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chpater5-4:遥か遠く憧れの舞台

このホテルの屋上にバーベキュースペースがあるという事で、夕食はみんなで肉を囲む運びとなった。
「あー! 先輩それウチが育ててた肉や!」
「え、うん。ごめん。美味しかったよ」
「ふざけんなこの!」
おそらく日中一番体を動かしたはずの2人が、ここでも一番暴れまわっているのは流石としか言いようがない。その様子をカメが生配信で動画撮影している。あれじゃあカメは肉が食えないかもしれないので、後で別の皿に取り分けておいてやろう。そんな2人と1人を横目に、オレと五十鈴、そして絵美里は静かにもう一つの網を囲み焼き物を管理していた。
「それで、五十鈴ちゃんはパーク、楽しかったの?」
「はい! 戦術シミュレーターも、バトルシミュレーターも、どちらも体験できましたし。ミュージアムも見ましたどれも本当に最高で……」
「そっかそっか、良きかな」
楽しそうな五十鈴を観察しながら、絵美里も満面の笑みを浮かべる。初体験だったというバトルシミュレーターも五十鈴にとって楽しい思い出になったようでよかった。ちょっと無理やりだったかなと心配をしていたので。その後、ミュージアムにも足を運んだ。そこで必死にメモをとる絵美里と合流した。
「そういう絵美里は、ミュージアムで何か役に立つ知識はあったのか?」
「そりゃもちろん! やっぱり歴史に残るような機体はデザインが違うよね。コンセプトがしっかりしてるし、印象に残るようなワンポイントとか、デザインがホントしっかりしてる! インスピレーションがもうバチバチよ! この炭みたいに!」
豚トロから滴り落ちる油でファイヤーしている炭をトングで指し示しながら、絵美里はふふんと勝気な表情で仁王立つ。慌てて氷を網の上に載せてその炎を静めた。
「燃え上ってるね、絵美里。じゃあ次のデザイン、楽しみにしてる」
「任せて! 最高にエモいの考えてるから!」

――みんな楽しそうで何よりだった。

もちろんオレも。自分自身の弱点も含めて気づけたことが沢山ある。もっと強くなりたい、みんなを、そして自信をもって輝夜先輩を支えられるように。


* * * *


――チリン

ホテルの部屋で今日のデータをチェックしていると、不意に廊下から聴きなれた鈴の音がした。いや、まさかな。そう思いながらオレはホテルの扉の向こうをドアスコープから覗く。そこには向こう側からこちらを覗こうとする輝夜先輩の姿が見えた。
ため息とともにガチャっと扉を開ける。
「その鈴、持ってきてたんですね」
「まぁ、お守りだし。あとキミを呼ぶのにちょうどいいかなと」
黒のサリエルパンツの右のポケットから取り出すとチリン、と再び音を鳴らす。タンクトップだった午前中と違ってゆったりめのボトムスにシンプルなプリントTシャツという部屋着のような服装。その腕にはメンテ用だろうか、いくつかシップ薬が張られていた。
「コンシェルジュですかオレは」
「相棒だよ、翼は」
不意に受け取ったその言葉には、得もいえぬ嬉しさと複雑さが混在していた。なんだろうな、これ。
「ちょっと時間ある?」
「ありますけど」
「少し外行かない? コンビニまでちょこっと買い出しに行こうかなって」
そういう事なら、とオレは財布とケータイ端末だけを小さな鞄に詰めて部屋を出た。

