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chapter5-6:夏祭りの夜に

晴天の下、校庭脇の花壇に植えられた黄色のヒマワリがまぶしい。ミンミンゼミの声に、ツクツクボウシも紛れ込んできた8月も中旬。夏休みも残すところ半月といった所だった。ヴィーナスエースの決勝戦の観戦を終えて、改めてその距離を感じたオレ達エアリアルソニック部は、各々が課題を模索しながらその実力を上げるべく頑張っていた。同時に絵美里を中心に、新しい部員の募集を動画などを通じて呼びかけるものの、なかなか学内の反応は良くない。やはり生徒会に対立しているイメージからか、応援してくれる人は増えたけど、当事者にはなりたくないといった様相だった。なかなか思うようにはいかない。だけど、何もかもが上手くいってない、なんて絶望的なわけでもない。
決勝戦を間近で見てから、明らかに輝夜先輩と真心の姿勢が変わっていた。ヴィーナスチームと対戦したという経験と、彼女たちが全国の頂点にいるという事実が、目標の輪郭をより鮮明なものに変えたのかもしれない。大会が終わってから1週間、今日は夏休み初のグラウンドをおさえての練習だ。なかなかグラウンド全面での申請が取れなかったが、ようやくこのタイミングでねじ込めた。久しぶりの実機で、ホーリーナイトとコジローはスパーリングを行っている。

――バチン!

鍔迫り合いのたびに火花が散る。前回と違い、ハンデは付けず、高さも10mまで上昇できるようにセッティングしてある。真心の課題は縦軸に対する対応。輝夜先輩の課題は……正直現時点でも十分強いので、何か課題があるのかちょっと思いつかない面もあるのだけど、輝夜先輩の中ではあの乙羽のガードを掻い潜るための動きのイメージがあるらしい。試合が終わってから、そんな事を言っていた。なのでそのイメージが実現できるようにというのが当面の目標、なのかもしれない。

エアリアルソニック部がグラウンドを押さえている事は当然学内システムでも明らかで、SNSで情報が拡散した結果、多くのギャラリーが校舎やグラウンド周辺には集まっていた。特進クラスなど勉強で学校に来ている生徒なども窓からこちらの様子を見ているのがわかる。受験期に色々お騒がせして申し訳ないかもしれない。

――当然、生徒会長や加瀬先輩、子本も見てるんだろうな、どこかから。

2人の一挙手一投足に歓声が上がる。その風景だけでもこれまで頑張ってきたことに対する状況の変化だなと思う。少しずつでも協力してくれる人が増えているのならきっと色んな障害もこの先乗り越えていける、そんな気がしていた。

そんな中で唯一気がかりなことがあるとすれば、それは五十鈴だ。

「あっ、今のところ、バランス補正のタイミングが悪いよ」
「――! ごめんなさい!」

彼女だけは決勝戦を見終えてから、少し精彩を欠いているように感じられる。元々能力は高かったし、もっとできるイメージがあった分、ここ最近のオペレートミスであったりちょっとした見落としが気になる。何か別の考え事をしているような、そんな感じだった。

