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chpater5-5:ツバサとオトハ

――人混みが凄くて、サーキットから出るだけで2時間近くかかった。

その間、少しのやりとりはあったけど、メンバー間の言葉数は少なかった。各々に思うところがあったのだろう。
明日は自由時間なので各々好きに観光してもらって、午後には東京駅から鎌倉方面へ帰ろうという話だけは絵美里がしっかりとロビーで伝える。それらを聴き終えると、オレは無言で部屋に戻った。
ルームクリーニングが終えてあったベット似てるに飛び込むようにして倒れた。手にしていたケータイ端末を寝っ転がりながら起動する。今日の試合の映像やデータがそこにあった。それらを整理する気力がない。今日は無理、疲れた。自分が戦った訳でもないのに、ただ見つめていた先、そこまでの距離を感じて愕然とした。その精神的な疲れだろう。だからといって倒れているわけにはいかない、まだライダーの数すら足りていないしオレの実力だってまだ全然足りていない。足りていない物ばかりで、無性に腹立たしくなってくる。叫びだしたい衝動をなんとか布団に顔面を押し付けて抑え込んだ。

――ピコン

『日向乙羽カラ着信デス。繋ギマスカ?』
「えっ?」

想定していない通知に驚いた。壁の向こう側にいる幼馴染からの連絡だった。

「繋いで」
『了解シマシタ』

――ピコン

「あ、翼?」
「どうしたんだ急に……?」
「見に来てくれた? 決勝戦」
「あ、うん。見たよ、チケットありがとう。ってか優勝おめでとう。体大丈夫?」
「アハハ、ありがとう。いや~辛勝でしたね」
結果だけみたら全機を残して相手を完封したDGTは圧勝なはずなんだけど、乙羽はそれを辛勝だという。あの想定外の攻撃だろう。自爆にも近い攻撃は流石に苦戦を強いられていたようにみえる。
「乙羽、今は何してるの?」
「ん、とりあえず簡単なお疲れ会あって家に帰ってきたところ。祝勝会はまた後日学校でやるんだって。それでそういえば見に来てくれたのかなって思って」
「見てたよ、全員で。遠いなって思った」
「去年は一緒にいたけどね、あそこに」
「そうだね……でも、一緒じゃなかったよ」
「えっ?」
「オレはそこに居ただけで、乙羽には全然追いついてなかったと思う」
「……そっか、そんな風に思ってたんだね」
乙羽はそういうとはぁと大きなため息をついた。
「あーあ、もっとちゃんと翼と話しておけばよかったな、色んな事!」
それは、そうかもしれない。乙羽がDGTの中心選手になるにつれて、あんなに色んな事を話していたとは思えないくらい、話しづらくなっていったのはきっとオレのせいでもあった。
「ねぇ翼。今どこにいるの?」
「九段下のホテルだけど」
「え? 泊まり? あの距離で?」
「部活の合宿を兼ねてって事でみんなで2泊3日。昨日から東京に着ててさ、明日の夕方には帰る予定」
「へぇ、そうなんだ……じゃあさ、翼、明日はどこかで会えないかな?」
「明日? ……まぁ、午前中は自由時間だから多分大丈夫だけど」
「じゃあ決まり! 明日の朝10時にアキバの駅前で」
「いや、オレはいいけど、乙羽はいいのか? 今日試合で流石に明日は体がバキバキなんじゃない?」
「まぁ、そうだね。多分明日ガッツリ筋肉痛だから、フォローはお願いね」
乙羽は電話越しでアハハと笑った。その声も少し力がない。全力でエースの試合をした翌日は普通に考えて休養に当てるべきだ。だけどそれよりも優先して話がしたいという事なら……
「わかったよ、じゃあ明日の10時、アキバのUDX前とかでいいかな」
「うん、大丈夫。楽しみにしてるね」

――ピコン

そうして通話を終えた。明日の自由行動は特に何も考えていなくて、元々アキバでエース関連の機器でも見てみようかなと思っていたくらいだったので、急に明日がビックイベントになった、そんな感覚があった。


翌日。

ロビーに降りると全員がもう揃っていた。最後は自分だったらしい、遅くなったというわけではなかったので意外だった。
悪い、と一言謝りながら近づくと、全然といった様子で絵美里は首を振りつつ、こちらのカードキーを要求した。手渡すと絵美里は揃ったカードキーを確認してフロントへと向かう。チェックアウトの手続きをまとめてやってくれるらしい。本当に今回の旅は絵美里のマネージャー力が凄い。

