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ZOMBB 43発目 ゲシュペンスト

飯村医官は言葉を続けた。

「それともう一つ、このゾンビ・ウイルスには

  特筆すべき特徴があります。

  それはある周波数帯の電波によって、

  先ほど申し上げましたノルアドレナリンの分泌率を調節し、

  その上、彼らゾンビの行動パターンにも

  影響を与えて・・・いや影響というよりも命令ですね。

  彼らはある『組織』から、

  命令を受けて動かされていると言っていいでしょう」

そこで御子柴医官が、案内するように言った。


「皆さん、どうぞこちらへ」

皆藤准陸尉、綾野陸曹長とモーニング・フォッグのメンバーらは、

ラボの別の一角に招かれた。

次郎もベッドを降りて、彼らの後を追った。

しかし、彼の周囲には三人の武装した自衛官が、

警備についていた。そのものものしさに、

次郎は片方の眉を吊り上げて、ため息をついた。

一同が向かった先には、VITTOがあった。

高取山弾薬庫で確保された、あのVITTOだった。

とはいえ、外装のほとんどを取り除かれ、

エンジン部や内装をあらわにした無惨なその姿は、

毛皮を剥がされた巨大な獣を連想させた。

その回りには、夥しい数の配線や、ハードディスクが散らばっていた。

白いツナギ姿の自衛隊員たちが、それらの解析を行っているようだ。

その中の一人が察したのか、立ち上がって振り向いた。

三十代後半くらいの大柄な男だった。

髪を短く刈っており、精悍な顔立ちをしている。

彼の着ているその白いツナギにも、

いくつもの油のシミや汚れが点在していた。


「お待ちしておりました」

その男は皆藤准陸尉に敬礼すると、モーニング・フォッグのメンバーらを

見渡すように視線をゆっくりと走らせた。

「皆藤准陸尉、こちらが・・・?」

「そうだ。彼らが我々と共に作戦行動している

  サバイバルゲームチームのモーニング・フォッグの皆さんだ」

皆藤は返す手で、その自衛官を紹介した。

「彼は斉木一等陸曹。

  立川駐屯地電子工作班の責任者だ」

「電子工学というと、

  コンピューターがご専門なんですか?」

久保山一郎の問いかけに、

斉木一等陸曹は精悍な顔を緩ませながら答えた。

「はい、コンピューターも専門に含まれています。

  プログラミングからハードまで、関連する事すべてに、

  エンジン構造や解析、部品と

  その材質の特定までやっています」

「すごい・・・」

思わず新垣優美が、嘆息をもらした。

斉木一等陸曹は、そこで初めて若い女性がいることに気づいたらしく、

かすかに頬を赤らめている。

そんな二人を血走った目で交互に、何度も見比べている次郎がいた。


なんだよララ。目をうるうるさせちゃって?

こんなゴリラ野郎が好みなのか?

こんな奴、コンピューターに詳しくて

機械いじりの得意なゴリラじゃねえかよ。

ただのインテリゴリラじゃん!

あっ、わかったぞ。ギャップだ。ギャップ。

ゴリラのくせにインテリというギャップ。

女はギャップに弱いっていうじゃないか。

ギャップならオレだって負けてない。

オレは見た目は普通、体型も普通、

それに夢も希望も持ってない。

でも、なんと今はゾンビになってる。

これってギャップじゃね?

それにだ、ゾンビになっても自分の意識を持ってる。

これもギャップだ。

さっきの科学者みたいな自衛官が言ってたじゃねえか。

オレがゾンビになりきれてないのは、

向上心がかけらも、やる気の片鱗も無いからだって・・・。

あれ?何でだ?目から汗が流れてくるぞ・・・。


 「斉木、説明をしてくれ」

皆藤准陸尉は斉木一等陸曹に向かって言った。

それに対して斉木はうなづき、話し始めた。

「結論から言うと、ゾンビは

  ここにある機器でコントロールされています」

斉木一等陸曹の言葉に、

モーニング・フォッグのメンバーたちはざわついた。

「コントロール?いったい何者に?」

久保山一郎が、思わず訊き返していた。

それに答えるように斉木は口を開いた。

「このVITTOに搭載されていた

  コンピューターの送受信データを解析して、

  組織の名は判明しました。

  その名は『ゲシュペンスト』」


「『ゲシュペンスト』?」

モーニング・フォッグの面々は、口々にその名を反芻した。

斉木一等陸曹は言葉を続けた。

「ええ、ドイツ語で『亡霊』という意味です。

 さしずめ『ナチスの亡霊』とでもいいましょうか」

「ナチスって、

  第2次世界大戦のナチス・ドイツのことですか?」

新垣優美が呆気に取られた顔で、

つぶやくように言った。泣いている次郎以外の

モーニング・フォッグのメンバーたちは

他にどんなナチスがあるっていうんだ?

という冷めた目で彼女を見ている。

「ええ、そうです。

  ただ、『ゲシュペンスト』は特異な組織のようです。

  70年前の大戦時に人体実験を

  主に研究していた機関を後継したもののようです」

「つまりは、ナチスの残党ってことですか?」

と坂原勇。

「いえ、残党というには

  あまりに強大な組織のようです。

  現在、アジア圏、欧米圏、中東圏で

  拡大しているゾンビ感染は、とどまる所を知りません。

  『ゲシュペンスト』は人類絶滅さえも、

  目論んでいるのではないかと思われるほどです」

人類絶滅―――。その言葉を聞いて、

モーニング・フォッグのメンバーは互いに顔を見合わせた。

その言葉はあまりに荒唐無稽なものにしか感じられなかったのだ。

人類絶滅など、ハリウッド映画や

特撮ヒーロー物の中でしか聞いた事がないものだ。

単純に現実味が無い。


坂原勇や貫井源一郎は、にわかには

信じられないといった苦笑を浮かべた。

ただ、久保山一郎だけが真顔で問い返した。

「その『ゲシュペンスト』が

  本当に人類絶滅を画策しているとして、

  彼らに何の得があるというんですか?」

その質問に、斉木一等陸曹はしばらくの間、押し黙った。

そして独り言のようにつぶやく。

「憎悪―――世界への憎悪、復讐・・・

  私個人の意見ですが・・・そのようなものを感じるんです」

「憎悪?世界への復讐?