――前に少し気になっていた、五十鈴が時折見せる少し遠くを見るような目をこの数日は何度か見かけている。

とはいえ、普段の五十鈴は変わりもないし、何か言われてもいないのに無理に問い詰めるのも違うし……やはり頼るべきは、彼女の親友しかいない。

「……で、私ってわけですかパイセン?」
「本当にこの1週間くらい、何か心ここにあらずって感じで。気が付いた事ないか? シルヴィ」
そう、シルヴィ・デュボア。五十鈴の友達に聞く、最近の状況という事で何か現状に対するヒントがないか探ってみる。学食にもなっている学校のテラス席で自販機で買ったジュースを片手に、シルヴィはため息交じりに話す。
「はぁ、ってか今夏休みだからね。授業とかあるわけじゃないし、そんなに毎日毎日の変化なんてわかんないわよ。むしろアンタたちの方が一緒にいる時間長いんだから」
それはそうか。夏休みという事で学校にくる機械はほとんど部活に関する事ばかり。五十鈴はそこまでシルヴィと話したりはしていないらしかった。
「でもまぁ、あれじゃない。いきなりヴィーナスエースの決勝なんか観戦しちゃって、その熱量に当てられてるんでしょ。多分だけど。気分転換とかしたらいいんじゃないです?」
「なるほど、気分転換か……」
「そういえば、今週末はこの辺り、河川敷周りで夏祭りでしょ? 花火大会って聞いたけど」
そういえばそうだった。今週末の土曜はこの辺りで一番大きな花火大会と、それに付随した屋台などが出てくる、日本人がイメージする通りの王道の夏祭りだ。
「息抜きに五十鈴を連れ出してみたらいいんじゃない?」
「そうか……そうしてみようかな」
そこまで言うと、ハッとシルヴィが我に返ったように焦りの表情を見せる。
「あ……もしかして私、アンタに五十鈴をデートに誘うように誘導してない? それはどうなの? 許されるの?」
「いや、そうじゃないだろ」
「ダメよ2人で夏祭りなんて。みんなで行きなさいよ、部活メンバー全員で!」
急に威圧的になったシルヴィをなだめながら、なんとかその熱量を下げさせる。
「じゃあさ、シルヴィも一緒に来ないか?」
「えっ?」
「部活メンバー全員誘うし、カメにも声かけるよ。それにシルヴィが居てくれたら五十鈴も来やすいと思うしさ、何か悩みがあったらシルヴィになら話しやすいかもしれないし……」
そう提案すると、少しだけ考えるように視線をテーブルに落とす。
「うーん、そうね。まぁ、亀山さんが来るなら行ってもいいかな」
いい感じにえさに食いついてくれた。ごめん、カメ……
ただそこまで言うと、スッと顔を上げて、シルヴィは話す。
「でもね、パイセンもう少し自信を持ってもいいと思うわ」
「……? どういうこと?」
「あの子、クラスとかでもほとんどしゃべらないの。あまり主張しないというか、一歩引いてあまり友達とかも作ろうとしない感じ。私としか話してないくらいだよ。だけど、この部活の時に五十鈴は全然違う、一生懸命だし色んな事を話してるし、何より楽しそう」
「五十鈴はちゃんと部活を楽しんでるって事でいい?」
「そう。それは間違いないわ。だからもう少し自信を持っていい」
シルヴィは言い切る。その言葉に少し救われたような感覚があった。
「だけど大切な時に本音で話が出来ないのは、やっぱり彼女の性格のせいなんだろうね。それは五十鈴自身の問題だと思うけど、それは彼女自身が変わらなきゃダメなんだろうなって思う」
「……シルヴィは五十鈴をよく見てるんだね」
正直、感心してた。友達だからといってそんな風に相手の事をちゃんと見れているものじゃないと思う。相手の事を真剣に考えていないと、そんな風な言葉は出てこない。
「まぁ、私も友達なんて、五十鈴くらいしかいないしさ」
「え? そうなのか。意外だな、誰とでも話できそうなタイプに見えるけど」
「誰とでも話せるけど、誰にでも気を許すわけじゃないわ。五十鈴は心根が綺麗だから好きよ」
話が出来る、と友達である、は別物か。確かにそうかもしれないな。
「五十鈴がエアリアルソニックを好きなのも、部活が好きなのもそばにいるから分かるわ。だから心配しすぎなくていいですよパイセン。とりあえず夏祭り、気分転換に連れ出すって事でOKですかね?」

――これだけ友人の事を見ているシルヴィが言うのであれば、これ以上勝手にあれこれ考えて心配しても仕方ない。とりあえず五十鈴の気分が少しでも変わる様に。オレは部活で話をして、週末夏祭りに出かける約束を取り付けた。

 * * * *


夜も9時を回った。比較的静かな夏の夜、流石に暑いのでクーラーを入れている。

――ピコン

静かな部屋に通知音がして端末を見ると、それがポップアップで乙羽からのメッセージだと分かった。秋葉原であった後、お礼を言い合ったやりとりは合ったけどそこから1週間程度話をしていなかったので、ちょっと久しぶりな気がする。オレは手元に端末を寄せると、内容を確認する。

