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7-② 朝寝する人を起こすは昼という 「誹風柳多留」七篇②

 江戸時代だろうが平安時代だろうが、人間というものはそんなに変わらない。だから平安時代の物語「源氏物語」やエッセイの「枕草子」が今でも読まれる。
 江戸時代の古川柳は、変体仮名の歴史的仮名遣いで書かれていたら読みにくいが、耳で聞くと、ああ、なるほどと、現代でもわかる句が多い。

141 立聞たちぎきに持つた十能じゆうのうの火がおこり  きつい事かなきつい事かな
 「立ち聞きに 持った十能じゅうのうの火がおこり」と読む。
 十能じゅうのうは炭火を入れて運ぶもの。十能に炭火を入れて持ち歩いていると部屋の中から声が聞こえる。んっと立ち聞きをしていると、炭火が真っ赤に燃えてきた。
 「枕草子」で、「冬はつとめて。(中略)炭持て渡るもいとつきづきし」と清少納言が言っている。黒い炭を真っ赤におこして、それを持って、火鉢に入れに回る。真っ赤な炭火は冬らしい。清少納言はそう言っている。
 火鉢や炭火を知らないとわからない句になってきた。


153 江戸衆は数がいけぬと かるい沢  めつそうなめっそうなことめつそうなこと
 「江戸衆は数がいけぬ」と、軽井沢
 軽井沢は、中山道の宿場町で、飯盛めしもりがいた。この飯盛女が、「江戸の人は数が少ない(数がいけぬ)」と言っている。当時は、地元の信濃の人間は大飯食らいだといわれていた。逆に江戸者は小食だと言われる。そういう共通認識があるので理解できる句。
 ご飯の量が少ないと言っている。けど飯盛は給仕もするが女郎でもあった。売春もする。その女性が「数が少ない」と言う。田舎の農民の野性的なセックスに比べ、江戸者は性欲も弱いと言っている。これが裏の意味だ。

574 品川の客 にんべんのあるとなし  用に立ちけり用に立ちけり
 品川は宿場町であり、そこには遊女屋がある。品川の客は、町人よりも武士と坊主が多かった。坊主は「寺」にいるが、「寺」にニンベンをつければ「侍」になる。言葉遊び的な句。
 江戸時代の作者も読者も「ニンベン」とかの言語の知識がある。

158 どつさりとどっさりと ざるへぶち込む 浅ぎ裏  めつそうな(めっそうな)ことめつそうなこと
  「どっさりと ザルへぶち込む 浅黄裏あさぎうら」と読む。
 浅黄裏あさぎうらは田舎侍を意味する。薄い藍色あいいろの木綿の着物。田舎武士が、丈夫で長持ちなので、そういう服装をしている。田舎武士のことを、「浅黄裏あさぎうら」と呼ぶようになった。
 田舎者なので、そば屋へ行き、ざるそばを知らないので汁をざるの上の麺にどっさりかけたという句。完全に田舎者をバカにした句。町人が武士をバカにした句でもある。
 区別、差別の身分社会で、差別は当たり前のことだった。身分が下の者が、川柳の上だけは上にもなれる。
 同じように、遊里では、坊主も侍も、商人も農民も武士も同じ客として扱われる。身分社会なのに、身分と関係なくできたのが、女性の人権無視の遊里というのも皮肉なものだ。

179 ねかす子を あやして ていしゆ(亭主)しかられる  ひかりこそすれひかりこそすれ
 やっと寝ようとしている子どもを亭主があやしにくる。そこで女房に叱られる。男尊女卑といいながら、女房の尻に敷かれる亭主のなんと多いことか。現実は昔も今も変わらない。


284 朝寝する人をおこすは昼といふ  ずるいことかなずるいことかな
 よく知られた句。寝坊している人には、「もう昼だよ」と言って起こす。


358 酢のわけを聞いて酒屋の内義(ないぎ)起き  じつなことかなじつなことかな
 酒屋では酒だけでなく酢も売っている。夜中に酢を買いに来た客がいる。
急な酢は、出産時に産婦が失神したら気付けに酢をかがせるのだ。昔は当然のように自宅で出産していた。酔っ払いが夜中に戸を叩いて「酒をくれ」と言っても無視するが、こちらは本当の危急の用だから、すぐに起きてくれた。

428 二日酔 のんだ所を かんがえる  かりそめの事かりそめの事
 二日酔いの翌日、「えっと、夕べはどこでこんなに飲んだんだろう」。「飲んだ所はどこだと考える」。今も昔も変わらない酔っ払い。そして人間の姿。


風の神_20210722151208


 見出し画像は、山東京伝作画「天慶和句文」。風の神。なんとも貧相な袋をかついでいる。誰かの似顔絵かもわからない。川柳と同じように、そういうちょっとした「へえぇ」を描くのが江戸文学の特色。


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