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「クラシック」と「モダン」の両立によって提示された新たなカートゥーンの方向性—『ザ・カップヘッド・ショウ!』感想

 2022年2月18日より、Netflixにて短編アニメーションシリーズ『ザ・カップヘッド・ショウ!(原題: The Cuphead Show!)』第1シーズンの配信が始まった。

 2019年に制作プロジェクトの始動が発表されてから約2年半もの間、筆者はこのシリーズの公開を待ち望んでいた。それは、シリーズの原作であるゲーム『Cuphead』(2017)が1930年代に制作されたクラシック・カートゥーンの趣向を映像面でも音響面でも驚くほど忠実に再現した作品であったことに加え、私自身が「大」のつくクラシック・カートゥーン・ファンであったからだ。

 今回配信された12話分をざっと鑑賞した後の印象としては、「期待以上のものを見せてもらった」という満足感がなによりも大きい。カットアウト・アニメーション(パーツごとにモデリングして動かすアニメーション制作手法)によって制作されており、伝統的な紙作画によって制作された原作ゲームに比べるとキャラクターのアクションはかなりの省力化・現代化が施されている。しかし、その制作手法の変化がむしろ1930年代風のアートスタイルに新しい魅力を投じ、「クラシック(古典的)」と「モダン(現代的)」の両立に成功したように思えるのである。『ミッキーマウス!』(2013-)や『ルーニー・テューンズ・カートゥーンズ』(2020-)に並んで、古典アニメーションの"魂"を継承した上でカートゥーンの表現に新たな方向性を与えた快作であったといえるだろう。

クラシック・カートゥーンへの回帰を目指した原作ゲーム

 シリーズの元になった原作ゲーム『Cuphead』(2017)はモルデンハウアー兄弟がディレクターを務めるインディー系のゲーム開発企業、スタジオMDHRによって開発された。原作ゲームは高い難易度と1930年代のクラシックカートゥーンを彷彿とさせる個性的なグラフィックが話題を集め、高い評価を獲得した。

 滑らかな2Dアニメーションと水彩画の背景美術が特徴的なゲームのアートスタイルは、フライシャー・スタジオが1930年代に制作した作品を強く想起させるものだ。ビッグバンドの生演奏を贅沢に使ったサウンドトラックと美しいグラフィックの相乗効果によって、まるで本当に当時のクラシック・カートゥーンを鑑賞しているかのような没入感を得ることができる。スタジオMDHRとフライシャー・スタジオの代表者が共に兄弟であったことには、一ファンとして何らかの運命的な繋がりを感じてしまわざるを得ない。

 ゲーム内では、ウォルト・ディズニーの『シリー・シンフォニー』やアブ・アイワークスの『Comicolor』、そして何よりもフライシャー・スタジオが制作した『Talkartoons』『ポパイ』『ベティ・ブープ』などの諸作品から直接的な影響を受けたと思しき表現が随所に見受けられる。ゲームが苦手な筆者は、この作品を購入したはいいがあまりの難易度に尻込みしてしまい、プレイ動画を観ながら元ネタ探しを楽しむ日々が続いたものである。

クラシック・カートゥーンの魂を「現代化」させる試み

 『ザ・カップヘッド・ショウ!』は、そんな原作ゲームの持つグラフィックの魅力を活かしつつ、より幅広い層に訴求できるように現代的なアレンジが加えられたアニメーションシリーズである。製作総指揮には『悪魔バスター★スター・バタフライ』(2015-2019)の第1シーズン監督を務めたデイヴ・ワッソンを迎え、アニメーションの実制作はLighthouse Studiosが担当。「ステレオスコピック・プロセス」と銘打たれた立体模型を用いた背景の制作はストップモーション・アニメーションの制作集団Screen Noveltiesが担当し、後述するような目覚ましい視覚効果をあげている。

 フライシャー兄弟や初期のディズニー作品を愛してやまない古典アニメーション・ファンは、誰しもこのシリーズの特報に胸を躍らせたことだろう。一方で、近年欧米にて主流の制作手法になりつつある「カットアウト・アニメーション」を使用した映像は、伝統的なセルルックを追求し"手描き"にこだわった原作ゲームとは少し異なる質感である。この変化に困惑したファンも少なからずいたようだが、私には「伝統的な制作技術への固執こそがこのシリーズの魅力に直結するのだ」……という一部ファンの考え方は危険であるように思えた。伝統的な作画様式と最新の制作技術は必ずしも対立するものではないと私は考えており、制約の多い予算と制作期間、そして絶えず移り変わっていく時代の価値観に対応しつつ、古典アニメーションへの敬意を捧げつつ新たな表現を開拓していくことこそが、このシリーズの課題であるように思えたのである。