「久しぶり! 祝勝会とか色々あって返信遅れちゃった、ごめんね。この前いってた後輩ちゃんに貰った質問、文章にしたからよかったら送ってあげて」

そんなメッセージと共に、いくつかあった質問に対して丁寧な回答が付いてきていた。
――さすが乙羽、真面目だな。
ありがとう、とメッセージを打ち始めて、ふとその手が止まる。そうだ、乙羽……
オレはメッセージからトークに切り替えて、電話してみる。

「――はい、翼?」

コールを待つこともなく、すぐ乙羽の声が聞こえた。
「ごめん、今大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。どうしたの? 何か質問に関する回答、変だったかな?」
「いや、全然そんなことないよ。忙しいのにありがとう」
オレがお礼を言うと、いやいや、と電話口で嬉しそうな声で答えた。
「あのさ乙羽、今週末の土曜日って時間ある?」
「土曜日? どうだったかなぁ……部活の集まりがあったかもしれないけど。どうして?」
「この週末に、近くで花火大会込みのお祭りがあって……」
「あ、今週末そうだっけ?」
「息抜きも兼ねて、部活のメンバー全員で行こうかって話をしてるんだけど、そこに質問した五十鈴も出てくることになってて。もし時間があったら、乙羽遊びに来ないかなって」
「私が?」
「なんか、決勝戦見てから五十鈴がちょっと元気ない感じがあって。多分エース絡みかなと思ってるんだけど……少しでも元気になってもらいたくてさ。それで、五十鈴は乙羽のファンだし、会えたら元気になるんじゃないかって気がしてさ」
そこまで話して、自分が凄く自分都合で話している事に気が付いて、ハッとなる。
「あ、ごめん。完全にこっち都合だけで話してた。無理なら全然大丈夫だから」
謝りながら提案を引き取ろうとした。だけど乙羽は小さく笑ってから答える。
「ううん、大丈夫。ちょっと予定みて、遅れるかもしれないけどお祭りには顔を出すよ……後輩思いなんだね、翼って」
乙羽はなにやら嬉しそうにそう答えてくれた。
「じゃあさ、やっぱり直接会ったときに話そうかな、その質問の解答」
「ホントか! ありがとう、凄く喜ぶと思う」
「いえいえ。こちらこそありがとう、お祭り誘ってくれて。じゃあまた週末ね」

――ピコン

通話が終わった。何が正解かは全然わからないけど、これで五十鈴が元気になってくれたいいなぁと思った。


 * * * *


――地元のお祭りの当日になった。

日の長い夏の夜7時前は、まだまだ薄暗いといった様相だった。待ち合わせは人混みの多い河川敷から神社にかけての道ではなく、そこから一路奥に入った所にあるコンビニで待ち合わせをした。乙羽に関しては、学校の集まりが終わってから電車で移動してくるので、適当なところで合流すると連絡を貰っていた。こちらの端末GPS位置情報が乙羽に通知される状態にしてあるので、後からでも集まれるはずだ。そしてその事は五十鈴には内緒にしてある。ちょっとしたサプライズになる予定だ。
そうして目的のコンビニがみえてくると、駐車場のそばに真心を見つけた。
「お疲れ!」
手にはレジ横で売っているホットスナック・つくね棒。いつも通りのTシャツにジーンズというラフな格好でおいしそうに食べながらこちらに手を振っていた。
「真心……なんで今からお祭り行くのに、コンビニでもうつくね棒を食べてるんだ? 屋台はどうするんだよ」
「いやいや、おいしそうやったし……屋台のも食べるよ、肉の串とか、肉巻きおにぎりとか!」
「肉ばっかりだな」
「肉が嫌いな女子はおらんで!」
真実か虚言かわからないけど、ご高説ありがとうございます。
その横には絵美里と、そして五十鈴も到着していた。
「先輩、お疲れ様です」
五十鈴は少し恥ずかしそうに俯く。近づいて気が付いた、彼女はお祭りに合わせて浴衣を着ていた。紺色の濃いめの色合いに白い文様が美しい。
「浴衣、どうしたの?」
「先輩たちとお祭りに行くって話したらお母さんが浴衣を着つけてくれて……変ですよね?」
五十鈴は恥ずかしそうに、チラッとこちらへと視線をやるとすぐにそれを外した。
「似合ってるよ、なぁ絵美里?」
そう絵美里に振ると当然と言わんばかり大きくうなずく。
「完璧よ五十鈴ちゃん! 惜しむらくは私が浴衣のデザインをすればよかったって事くらいで……」
そんな絵美里も比較的シンプルなワンピースという格好で、お祭りらしい恰好で着ているのは五十鈴くらいのものだった。
「でも私しか浴衣来ていないし、なんか場違いだったかなぁって」
「五十鈴が正解。場をわきまえていないのは残りの全員だよ」
オレがそう言うと、真心も絵美里も「だな」と言って笑った。その様子に安心したのか、ようやく五十鈴は真っすぐと顔を上げてくれた。