――と、手元の端末で一生懸命作業しているカメが目に入る。
「おはようカメ、何してるんだ?」
「おう、おはよう神谷野。昨日撮影したバーベキュー動画を編集してるんだよ。今日動画をお前らのチャンネルにアップしたいなと思って」
そういってカット編集中の動画のタイムラインを見せてくれた。ポイントポイントでテロップ入れなど、決して楽ではない作業をしてくれている。
「そんな、そこそこでいいのに。ありがとう」
「いや、いいって。お前らの近くにいると面白い事沢山あるし、昨日はエースの試合、見せてもらったしさ。凄い勉強になった。凄いんだな、お前の憧れの人は」
カメの言葉に少しだけ間をおいて答えた。
「そうだね、凄いヤツだよ」
「だな。あれに追いつこうってんなら、もっと全力で走らないと間に合わないんじゃないか?」
「そう思う、もっと頑張らないとな」
「おう、応援してる。ところで今日はどうするんだ? オレは輝夜先輩についていこうかと思ってるんだけど」
予定を話して困るわけではないが、周りに聞かれるのもなと思い、少しだけ声のトーンを落として、オレはカメに話す。
「実は昨日、乙羽から連絡があってさ。会えないかって言われたからアキバで乙羽に会う約束をしてるんだ」
「へぇ! そうなんだ、よかったじゃんか!」
カメは心から喜んでくれているのがわかる、そんなトーンでオレの肩を2・3度ポンポンと叩いた。

――と、すぐ横にいた五十鈴が飛び上がる様にして声を上げる

「えっ!? 先輩、日向選手に会うんですか!」

チェックアウト中のロビーで五十鈴は目を丸くして、しかし声が大きいと思ったのか、言い終えてすぐに両手で口を閉じた。ホテルのロビーだ。他に誰が聞いてるか分からないし、彼女は雑誌やそれこそファン・追っかけもいるようなスーパースター。どこかに出かける情報が出てしまうとそれだけでSNS上で一気に拡散されてしまう可能性もあった。
「あ、先輩ごめんなさい……」
「いや。全然いいけどさ」
五十鈴は申し訳なさそうに一礼すると、ただ次の瞬間には興味しかない表情でオレを質問攻めにする。
「昨日の試合の事とかお話されるんですか?」
「まぁ、多分話には出てくる感じだろうな」
「いいなぁ……私も聞きたい事とか沢山あるんですよね。あのヴァイオラが無理やり抑え込んできた瞬間の動きとか対処方法とか……」
頭の中のメモを引っ張り出すかのように、視線をきょろきょろさせながら五十鈴の頬は徐々に紅潮してくる。
「先輩、私も一緒に行っちゃだめですか!? 後半の立ち回りについても、聞いてみたい事が4つほどあって……!」

――えっ?

想定していない言葉に、一瞬間が空いた。そこに割って入ったのは真心だった。
「ダメやで五十鈴。神谷野の邪魔しちゃダメ」
「えっ? 真心先輩……」
「彼女は、神谷野が今頑張ってる理由やで。日向さんも神谷野と2人で話したい事もあるんやない?」
「あ……えっ、あ……」
真心の言葉に、五十鈴の顔が青ざめる。
「先輩、その……ごめんなさい、私……!」
泣きそうな声で俯きながら、五十鈴は動揺を隠さずそう口にした。
オレは彼女の頭を軽くなでて落ち着かせる。
「大丈夫、全然気にしてないし、そう思うのも普通だろ五十鈴くらいエースが好きならさ」
「……ごめんなさい」
「アイツに聞きたい事、まとめてメッセージ貰ってもいい?」
「えっ?」
「聞いてみるよ、多分答えてくれるから」
オレがそういうと、五十鈴は目を丸くして、直後深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、先輩!」

