見出し画像

言葉の蛇口〜涸れた井戸、涸れた心

昔、酷い干魃があったときのこと。
長く日照りが続いたために、井戸も涸れてしまい、
飲み水を得るのにも苦労するほどであった。
畑の作物もことごとく枯れてしまい、人々の生活は困窮を極めた。
2人の兄弟が、失意の中で座り込んでいると、1人の老人が近寄ってきて、
「幸いなことにお前たちの畑は豊作じゃ。
早速、芋を掘り出しなさい。」と命じた。
兄は怒って言った。
「困っている者を馬鹿にして楽しいのか。渇いた畑から何が取れるというのか」
そう言って、老人を追いやってしまった。
弟は、兄の剣幕には驚かされたが、早速、自分の畑に行ってみた。
すると驚いたことに、渇いた土の中に、
いつも以上にたくさんの芋が実っていた。
弟はすぐに家に帰り、畑の様子を兄に伝えた。
半信半疑であった兄も自分の畑を確かめに行ってみると、
確かに芋は大豊作であった。
弟は友人たちを集めてこう伝えた。
「畑の芋は神様が与えてくださったものだから、
 村の人たちに配ることにした。
 翌朝、畑に来て手伝ってもらいたい。」
一方、兄の方は、その日の夜中までかかって自分一人で畑を掘り起こし、
収穫した芋を誰にも見つからない場所に隠しておくことにした。
隠し場所として彼が見つけたのは、涸れた井戸であった。
大きな桶に芋を詰められるだけ詰めてて井戸の底へと降ろし、
残った芋もその上に重なるように投げ入れた。
ここなら誰にも見つかるまい、と兄は安心して眠りについた。
翌日、兄が井戸の様子を見に行くと、あの老人が井戸の中を覗き込んでいた。
「うちの井戸で何をしているんだ。その井戸は涸れていて水なんか出ないぞ」
兄が怒鳴ると老人は静かにこう言った。
「せっかくの芋を無駄にするとは。愚か者め。」
「無駄にしているのは弟の方だ。芋をタダで配るなんて。
 俺は、この芋を高値で売って儲けてみせる。」
「愚か者よ。涸れているのは、井戸ではない。お前の心だ。」
老人はそう言うと、首を振りながら去って行った。
兄は忌々しげに土を蹴り上げ、意気揚々と芋を井戸からを引き上げようとした。
しかし、隠した芋が重すぎて、桶を引き上げることができなかった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?