少し遠くから、よく通る楽しそうな女性の声と、それになんとなく答える男の声、2つの声が近づいてきた。カメとシルヴィの2人が並んでこちらへとやってきた。元々シルヴィがカメを気に入ってる所から始まっているのだが、それにしてもシルヴィの方はとても幸せそうなのに対して、カメ自身は本当に興味がなさそうに受け答えをしていた。そんなカメはこちらを見つけると、少し早足気味にこちらへとやってくる。
「よっ、神谷野。待たせたか?」
「いや、全然」
「ならよかった。ってか真心、お前もう食ってるのか? ……オレも買ってこよう」
そう言うと、カメは1人でコンビニへと入っていく。その後ろ姿を少し肩を落としながらシルヴィは見つめていた。そんな彼女にオレは小声で話す。
(……シルヴィ、上手くいかなかったのか?)
(うーん……なんでだろう。せっかくここまで一緒に歩いてきたのに、あまり興味持ってもらえなくて。ねぇ、私って相当可愛いわよね?)
(……そういう所じゃね?)
小声でコソコソと話していると、五十鈴がスッと近づいてくる。
「シルヴィ、今日は来てくれてありがとう。先輩が呼んでくれたんですよね?」
「えっ、あ……うん。そうだよ、仲いいって聞いてたし」
動揺を押さえ込みながら、なるべくそれっぽい事を言ってみた。
「ねぇシルヴィ、一緒にお祭り回ろう!」
「えぇ、もちろんいいわよ。亀山先輩も来るんですよね」
そう言うと、ちょうどカメがコンビニから出てきたところだった。カメはもも串を食べながら、
「いや、オレはとりあえず最初は別行動な」
「えー! どうしてですかぁ?」
シルヴィは猫なで声でカメに問いかける。そういうとこじゃないかな、マジで。
「新聞部、夏祭りの特集記事を作ることになってるから。色々概要写真撮って回らないといけないから。終わったらお前らに合流するよ」
カメが1人で周る、そういうと露骨に残念そうな顔をするシルヴィ。それを聞いていた絵美里が真心に話しかける。
「ねぇ真心、私たちはとりあえず河川敷の奥にある神社まで歩かない?」
「ん? ええけどなんで?」
「必勝祈願って事でさ。神頼みしようかなって。そういうの、真心はあまり信じない?」
「んにゃ。信じるで、神様」
グッと右手の親指を立てて絵美里に答える。そう約束を取り付けると絵美里はオレに近寄った。
「翼は、五十鈴とシルヴィと3人でお祭り回ってきなよ。多分20時から海で花火大会始まるでしょ? その頃に川の下流の西浜橋で集合って感じでどうかな?」
そう全体に提案しつつ、小声でオレに話しかける。
(あんまり大人数だと、五十鈴ちゃん委縮しちゃうかもしれないしさ、3人で色々周ってきてよ)
そう言って肩をポンと叩いた。

