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教科書の俳句③ 分け入つても分け入つても青い山 自由律俳句の種田山頭火

 中学校の教科書(光村図書版)の俳句紹介、最終回。

 俳句は五七五の定型詩だ。五音と七音は昔から日本人にはなじみがある。「万葉集」の時代は、五音と七音を繰り返す「長歌」というものが作られ、長歌に対して短い五七五七七の作品を「短歌」といった。その後は短歌だけになり、短歌の前の五七五だけを作る前句付(まえくづけ)というものが生まれ、そこから「俳句」と「川柳」ができた。日本語の「歌」の基本は五音と七音になる。その定型を崩そうと、「自由律」の俳句も生まれたが、日本人の音感の中には五と七がしみこんでいる。

それだから みんな川柳 つくれます  

 「川柳」は、「せ・ん・りゅ・う」で四音。「きゃ」「きゅ」「きょ」の拗音(ようおん)はそれで一音。「学校」などは「が・つ・こ・う」と四音になる。小さい「つ」=促音(そくおん)は「っ」だけで一音となる。俳句や川柳を作るときに、「っ」は一音として数え、「っ」以外の小さい文字=拗音は、前の大きい文字と1セットで一音。「ぴゃ」「ぴゅ」「ぴょ」で一音となる。
 「うっせぇわ」にしても、「うっせぇうっせぇうっせぇ」で終わらずに、(「うっせぇ」は四音。「せぇ」は拗音ではなく、「せ」と「え」。「う・っ・せ・ぇ」)最後は「うっせぇわ」と五音で終わっている(「う・っ・せ・ぇ・わ」)。五音と七音が、日本語としておさまりがいい。


つきぬけて天上のこん曼殊沙華まんじゅしゃげ  山口誓子

 曼殊沙華まんじゅしゃげ彼岸花ひがんばなのこと。火事花とも呼ばれる真っ赤な色をしている。それが茎をまっすぐに伸ばし、青空に映えている。「紺」といっているから、薄い水色ではない。濃い青空と、真っ赤な花の対比。季語は曼殊沙華で秋。
 これも絵にしてみれば、彼岸花が何本ぐらいあるのか、人によって違うだろう。田んぼの畦だとは思うが、場所も、人によってイメージが違うだろう。そういう絵を比べてみてもおもしろいだろう。
 山口誓子(やまぐちせいし1901~1994)は、俳句の選者などをし、92歳まで生きた。


せきをしても一人  尾崎放哉

 尾崎放哉(おざきほうさい1885~1926)は、自由律俳句で有名な人。五七五の定型や季語にとらわれず、自由に句を詠んだ。咳をしても誰もいない。それを作品とする。
 こんな作品もある。

こんなよい月を一人で見て寝る  尾崎放哉


分け入つても分け入つても青い山  種田山頭火

 どこまでも青い山が続いている。ちなみに「青い山」は五音(「あ・お・い・や・ま」)。おさまりがよい。
 雲水うんすい姿で旅を続け句を作った自由律俳句種田山頭火(たねだ さんとうか1882~1940)は、その生き方が一時ブームとなった。本屋へ行けば山頭火関連の本がたくさんあり、ドラマになったりもした。
 以下は、山頭火の句。

あるけばかつこういそげばかつこう  種田山頭火(以下も、山頭火の句)

うしろすがたのしぐれてゆくか

かさにとんぼをとまらせてあるく

まつすぐな道でさみしい

ふるさとはあの山なみの雪のかがやく

すべつてころんで山がひつそり



 これで教科書の俳句の紹介はおしまい。3回にわけての紹介。
 声に出して読んで、覚えてしまいたい句ばかり。



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