その間、絵美里はカウンターでチェックアウトの手続きと、手荷物の一時預けを行ってくれていた。その様子を待ちつつ、1人考え事をしているようにしている輝夜先輩に声をかけた。
「輝夜先輩は今日はどうするんですか?」
考えてみたら、昨日の試合を見てから先輩と話をしていなかった。輝夜先輩も試合が終わってから何かずっと考えこんでいるように感じられていた。
「ん? 今日もパーク行こうと思う」
「エアリアルソニックパークですか?」
「もう一回、VRバトルしておきたいんだよね。昨日試合見た時に思った動き、やってみたくて」
この人は、流石だな。
「一応、真心も連れていくつもりだから」
輝夜先輩がそう言うと、聞いていたのか、真心も一歩二歩こちらに歩み寄って同意した。
「せやな。ウチも少しでも戦力になる様に頑張るで。だから、神谷野も頑張りや」
そう言うと、2人は絵美里に声をかけると先にホテルから出発した。それにカメも付いていく。
そうこうしていると絵美里が手続きを終えて戻ってきた。
「3人はパークに行ったみたいね。一応手荷物は預かってもらってるから、15時に一回ここに戻ってきて、その後みんなで帰るって流れで。OK?」
オレと五十鈴は絵美里の言葉に頷いて返す。
「そうだ、五十鈴ちゃん。一緒に東京観光しない? 渋谷でファッションの展示会やっててね。よかったら息抜きに、一緒に見に行かない? エースの活動って感じじゃないから嫌かな?」
絵美里がそういうと、五十鈴はそんなことない、といった様子で首を横に振る。
「いえ、特に行き先を決めていなかったので。ぜひお付き合いさせてください」
そういうと、オレに挨拶をして2人はホテルを出発した。全員を送り出してから、オレは地下鉄の駅へと向かう。行き先は秋葉原、九段下からだと茅場町乗換でまぁ20分程度。待ち合わせの時間には全然間に合う様相だった。


 * * * *


オレは予定よりも少し早く、UDXのモニター前に到着した。手すりにもたれかかりながら、少し時間をつぶす。モニターには様々なメーカーのCMや今期のアニメのPRなどが次々と流れていった。久しぶりに直接話すという状況に、少し緊張はしていた。だけどこの前練習試合で少し話もできていたし、そういう意味ではワンクッションあってよかった。そう思う。そういえばこの間、ここで乙羽の映像を見ていた時に、再開したんだったな。そんな事を思い出していた。
「つーばさ!」
背後から声がして、振り向いた瞬間、頬に人差し指が刺さる。振り向くとマスクにサングラス、キャスケットと、顔面を完全に隠した怪しげな人物がいた。目元が意地悪そうに笑っている。そしてキャラプリントのTシャツにロングスカートという、あまりファッションへのこだわりの少ないラフで女子力低めな格好は間違いなく乙羽だった。
「……乙羽、その指を外して」
「あはは。久しぶり! 元気してた?」
「見ての通り。この間は練習試合、ありがとな」
「いえいえ」
「あと、ヴィーナスエース五連覇おめでとう!」
そう言うと、乙羽はえへへとにやけ顔になりながら、
「私個人は3連覇だけどね。でも嬉しいよ」
「ヴィーナスエース、子供の頃の夢だったもんな」
「そうだね、まさか私がそこにいるなんて思わなかったよ……っと、ちょっと立ちっぱなしだと辛いんだ。どこか座って話さない?」
「あ、悪い!」
彼女は昨日の今日で体がボロボロのはずだ。気が利いていなかった、すぐにカフェに移動しよう、と思った矢先。オレの目の前に手が差し出される。
「……なに?」
「エスコート、よろしく」
「はぁ?」
「早く!」
こういう不意打ちはよくない。この距離感をどう捉えていいのか、ドギマギしてしまった。だが、差し出された手を無視するのも気がひけるので、オレはその手を取ると、無理に引っ張らないようにしながら、近くのカフェまで彼女を誘導した。オープンテラス席もあるカフェだが、なるべく人のに視界入りにくい、店内の奥の席を確保する。
「よい、しょっと……」
乙羽は両手で体を支えながら、全身を使って席へと座る。やはり節々にガタが来ている状態だろう。
「やっぱり無理してるんじゃないのか? 早く家に帰った方が……」
「翼と話をしたらタクシーで帰るよ。せっかく会ったんだし、カフェラテ飲み終わるまでは一緒にいてもいいでしょ? ゆっくり話すの久しぶりなんだし」
「乙羽がいいなら、全然いいけど」
そう答えると、彼女は嬉しそうにカフェラテに刺さったストローへと口を付けた。
「でも翼がエース嫌いになったんじゃなくて、本当によかったって思ってる」
「……どうかな。多分DGT辞めるってなった時は、嫌いになってたかもしれないけど」
そう言うと、乙羽は少しだけ伏し目がちになりながら、
「ごめん、そういうの気が付かなくて。私、自分の事ばっかりだったから」
オレになぜか謝罪する。そんな必要、まったくないのに。
「いや、乙羽が謝る事は何もないだろ。頑張ってたんだし」
「ううん。もっと話しておけばよかったって思う。確かに頑張らなきゃって思ってたけど、周り全然見えてなかったから。それで先輩に怒られたことも沢山あるし」
そうなんだ……意外だった。入学直後からレギュラー候補で最初から特別扱いのような空気があったので、乙羽はどこか治外法権のような状態で部活をしていると思ったのだけど、先輩に怒られたりとか、そんな事も普通にあったのか。全然知らなかった。オレが彼女を勝手にそういう風に特別に、意識を遠くに置いてしまっていただけかもしれないけど。
「それでもさ、小学校の頃の夢を叶えたんだから、乙羽は凄いよ。まさかの5連覇だしさ」
「それは……そんなの、翼のおかげだよ」
「いやいやオレなんか。中学までは多少は役に立ててたかもだけど、DGTに入ってからは全然実力足りなかったし、役に立てなかったじゃん?」
「違う! そんな事ない!」
いつもの調子でさらっと話していたところに、急に力強い否定の言葉が入ったのでオレは驚く。
「え? どうしたんだよ乙羽」
「翼は全然間違ってなかったよ。SEの実力だって間違いなくあるから」
「は? でも流石に大丸が凄すぎたし、SEメンバーとしても上手く機能できなかったしさ」
そう、DGTでプログラマーとしてほとんど役割を果たせなかった。もちろんメインオペレーターはあの天才・大丸だったし、サポートメンバーにも結局入る事が出来ず、結果1年生からレギュラーで夢を叶えた乙羽と違って、オレはモブ以下の存在だった。これは事実だ。
「翼には不向きだっただけ。DGTのシステムは良くも悪くも汎用型。SE担当だって本当に末端までたくさんの人が関わるシステムだから、なるべく多くの人が触れて、ライダー候補も沢山いるから、どんな人にもある程度対応できる事がシステムとして優先されてる。だけど翼は小さい頃からずっと私のためにプログラムを書いてくれていたから、システムの基本が私基準になってて……だから全体に対して合わなかっただけだよ。セッティングがピーキーすぎるって高宮先輩も言ってたけど、あれは私のためのシステムだったからでしょ。でも私は好きだよ、翼の作ってくれたデバイス。DGTにフィットしなかったからって、翼に才能がないとかそんな話じゃない。先輩たちも、みんなそれ分かってたから、辞める時に残念がってたし……」