――ちなみに、輝夜先輩はというとどうしてもバイトが外せなかったらしく、後ほど合流するという事になっていた。

川沿いへと出ると、すでに多くの人でで賑わっていた。浴衣で歩いている人も多くいるし、もちろん家族連れやおじいちゃんおばあちゃんの姿も見てとれる。
「私、お祭りに来たの初めてです!」
五十鈴は周囲をきょろきょろと見渡しながら、嬉しそうに話す。
「初めて? この辺に住んでるんじゃないのか?」
「……いえ、そうなんですけど。人通りが多い所にお邪魔しちゃ悪いかなって思って」
そう言って、自身が座っている車いすを指さす。その様子を見て、シルヴィは五十鈴の後頭部を小突いた。
「あたっ!」
「五十鈴ぅ……あんたはそういう所よホント。別に何も悪い事してないんだから、堂々としてなさい。やりたいようにやればいいのよ」
えへへ、と五十鈴は苦笑いを浮かべる。五十鈴は本当によく周囲に気を遣う。それ自体は凄くいい事だと思うんだけど、同時に何かを押し殺してここまで来たのかもしれない。そういう枷みたいなものがきっとそれなんだろう。
「なぁ、五十鈴。じゃあお祭りで何かしたい事はあるか?」
オレはそう聞いてみた。
「そうですね……あ、先輩。私、りんご飴食べたいです!」
「よし、買おうか」
ちょうど少し先にりんご飴の屋台が出ていた。近づくにつれて甘い香りがふわっと広がる。近くにあったベビーカステラやイカ焼きなどの香りにも心を奪われつつ、オレたちはりんご飴を3つ買った。
「ほら、シルヴィも」
「あら、ありがとう」
宵闇にキラキラと宝石のように輝くりんご飴。それを片手に、特に目的はなくさらに沿線を進む。くじ引きの屋台、型抜きなど遊べるスペースも沢山出展されていた。そんな景色を五十鈴は少し身を乗り出しながら眺めている。オレはそんな彼女の車いすを後ろからサポートしつつ進んでいった。シルヴィは五十鈴と並ぶようにして、少し前の方をりんご飴をかじりながら歩いていた。

「――あ。先輩! あれ!」

一軒の屋台を通り過ぎようかという瞬間、何か目に入ったのか、五十鈴が左手を突き出して指し示す。そこには射的の屋台があった。
「射的?」
「あの景品、可愛くないですか? エース君ですよ!」
射的の景品棚を見てみると、様々な商品の中にエース君というアルファベットのAと鳥をイメージしたらしいエアリアルソニックのプロリーグ・マスコットキャラクターのキーホルダーと、少し大きめなアクリルスタンドが置かれていた。ちなみにエース君自体の認知度は非常に低い。スター選手の方に人気が集中しているし、グッズもライダーに関するモノがほとんどで、おそらくマスコットキャラクターとしては失敗している類のものだ。五十鈴以外にあんなキャラに食いつく人はいるんだろうか。
「五十鈴、射的はやった事ある?」
「もちろんないです」
「だよね」
「先輩、代わりにあれとってくれませんか?」
後輩にお願いされて嫌とは言えない。オレは300円支払って、コルクでできた弾を5発貰った。銃の先に押し込めて、引き金を引くと、ポンという音と共にコルクが標的の方へと飛んでいく。しかし、なかなかイメージ通り飛ばない。狙ったのは軽そうな的であるキーホルダーの方だったが、全然当たる気配がなかった。あっという間に手持ちの5発は消えていった。
「うーん、難しいな……五十鈴がやってみたら?」
「私がですか? やってもいいのかな?」
周囲を気にしているのだろう、店主に彼女がやってもいいかと聞くともちろんと快諾してくれた。五十鈴はカウンター最前に出てくると、ゆっくりと的を狙う。

――ポン

空気が弾ける音がして、第一射が放たれる。それは的の右側へと消えた。
「……これ、射線が右に曲がるのか……」
ぽつり、そんな事をこぼしながら、五十鈴は次の弾をこめる。