外の空気はどこか生ぬるい。さすがに夜だし暑くて倒れそうなんていうほどではないが、かといって風がなければすぐに汗が滲むような、そういう蒸し暑さ。最寄りのコンビニは徒歩1分という、実質ホテルに併設くらいの場所にあった。店内に入るとふわっと冷房の効いた風が一気に流れ込んできて気持ちがいい。夜でも眩しい店内でオレと先輩はとりあえず飲み物のコーナーへ、その後アイスクリームのコーナーへと思い思いに買い物をする。そうして選んだ商品が入ったかごを無人のレジにポンと置くと自動で会計が行われて、ポケットの端末からマネー決済が行われた旨の通知がポップアップで表示された。
「何買ったんですか?」
「炭酸水とお茶と、バニラバー」
「バニラバー?」
「好きなんだよね昔から。翼は?」
「オレは普通にコーラとお茶と、あとアイスボックスです」
「アイスボックスって、あの氷が入ってるやつ? あまり買ったことないなぁ」
「あれを容器にしてコーラ飲むと美味いんですよ」
「へぇ……そうなんだ」
会話なんかする暇もないくらい間にもうホテルの自動ドアの前に到着した。このまま帰る、というのは少し寂しい気がした。それは先輩も同じだったんだろう。
「もうちょっとだけ寄り道していかない、暑いかもだけど。そこの先に公園あるみたいだから、そこでアイス食べていこうよ」
そういうとホテル傍にあった公園へとオレを誘導した。午後8時過ぎ、とはいえ都心の一等地だ。街頭やビル明かりのおかげでまったく暗さを感じない。そんな公園のベンチに座ると、がさっと先ほど買い物した商品が入ったビニール袋をその横へと置いた。先輩はそこからバニラバーを取り出すと包み紙を外して一口。
「あー、幸せ!」
銀色の髪に包まれたレトロな雰囲気のあるアイスだ。そんな先輩の横で、こちらはアイスボックスの蓋を開けると、そこにコーラを流し込む。炭酸の泡が溢れそうになるのを上手くコントロールしながら、二度三度と分けて、そうしてそのカップをコーラで満たした。
「先輩、唐揚げ以外に好きなものあったんですね」
「そりゃあるよ。ってか色々あるよ、ピザも好きだし、あとハンバーガーも!」
「……ジャンキーですね」
「まぁエースのために節制はしてるけどね。相当動いてるから多少食べてもプラマイゼロ!」
左手でVサインを作ると、さらにアイスを一口運ぶ。途端に笑顔に変わる様は見ていて飽きなかった。
「それで。先輩何かあったんですか?」
「えっ?」
「何か話があるんでしょ?」
「んー、別にこれといって話したい内容があったわけじゃないんだけどね。ただ、せっかくの合宿だし、少し時間ないかなって思っただけで」
「そうなんだ」
「そうなんです」
意外だった。てっきり何か用事があるのかと思っていたので。少し拍子抜けしたけど、まぁいいか。そう思っていると、何か思い出したように先輩は話し始める。
「そういえば、多分だけどVRシミュレーターで他校の選手にあたったよ」
「ホントですか?」
「うん。見覚えのある機体だったし、おそらく近畿代表の」
「翼、それで五十鈴の様子はどうだったの?」
「んー、普通でしたよ、戦略シミュレーションも凄く上手くなっていたし。このままほっておいても夏休み明けには確実に全国レベルの戦力になってると思います」
「へぇ、凄いね彼女……でも、メンタル面はどうかな? 前に気にしてたじゃない、なんか悩んでるんじゃないかって」
「それは……まだちょっとわからないんだけど。でも今日見た限りは普通だったし、何かあったら友達のシルヴィがなにかしら情報をくれるはずなので」
そういうと、少し考えるようにしながら、先輩は再びアイスを口に運んだ。少しの間、沈黙があたりを包む。そうした後、再び先輩が口を開く。
「……翼。もしさ、五十鈴が何か話してくれた時は、ちゃんとそれに向き合う準備だけしておこう」
「えっ?」
「わかんないけどさ、そういうつもりでいようよ」
先輩は時々こういう抽象的な事を口にする。何か確信を得ているような、何もわからないまま話しているような。不思議な人だ。
「そうですね。それぞれの夢が集う場所ですし」
「それそれ! 我ながらいいキャッチコピーだよね。あ、そのコーラ一口ちょうだい!」
「えっ? わっ、先輩! 返してください!」
先輩はオレの手から勝手にアイスボックスを奪い取ると、一気に半分くらいを飲み干した。
「わー、ホント! いい感じで美味しいねコレ!」
「ったく、オレのコーラが……」
意地悪気な笑みを浮かべながら、奪い取ったそれをスッと差し出す。なんとなく悔しかったが、オレはしぶしぶそれを受け取った。再びそこへコーラを流し込んでいると、その横で先輩は空に浮かぶ月を見上げながら、こぼすように言葉を口にした。
「明日の夜の試合、楽しみだね」
明日は部員全員でヴィーナスエースの決勝ラウンドを見に行く。自分にとっては少し苦い思い出もある場所だが、そこは同時に今のオレたちの目標の舞台だ。見ないなんて選択肢はない。
「そうですね。見に行きましょう、先輩の目標までの距離」
「うん!」
先輩は食べ終えたアイスバーを再び銀紙にくるむと、公園のゴミ箱へと投げ込んだ。そうしてひとしきり話した後、オレ達は宿泊先のホテルへと戻った。