――言葉がでなかった。

「私ね、このまま翼がエース辞めちゃったらどうしようって思ってたんだけど、でも本音を言うと怖くて翼とちゃんと話できなかった。嫌われちゃったんじゃないかって思ってたし」
「そんな事……」
「あったよー! 最後の方、私の話とか全然聞いてくれなかったじゃん」
「そうだったっけ……?」
「そうだったよ、もう。すっごく不安だったんだから」

気を遣わないそのやりとりは、どこか少しだけ昔のコンビのような関係に戻れたような感覚があって、それはとても楽しい時間だった。気が付けば2時間近くカフェで近況や過去の話を繰り返していた。最初にテーブルに運んだお冷の氷はすべて解け、コップの周りにはビッシリと結露の水滴がついている。
と、乙羽も時計に気が付いたのか、
「そろそろ帰らなきゃだね」
そう言って、少し名残惜しそうに残りのカフェラテを飲み干した。
「本当に翼とこんな感じで話ができてうれしかった。キッカケを作ったのが、私じゃないのはちょっと悔しいけどさ。あの人……姫野って人が連れ戻したんだもんね、翼の事……」
乙羽が輝夜先輩の話をした瞬間、忘れていた五十鈴のお願いを思い出した。
「あっ、そうだ。ごめん乙羽、ちょっとお願いが……」
「えっ、何?」
「部活の後輩で、天原五十鈴ってオペレーターしてる子がいるんだけど、大のエースマニアでさ。昨日の試合を見て、乙羽に聞きたいことがあるってメモ預かってて。悪いんだけど時間ある時に返信貰ってもいい?」
「それくらい全然いいよ。メッセージ送っておいて。また今度返信するって感じでいい?」
「悪い、助かる」
「ふふっ。そっか、先輩してるんだー、翼先輩」
「なんだよ?」
「ううん。別に。ちょっと嬉しかっただけだよ」
そう言うと乙羽はニッと大きく笑ってみせた。屈託のない笑顔は、どこか輝夜先輩の笑顔と重なる。他意のない純粋さはどこか2人とも似ているのかもしれない、そう思った。

「翼が思うように頑張ってるなら、今はそれでいいや。応援してるから、冬は会場で会うつもりでいてね。また色々話しよう!」
駅前のロータリーで乙羽をタクシーで送り出す。去り際にそんな事を言っていた。車両が高架の影に入って見えなくなるまで彼女を見送った。

chapter5-5(終)

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