――ポン

次の弾は標的であるキーホルダーをかすめる。少しだけ位置がずれたが、目標が倒れる事はなかった。
「あぁ、おしい……!」
オレがそう言うが、五十鈴はさらに集中力を高めているのか、次の弾をこめながら、何かぶつぶつと考えを言葉にしていた。
「……よし!」
それがまとまったのか、再び銃を構える。

――ポン

弾が発射された音とほぼ同時、パタン、とキーホルダーは奥へと倒れた。

「やった!」
「凄いな、五十鈴おめでとう!」

ポン、と片手でハイタッチのようにして勝利、というかキーホルダーの獲得を祝福した。
店主が棚に倒れこんだエース君のキーホルダーを五十鈴に手渡した。
「うわぁ、嬉しいな。どこに付けようかなコレ!」
何が可愛いのかはよく分からないけど、とりあえず嬉しそうなのでそれ以上は何も言うまい。

――そんな様子を少し後ろで見ていたシルヴィが五十鈴に声をかける。

「まだあと2発、残ってるんでしょ? 他の的狙ったら?」
「えっ、あ……そうか、そうだよね!」
五十鈴は改めて銃に弾をこめる。キーホルダーを倒したので、狙うは……もう一つのエース君グッズ、アクリルスタンド。

――ポン

カツン、とアクリルスタンドの下の方に当たるも、アクリルスタンドはびくともしない。
「あれ……当たったのに」
五十鈴は不思議そうに首をかしげると、シルヴィが横からアドバイスをする。
「重心がしっかりしてる的だから、上の方に当てないと倒れないわよ、あれは」
「なるほど」
シルヴィのアドバイスを受けて、もう一度。

――ポン

カツン、と衝撃音。当たったのは当たったけど、狙いが少し下になった。アクリルスタンドは揺らぎはしたけど、倒しきれずに元に戻った。
その様子を見ていて、スッと後ろからシルヴィがお金を持って出てくる。ちょっと意外だった
「シルヴィ、射的やるのか?」
オレがそう声をかけると、
「五十鈴の見てたら、ちょっと試してみたくなって。あのアクリルスタンド、とればいいのよね?」
そう言うと、手際よく銃に弾をこめる。そうして片手でスッと銃を構える。もう片方の手を添えるでもなく自然に銃を構える姿があまりに様になっていて、少し見入ってしまった。

――ポン

カツン、と今度はアクリルスタンドの上部、ギリギリのふちに当たって、スタンドは大きく揺らぎ、一気に後ろへと倒れこむ。一撃で仕留めてみせた。

「わー! すっごい! 流石シルヴィ、射撃が上手い!」
五十鈴は両手を叩いて喜ぶ。店主がシルヴィに手渡したアクリルスタンドは、そのまま五十鈴に手渡された。
「えっ? いいの?」
「いいも何も、私それいらないし。五十鈴にあげるためにとったんだから」
「嬉しい、ありがとう。なんか彼氏みたいだね!」
そう言うと、流石のシルヴィも少し照れたのか五十鈴から顔を逸らして、再び射的の方へと向き直った。あと4発残っている。
「じゃあ……あれね」
不意にシルヴィの放つオーラが変わった、ように思えた。
元々鋭い目元が一層その鋭さを増している。その視線が捉えていたのは中段右奥に飾られていたデフォルメされた魔法少女のアクリルキーホルダー。
あれは――そうだ、メルティブレインの魔女メルティ。前に五十鈴が言っていた。ぬいぐるみをUFOキャッチャーでとるのに真剣になっていたと。
「よし!」
何か自分の中で気合いを入れるかのように、シルヴィは一言そう放つと改めてコルク銃を構える。美しい、そう形容するしかない銃の構え。無駄な力が何もない、そのあまりに自然な姿から気が付くと

