数え切れない水しぶきを上げていく。


その破片は、大きなもので大型の冷蔵庫ほどもあり、

小さなものは小石のサイズだった。

それら大小様々な敵要塞の瓦礫が、

モーニング・フォッグのメンバーたちが避難している

カタパルトにも落下してきた。

それをスクラムを組んでいる、

十機の『衛門下痢音』の機体が盾となって防いでくれている。

どれだけの時間が経ったかわからぬまま、突然として静寂が訪れた。


顔を上げた綾野陸曹長は、その視線を敵要塞に向けた。

『ゲシュペンスト』の要塞は、そのほとんどを破壊され、

瓦礫の山と化していた。

そこかしこから、巨大な黒煙を上げている。

黒煙は風に流され、真っ青な空に吸い込まれていく。

新垣優美は、『衛門下痢音』の壁を縫うようにして、

外へ出た。その彼女を押しとどめようと

皆藤准陸尉は手を伸ばしたが、新垣優美はそれを振りほどいた。


新垣優美は、完全に破壊され尽くした敵要塞の巨大な残骸を見上げた。

文字通り焦土と化した敵要塞の残片が

積み上げられたその茫漠な姿は、陽光に照りつけられて、

陽炎のように不規則に揺らめいていた。

黒ずんだその残滓から、焚き火のような小さな炎がいくつも見える。

時おり爆ぜる、その炎の音以外、ゾンビや敵のドローンはおろか、

動くものの気配を何も感じさせない。


次郎はどうなってしまったのか―――?

あの猛烈な空爆の中を、生き延びれたのだろうか?

彼女の胸中には、ずしりと重い、暗い不安が居座っていた。

自分の胸が激しく脈動していくのを感じる。

その不安が悲哀に変わるのを、彼女は恐れた。心の底から。


 何事が起きてもいつも飄々としていて、

スケベでバカで不真面目だけど、

何かを守らなければならない時には毅然と立ち向かった、

あの次郎が簡単に死ぬはずがない―――。


そう思いたかった。いや、そう思わずにはいられなかった。

だが目前に迫る残骸の荒野は、そんな彼女の願いを否定するかのように、

どこまでも広がっているように感じられた。

ふいに新垣優美の視界が、涙でぼやけた。

全身から力を失うような感覚に襲われる。

彼女の涙が溢れ、頬を伝った。


「次郎―――ッ!」

新垣優美は力の限り叫んだつもりだったが、

その声は嗚咽に震え、言葉の形を成していなかった。


その時だった―――。

彼女の視界の隅で、何かが光った。

新垣優美は手の甲で涙を拭うと、その方向に目を凝らす。

やはり何かが光っている。

照りつける太陽の光を反射している。鏡のように。


いや、違う。

あれは鏡のような明晰な光ではない。

それは鈍く光る銀色―――に見えた。


あれは、まさか・・・。


気づくと新垣優美は、走り出していた。

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