 その意味では、原作ゲームの世界観や古典アニメーションへのリスペクトを尊重しつつ「クラシック(古典)」と「モダン(現代)」の表現を両立させて新感覚のカートゥーンに仕立て上げたこのシリーズは、私のシリーズに対する期待に見事に応えてくれるものだった。キャラクターの芝居や演出のテンポはかなり現代的で、『スポンジ・ボブ』(1999-)や製作総指揮者のデイヴ・ワッソンが各話演出に携わった『ミッキーマウス!』(2013-)を彷彿とさせるキレの良さだ。水彩調の背景美術やキャラクターデザインは原作ゲームの趣向を継承しつつ、よりキャッチーなスタイルにアレンジされている。また、1930年代のカートゥーンで頻繁に見られた過激な性描写や人種差別表現も極力オミットされた。その結果として、原作ゲームが持っていた1930年代的でアクの強い独特の空気感は薄れてしまったが、現代を生きる子供たちを含むより幅広い観客に訴求することができるシリーズになったといえるだろう。

古典的表現への回帰が、新たな面白さを生み出した

 アニメーションシリーズ化にあたって様々なアレンジが加えられた『ザ・カップヘッド・ショウ!』。そのアレンジの多くは作品を現代化させる試みであった一方、時には「構図が固定化されているゲームに比べてより幅広い表現が実践できる」というアニメーションシリーズとしての強みを生かし、原作ゲーム以上に古典アニメーションの創造性を継承した表現を取り入れているシーンもあった。

 表の顔は人気ラジオ司会者だが裏ではデビルの手先として暗躍するキング・ダイスの登場シーンでは、ダイスのモデルであるキャブ・キャロウェイのシンボルともいえるジャズナンバー『Minnie the Moocher』に酷似した楽曲が流れる。デビルやダイスのような「悪魔」のテーマ曲としてのジャズの選択は、ジャズが「悪魔の音楽」と言われていた1920-30年代の価値観が多少なりとも反映されていたように思える。第1話「デビル遊園地」ではフライシャー作品『ビン坊の結社加盟』を彷彿とさせる悪魔的なシーンが挿入されているだけではなく、なんと本家大元たるビンボーがカメオ出演している(スタッフの敬意の表れだろうか)。

 その趣向が最良の形で画面に反映されていたのは、第6話「オバケなんかいない」(演出:アダム・パロイアン)であった。帰路につくカップヘッドとマグマンが近道しようと不気味な墓場を通り抜けようとすると、オバケによって墓場の中に閉じ込められてしまう。「オバケなんかいない」と自らを鼓舞する兄弟の前にオバケが姿を現し、大パニックに陥るといういかにもクラシック・カートゥーンらしいプロットだ。

 第6話はフライシャー的というより、むしろ初期のディズニー作品からの影響が大きい。『白雪姫』(1937)や『ダンボ』(1941)のような長編アニメーションの直接的なパロディや、『骸骨の踊り』(1929)への敬意に満ちたダンスシーンなどが効果的に挿入されている。全体的なテンポも他の回に比べて「トントン拍子」的、つまり現代カートゥーンのような「間」で笑いをとるのではなく、リズミカルに物語を展開させることで視覚的な快感を与える手法を選択している。

 この第6話が他の回に比べて特別な存在感を放っているのは、「ステレオスコピック・プロセス」と銘打たれたScreen Noveltiesによる立体模型を使用した背景美術の貢献も大きい。この「ステレオスコピック・プロセス」は、フライシャー・スタジオが1933年に開発したセットバック撮影装置「ステレオプティカル・プロセス」をデジタル撮影で再現したものである。「ステレオプティカル・プロセス」は平面のセルの奥に立体模型を設置し、カメラでコマ撮りすることで画面に奥行きを与える装置であった。

ステレオプティカル・プロセスの特許図案(1933)

 『カップヘッド・ショウ!』では、『チャウダー』(2007-2010)や『スポンジボブ』(1999-)のストップモーション・アニメーションを制作した実績を持つクリエイター集団、Screen Noveltiesが制作協力としてクレジットされている。彼らが制作した立体模型をコンポジットの段階でセルと合成し、デジタル撮影でかつてのフライシャー作品のような視覚効果を再現しているのだ。第6話だけではなく、第5話「イチかバチか」や第7話「コンサイだらけで大めいわく」でも素晴らしい効果を上げている。

 この「ステレオスコピック・プロセス」は古典的表現への回帰といえる一方で、この手法によって生み出された表現を「懐かしい」と思う視聴者は少ないだろう。むしろ、斬新な撮影だと感心する人の方が多いのではないだろうか。様々な理由で普遍性を得ることができずに断絶してしまった古い表現が「現代化」され蘇ったことで、新たな面白さを生み出したのである。

 単なる懐古主義にとどまらず、カートゥーンの新たな「面白さ」の道を提示した『ザ・カップヘッド・ショウ!』。いずれ配信されるであろう第2シーズン以降も楽しみである。

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