 * * * *


ヴィーナスエース・夏の決勝は前人未踏の5連覇がかかる絶対王者DGT付属と、ここ数年はシルバーコレクターの異名を持つエースの伝統校・福岡の小倉第三。どちらもバランスの良いチーム編成が特徴の名門校同士の戦いとなった。

SNSで人気の選手はDGTでは乙羽と部長の高宮先輩。それに一番の美人と言われているシューターの新城先輩だ。茶髪のショートボブ、スレンダーな高身長に物静かな性格という、女性が憧れる女性像のような印象。オレがあまり話したことがないのはそもそも彼女がそんなに話をするタイプではないからだったりする。そんなクールビューティーなシューターという事で、Web上では多くの熱狂的なファンを生み出している。
対して、小倉第三にも人気のスター選手が複数いる。中でもアタッカー・エースの2年・海士坂唯は雑誌に特集が組まれるほどの逸材だ。彼女が取り扱うのはヴァイオラという名前を冠した軽量近接系フレーム。金色の派手なカラーリングが特徴の機体だった。近距離アタッカー型の実力・ルックス共にゆくゆくはプロリーグに参戦するだろうと言われる存在。栗毛のロングヘアに目が大きく少し幼く見える、まるでアイドルのように可愛らしいルックスと、ショートレンジの双剣を武器に近距離戦での暴力的かつ無類の破壊力をみせるそのギャップにやはり多くのファンが付いている。どちらかというと男性ファンが多く、アイドル人気している印象だ。そしてそれを後ろから支える影のエースである3年生の烏丸蓮選手。どこか生徒会長の佐倉先輩に似たような雰囲気のある、ややツリ目のぱっつん黒髪ロングのその人は、超ロングレンジのパワーシューター・ヴェルシャザル。迷彩柄の機体は正直見た目は地味だが、手にするロングレンジ砲はスナイプというよりは、標的を遠距離からまとめて消し飛ばすバスターライフルといった様相の武器だ。ちょっとくらいの誤差など無視して、遠距離から容赦なく敵をゲームオーバーにしていく遠距離大砲。当然それだけのエネルギーをぶっ放すので連射は効かないという弱点はあるが、そのチャージタイムを前衛の唯選手が作り、また烏丸選手の存在のおかげでプレッシャーがかかり、唯選手が前に出やすくなっているという構図だ。前に出さえすれば、近距離乱打戦で彼女の右に出るものはそういないだろう……まぁ輝夜先輩なら勝てると思うけど。あと乙羽のクリムゾンエッジも当然打ち負けない。ただそこに通用しないとしても、その実力が全国レベルであることは疑いようがないし、気を抜けば一瞬で場外に持っていける2人のコンビネーションはDGT付属としても警戒せざるを得ない。
この辺りの選手が中心となる戦いだろう。ただどちらにしても小倉第三にとって、最強のタンク型アタッカーのクリムゾンエッジをどう止めるかという問題がクリアにならないと勝ち筋はない。そしてDGT側としては彼女を前面に出していけば、それだけで十分勝機を作り出せるという、戦術クリムゾンエッジという状況だ。それくらいに彼女の防御力と近距離での攻撃性能はこの場では群を抜いている。

――という、五十鈴のレポートに目を通す。

これが調べ物系の課題であれば高成績間違いなしというような、完璧な内容のレポートだった。見どころもポイントもとても分かりやすい。絵美里も感嘆の声を上げながらそれらを読みこんでいた。

試合は光が綺麗に映る夜だが、当然朝から行列を作ってこの試合の開始を待っていた観客のテンションも、いよいよ試合開始という空気の中で一気に最高潮へと引き上げられていく。徐々に陽が落ちていく会場の中で、セッティング途中なのだろう、徐々に排光がハッキリと確認できるようになってきていた。零れだすその光はエースの証。招待された関係者席で、オレ達も少しずつ、その熱量に飲まれて行っていた。