  こんな大規模なリベンジをする奴って・・・

  まさか・・・」

久保山の言葉を繋ぐように、

斉木一等陸曹は答えた。

「アドルフ・ヒトラー」

その場の空気が、一瞬止まったようだった。

 「でもヒトラーって、何十年も前に自決した人でしょ?

  まだ生きているって言うんですか?」 

新垣優美が、声を上げる。

斉木一等陸曹は、淡々と説くように言った。

 「かつてナチス・ドイツは人体実験による

  研究をしていました。その中の一つに、

  不死身の兵士を造るというものがあったらしいのです。

  人間を死体化させて、ナノレベルのウイルスによって

  脳だけを蘇生させ、電波によってウイルスの活動を調整して、

  コントロールするという研究です。

  しかし我々もそんな話、

  単なる都市伝説くらいにしか思っていなかったんです。

  ところが、このVITTOに搭載されている機器や、

  捕獲したゾンビから採取されたウイルスを調べて、

  単なる都市伝説が現実であったことがわかったのです。

  それともうひとつ。ゾンビ兵士の研究と平行して、

  クローンの研究も行っていたようです」

「クローン?それってまさか・・・」

久保山一郎は息を呑んだ。

斉木一等陸曹は、モーニング・フォッグの面々を見渡すと、

話を続けた。

「当初、クローン計画は、頑強な兵士を

  量産する目的に行われていました。

  当時のドイツは優秀な兵員不足が

  深刻だったからにほかなりません。

  ところが、その技術にヒトラーは注目しました。

  それはヒトラー自身が、自らの危機を悟っていたからです。

  ドイツの敗戦が濃厚になった頃、彼は自身の複製のために、

  クローン技術を利用したのだと推察されるのです。

  1945年4月30日、総統地下壕の一室で、

  夫人のエヴァ・ブラウンと共に自決を遂げたのは

  彼のコピーだったのではないかと、私は考えています」

「その根拠を教えてください」

坂原勇の問いかけは、斉木一陸曹の考えを否定する

イントネーションを含んでおらず、

むしろ純粋な疑問の色を帯びていた。

斉木一等陸曹は、VITTOに搭載されている

コンピューターなどの機器を解析している

部下の自衛隊員たちに命じて、

モニターにグラフ化されたデータを見せた。

その画面には、波形のような画像が映し出されている。

「この波形は、VITTOの天井に

  設置されているパラボナアンテナから

  受信されたものです。

  これは人間の脳波に酷似しています。

  この脳波によって、ゾンビたちは

  コントロールされていると見て、ほぼ間違いありません。

  この波形をアメリカ国防総省に送って確認したところ、

  カルフォルニア州で特殊部隊により

  確保されたVITTOにあったデータと一致しました。

  おそらくヨーロッパやアジア、

  中東でも同じ結果が出ると予想されます。」

 それまで黙っていた貫井源一郎が、

にやりと笑って言った。

「じゃあ、その脳波を発している場所を叩けば、

  ゾンビたちをただの死体に戻す事ができるんじゃねえの?」

斉木一等陸曹はわが意を得たりと

いうふうにうなづき、再び話を繋いだ。

「その通りです。ただ、

  この脳波を発している発信源は、

  地球上の13ヶ所に点在しているんです」

坂原勇はそこで

斉木が言わんとしていることがつかめた。

「だから、クローンではないかと?」

斉木一等陸曹は、ゆっくりとうなづいた。

皆藤准陸尉が、モーニング・フォッグのメンバーに

対するように、後をとった。

「その発信源の一つの場所は判明しています。

  千葉県銚子市沖、南東300キロの海上の

  地点に直径600メートルの

  円形の要塞のようなものを、

  Eー767早期警戒管制機が発見しました。

  と同時に、ゾンビを操作している脳波も受信して確認、

  この脳波の発信源と特定しています」

千葉県の沖に、直径600メートルの要塞?

あまりの展開に、モーニング・フォッグの面々も顔色を変えた。

「陸上自衛隊は、航空自衛隊、海上自衛隊と共闘して、

  この要塞を撃破する作戦を立てています。

  そこでモーニング・フォッグの皆さんにも、

  協力してもらえないかと考えております」

皆藤准陸尉の言葉は重く響く。

誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。

丸川信也は隣で何やらブツブツ言っている、

次郎に向かって声をかけた。

「おい、ダンボール。こりゃマジでヤバいぞ。

  完全に戦争だ・・・おい、ダンボール、

  聞いてんのか?

  さっきから何ブツブツ言ってんだ?」

 丸川信也に話しかけられても、次郎の耳には届いていないのか、

呪文のように同じ言葉を繰り返している。

「インテリゴリラ、インテリゴリラ、インテリゴリラ・・・」

そんな次郎を見て、丸川信也は首を傾げて言った。

「それにお前、何で泣いてんだ?」

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