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名無しの島 第4章 出発

 翌日、水落圭介は『名無しの島』へ行く準備を始めた。

部屋のクローゼットから、愛用の登山用大型リュックを取り出す。

中には食料品、飲料水以外は以前、

屋久島に取材に行ったときのままにしていた。

スェーデンのモーラ社製のナイフ。刃渡り20センチ、

厚みは3ミリ以上ある

丈夫で、切れ味のいいものだ。これで薪さえ切れる。

それとスイス製のアーミーナイフ。

缶切りや爪やすりなどがついたキャンプの必需品。

それに深緑色のポンチョ。一人用の簡易テント。

寝袋。5日分の下着や靴下。

腕時計のベルトにつけた小型のコンパス。

消毒液、バンドエイド、包帯2巻きに胃腸薬と痛み止めなどを

コンパクトにパッキングした救急袋。

そして小型のマグライトと予備の単3電池6本。

トランシーバーも用意しようと思ったが、朝に井沢悠斗から連絡があり、

人数分用意してくれるそうだ。

乾パンなどの携帯食料や水などは、

今日中に近くのホームセンターで購入することにする。


『名無しの島』に湧き水があるとは限らない。

それで、ペットボトルの飲み口に取り付けるだけで、

海水さえ浄水できる簡易浄水器も持っていくことにした。

浄水できる量は10リットル。

ウエストバッグには財布やマルボロとジッポライター、

携帯電話を入れていくことにする。そこでふと考えた。

武器の類は必要だろうか?

『名無しの島』は心霊スポットだと聞いているし、

桜井章一郎のファイルの中にもそうあった。

そのファイルには地元の漁師や実際に島に行った人達の証言では、

何か大きな異様な生き物を見たというものもあるが・・・。

そこで思い直し、念のためにと

サバイバルナイフを持っていくことにした。

 少し不謹慎かもしれないが、

こういった冒険前の準備が一番ワクワクする。

『名無しの島』にどんな危険が潜んでいるかわからないが、

この高揚感だけは否定できない。

とはいえ、浮かれた気分を抑制しなければ・・・

と水落圭介は自戒した。


予定では『名無しの島』に5日間滞在することになる。

勿論、桜井章一郎が無事に見つかれば、早々に退散するつもりだ。

 だが、草案社の有田真由美と古手川浩は

それだけが目的ではないかもしれない。

桜井章一郎を見つけるのが最優先ではあるが、

ほとんど人を寄せ付けなかった『名無しの島』の

取材も兼ねていると、圭介は踏んでいた。

 佐藤編集長は、はっきりとは言わないが、

単なる桜井章一郎捜索だけを、彼女らに命じてるわけではないだろう。

でなければ、冒険家の井沢悠斗のギャラまで捻出するわけがない。

当の井沢は必要経費+αでいいと快諾してくれたから良かったものの、

もし交渉が失敗していたら、

井沢悠斗抜きでも取材させるつもりだったのだろうか?


3日後、羽田空港に水落圭介をはじめ、草案社の有田真由美、小手川浩、

そして冒険家の井沢悠斗の姿があった。

圭介はブラウンのカーゴパンツに上着は空色のトレーナー。

そして登山リュックにグレーのウエストバッグ。

靴は履き慣れたトレッキングシューズ。

有田真由美はベージュのチノパンに、

長袖の赤いギンガムチェックのブラウス。

それに登山用リュックに真新しいトレッキングシューズ。

首には望遠レンズの付いた一眼レフデジタルカメラを下げていた。

小手川浩は履き古したジーンズに、白い長袖のポロシャツ。

彼も大きな登山用リュックにトレッキングシューズだ。

井沢悠斗はオリーブドラブのBDUの上下を着ている。

BDUとは、バトルドレスユニフォームの略で、

主に軍隊などで使用されるものだ。

その生地はリップストップという破れにくい技法で造られている。

 リュックは彼と数々の冒険を共にした、使い込まれたグリーンの

大型のもので、ポケットが多く付いている。

荷物でいっぱいらしく、パンパンにはちきれそうだ。

頭にはウッドランド迷彩のハットを被り、

首には大型の双眼鏡を掛けている。

靴は丈夫そうなトレッキングシューズ。

さすがに皆、十分な装備でこの探索にのそんでいる。


 有田真由美と小手川浩は、井沢悠斗とは初対面だ。

互いに簡単に自己紹介をした。

4人は鹿児島空港行きの搭乗口に、揃って向かおうとした。

そこへ、女性の声が呼びかけてくる。斐伊川紗枝だった。

水落圭介たちの方へ駆け寄ってくる。

「ごめんなさい。遅れちゃって・・・」

紗枝は中腰になって膝に手を着き、肩で息をしていた。

「おい、本当に付いて来るつもりなのか?」

水落圭介が、斐伊川紗枝の顔を見て半ば呆れ顔で言った。

「水落さん、何言ってるんですか。一緒に行くって

 言ったじゃないですか」紗枝は口を尖らせた。

「でも、その格好・・・」

圭介は斐伊川紗枝のいでたちを見て、また呆れ返る。

 斐伊川紗枝は白っぽい短パンにピンクの半袖のブラウス。

肩まである長い髪は束ねてポニーテールにしていたが、

白い麦藁帽を被っており、ハイカットのスニーカーを履いている。

リュックは遠足にでも行くような、

登山用リュックより一回り小さなものだ。

その上、リュックには『くまモン』の小さなストラップを

付けている。おまけに1リットルもないような、

これまたピンクの水筒を袈裟懸けにしていたのだ。


 水落圭介以外の3人に、苦笑がこぼれる。

ただ、小手川浩だけが、うれしそうに顔をほころばせていた。

「あのな・・・ピクニックに行くんじゃないんだぞ。

なんだそのかっ・・・」」

 圭介が腹立たしく、さらに言おうとした。

それを井沢悠斗が右手を上げてさえぎった。

「まあ、いいじゃないか。水落君。

 食料や飲料水はオレが多めに持って来ている。

 このお嬢さんの世話くらいできるさ」

 井沢は目じりに深い皺を残しながら、快活に笑った。

 斐伊川紗枝も井沢悠斗とは初対面だ。

圭介が彼を斐伊川紗枝に紹介した。

井沢悠斗も斐伊川紗枝に負けない快活な笑顔で彼女を歓迎した。

「え?あの有名な冒険家の井沢悠斗ですか?

 ご一緒できて感激です~」

 紗枝は目を丸くして喜んだ。圭介は、やれやれという感じだ。

 5人は無事、鹿児島空港行きの便に搭乗した。

約2時間の短い空の旅である。機内でも、

どこか緊張している水落圭介たち以外、

ちょっとした旅行気分の斐伊川紗枝だけがはしゃいでいた。


鹿児島空港に到着すると、水落圭介一行は、

一休みする間もなく先を急いだ。

空港から電車、バスを乗り継いで、

行方不明の桜井章一郎のファイルに書かれた、

彼の足跡をたどるように、5人は目的の漁港を目指した。

その漁港は鹿児島県の最南端にある、枕崎市にあった・・・。

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