――そうして時刻は19時を回った。

中継用のアナウンスが、同時に会場スピーカーでも流される。
「さぁいよいよ始まります! 今年のヴィーナスエース決勝戦! 今年の決勝に勝ち残ったのは出場最多を誇る伝統校・小倉第三高等学校と、前人未踏の大会五連覇をかけて戦う前回王者のDGT附属高等学校の2校です。解説は日仏のハーフで、現在プロリーグでも活躍中のライダー、ブロンシュ・デュボアさんです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「さて、ブロンシュさん。今回の注目ポイントはずばり?」
「それはやはり日向乙羽さんのクリムゾンエッジをどう封じるかでしょうね。前回大会でも彼女の絶対的な防御力の前に、なすすべがありませんでした。正直あれは複数人を当てて対応したいところですが、当然DGTの他の選手も超高レベルです。簡単にはそんな隙を与えてはくれないでしょうから、そういうチャンスを小倉第三の唯選手を中心にこじ開けられるかどうかといったところですね」

そんな解説を聞きながら、隣に座る五十鈴に声をかける。
「あんなこと言ってるけど、五十鈴はどう思う? この試合の展望」
「今の解説通りだと思います。正直、DGTが歴代最強と言ってもいいメンバーなので、どこにも隙がないです。小倉が弱いとかそういうことじゃないくて。先輩は近くで見てたんですよね、今のDGT」
「そうだね」
「どう思いますか?」

逆に五十鈴に問われて、王者・DGT附属のレギュラーメンバーを改めて冷静に考えてみる。一定以上のレンジであればすべての攻撃を受け流すだけの目と速さを持っているタンク兼アタッカーのクリムゾンエッジに、どんなレンジでもシンプルに強い汎用型の高宮先輩・デュランダル。後方から中長距離で正確な支援砲撃を行える3年・新城七恵先輩のサーチアイがいる事で敵もうかつに前には出てこれないし、ピットからとは別に実際の戦場でリアルタイムに変化する状況を的確に把握するセンサー類を多数搭載した演算支援型の機体・スターゲートを乙羽と同じ学年の2年・本山かりんが操る。彼女の演算でより確実な狙撃や防御が可能になる。そして最後に、自分が唯一接点がない1年生の岡田莉々とイゾウと名付けられた漆黒の機体。超軽量のスピードタイプで、決勝トーナメントでの戦い方は一撃離脱のヒットアンドアウェイを繰り返すイヤらしい機体だ。しかし強豪のDGTで1年生からレギュラーに入るなんて乙羽みたいなレベルなの当然実力は桁違いだろう。そんな5人のチームに、最高のシステムサポートと、どんな状況でも最良の運用を行える司令塔・大丸空耶がピットにいる。正直非の打ち所がない。

「……勝てないだろうな、小倉」
「そう、ですよね」
もちろん簡単に負ける事はないだろうけど、基本的に今のDGTに隙がない。オレと五十鈴の見解は一致していた。だが続けて五十鈴はオレに問う。
「もし先輩だったら、この状況でどう戦いますか?」
「オレだったら? ……そうだな……」
そう言ってオレは少しだけ思考を巡らせる。この状況だったらどういう風に戦う? オレだったら?
「……そうだな、イチかバチかだけど」
あくまでプランの1つだし、実現性はわからない、そう前置きをして
「クリムゾンエッジを、唯選手のヴァイオラ1機で抑え込む」
「1VS1ですか? あの機体と?」
「勝てなくてもいい、とにかく1分でも長く、クリムゾンエッジを1機だけで抑え込んで貰って、その間に残りの4機で相手戦力を少しでも削れれば勝機はある、かな?」

そうだ、それしかない。クリムゾンエッジに勝つには数的有利な状況を創り出すのは必須。だけど最初からそれをしてしまっては残りの敵4機に自由に動かれる。そうなるとそちらが数的不利でまず勝ち筋が見いだせない。それならば、1秒でも長くクリムゾンエッジを1VS1で抑え込んでもらって、その間に別の機体に攻撃を通す。そうして1機でも多く敵の数を減らす。それしかない、そう思う。もし桜山がDGTに勝つなら、輝夜先輩に1人で乙羽を封じ込めてもらう、それしかない。でもそれは戦略でも戦術でもなくただの願いだ。そうだったらいいという願いでしかない。そんな願いに頼らなければいけない時点で、あのクリムゾンエッジと乙羽というカードは別格だった。ヴィーナスの称号は伊達ではない。

――そうして試合が始まった。

五十鈴と2人、思い描いていた展開は、結果としてはその通りだったのかもしれないけど、だけど目の前で展開されたヴィーナスエースの試合は、そこに込められた願いをオレ達は完全に見誤っていた。
小倉第三は、オレの願いと同じ願いをエースであるヴァイオラに託していた。双剣乱打型の近接機体。実力はある程度データとして把握できている。確かに強くて速いけど、攻撃型に転じた時のクリムゾンエッジと比べたら明らかに実力差がある。そう目されていた。だけど、この決勝の場面でヴァイオラはこれまで見せた事がないほどの輝きを示していた。重く速い一撃を無数に繰り返して、見事にクリムゾンエッジと打ち合ってみせた。元々実力を隠していた、とかおそらくそんな話じゃない。決勝戦という場所、ここで勝ちたいという思いがきっとこの場所で彼女の限界を越えた動きを引き出している。
ここは今のオレ達にはとても届かない、遥か遠く憧れの舞台。この場にたどり着いた小倉第三の面々を、オレ達はきっと侮っていた。そこに至る過程も努力も分からないわけじゃないのに。
ヴァイオラがそのエースのプライドでもって善戦している間に、残りのメンバー全員での総攻撃が始まる。絶対の盾が起動していない状況での、ヴェルシャザルのロングレンジライフルはDGTにとってとてつもない脅威。その猛攻はまず最初に攻撃性能の低いサーチアイを襲う。サポートに入るデュランダルらをまとめて吹き飛ばす威力を持ったそれはガードや相殺が難しく回避しか手がない。それを予測しての回避先への攻撃。小倉第三の作戦が見事にハマり、序盤は一時的にだがDGTを押し込んだ。

そう、一時的にだ。

王者はすぐに状況を立て直す。一瞬の隙をついた、この時に一機でもいいから撃墜しておけば状況は違ったかもしれない。最初こそ対等に見えたヴァイオラをクリムゾンエッジはすぐに追い詰める。限界を超えた動きを繰り返していたヴァイオラはそのツケを最悪な形で払うことになった。ヴァイオラを覆う排光の強さが徐々に弱まっていく。オーバーヒート、エネルギーを食い過ぎたのだろう。すぐに味方ピットに戻ってチャージをしないといけないけど、自軍に戻る隙をクリムゾンエッジが与えてくれるわけはない。味方がサポートに入るしかないが、入れる機体が現状一機もいなかった。全ての機体がギリギリのところで戦場全体のバランスをとっている。現状維持が精一杯で、完全に次の動きを封じられていた。

――積みだ。

そう思った。だが次の瞬間、ヴァイオラは驚きの行動に出る。クリムゾンエッジを無理やり抑え込むと、その背後からヴェルシャザルは2機をまとめてバスターライフルで狙撃した。フレンドリーファイア、自爆に近い攻撃だった。何がなんでも勝とうという意思がそうさせたのだろう。勝ちへの執念をそこにみた。どのみちピットに補給に戻れないのなら、クリムゾンエッジを道連れにした方が、まだ試合の組み立てが容易になる。そういう判断だったのだろう。彼女たちの判断なのか、ピット側からの指示だったのか、どちらにしても仲間を撃つ覚悟にエースの会場が揺れた。
これで、クリムゾンエッジが堕ちていれば、あるいはチャンスがあったかもしれない。だが、ヴァイオラを挟んでの攻撃は、クリムゾンエッジにクリティカルを与えるほどのダメージは出せなかった。自慢の深紅の装甲は確かにダメージの痕がありありと見てとれたが、それでも動きに支障はない。その赤は一気に砲撃してきた方角へ加速していく。先ほどまで動きを封じられていた鬱憤を晴らすように乙羽は暴れまわる。
ここからは彼女の独壇場だった。残り時間を半分以上残して、クリムゾンエッジは仲間のサポートの元、4機をすべて薙ぎ払っていった。

――前人未踏の5連覇。それを目の当たりにした観客たちの興奮が冷めやらない東京サーキットで、ただオレと輝夜先輩、それに他のメンバーも、きっと圧倒されていた。

夢の舞台は目の前にあって、でも途方もなく遥か遠くに感じてしまっていた。小倉第三の執念にも似た戦い方、そこにあった覚悟にもきっとオレたちはまだ届いていない事を痛感する。想像できない展開が続いた決勝戦だった。

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