――ポン

放たれたコルク弾はおそらく狙い通りの上部ギリギリにヒットし、アクリルキーホルダーはあっけなく後ろに倒れた。
先ほどのアクリルスタンドよりも簡単だったのだろう。あっさりとゲットしたそれを手に、シルヴィはこれまで見せた事がない自然な笑顔で、スッとポケットにしまった。何も言わずに自分のものにするあたりに彼女のガチさを感じざるを得ない。そんなにいい作品なんだろうか。

――と、シルヴィは残りの弾を右手で転がしながら、次の獲物を物色していた。
「ちょっと店主さん。この中で一番難しい的はどれ?」
自分自身は欲しいものがもう特になかったのだろう。今度はゲームとしての目標チャレンジに切り替えたらしい。
「そうだねぇ……あのテディベアのぬいぐるみかな」
店主が指さした先には、30cmから50cmくらいの中判サイズのくまのぬいぐるみが飾られていた。あれ、景品だったのか、とオレもシルヴィも驚く。てっきりディスプレイとか飾りかと思った。
「店主……あんなの、この豆鉄砲の威力で落とせるわけ?」
「どうかな、一応飾ってるだけだけど、もし落とせたらもちろんあげてもいいぜ」
そう言われるとチャレンジしたくなるのが人

――ポン

ヒット。しかしぬいぐるみはコルク弾程度ではびくともしない、揺らぐ気配もなかった。
「ぐっ……これは……」
シルヴィの顔が歪む。当たりはしたけど、攻略方がまるで見いだせない。そもそも的として成立しているのかも微妙なレベルだった。
そんな状況下で、不意に背後から声がかかった。

「ちょっと、何してるのあなた達!」

オレと五十鈴が驚いて振り向くと、そこには桜山の制服姿の生徒会長が立っていた。驚きながらオレは会長に話しかける。
「会長、なんで……」
「見回りよ、変な事にウチの生徒が巻き込まれていないかって思って。で、あなたたちは何してるわけ?」
「普通に部活のメンバーでお祭りを見に来ただけで。ダメですか?」
そう聞くと、会長はため息を1つつきながら
「……別にダメじゃないわ。ただ一応良俗に照らし合わせた行動を、って感じかな。別に楽しいことは楽しめばいいのよ」
そう答えた。もっと厳しい感じかと思ったけど、意外にラフな物言いだったのでそれはそれで驚いた。生徒会長はこちらの様子をちらりと確認すると、五十鈴が手に持っていたエース君のグッズに苦笑いする。
「射的か……結構アイテム確保したのね。それで今はあのテディベアを狙ってる、と」
「弾が余ったので、一番難しい的をって事で。でも、あれ的というよりはディスプレイで、多分コルク弾じゃ落ちないですよ」
会長に説明している間も、シルヴィは一人、真剣に射的に向き合っていた。

――ポン

先ほどよりもより、精度を上げてきた。テディベアの額の辺り、全体の上部を狙って揺さぶろうとする。しかし重心・土台がしっかりしているからか、ほんの少し揺らいだ後、すぐに元に戻った。

「これは……ダメね」

今のが最後の弾だったのか、シルヴィは銃を店主に返すと、諦めの表情でこちらへと振り返った。五十鈴がねぎらいの言葉をかける。
「残念だったね、シルヴィ」
「まぁいいわ、アクリルスタンドは落とせたわけだし」
そこで意外な事が起こる。そんな様子を見つめていたのは生徒会長だった。会長はスッと前に出ると、300円を店主に差し出す。
「――会長?」
「まぁ、見てなさい。後輩さん」
会長は一瞬こちらに振り向いて、少しだけ得意げに笑ってみせた。会長の笑顔を初めてみた、気がする。その純粋な笑みに一瞬心を奪われた。それは五十鈴もシルヴィも同じだろう、表情が固まっていた。

会長は手際よく弾をこめると、銃を構える。それはシルヴィとは全く違う、構えた砲身をもう一方の手で支えながら、視線はその砲身の真上に。その射線上には先ほどシルヴィが手を出して取れなかったぬいぐるみがあった。

――ポン

先ほどシルヴィが当てた場所よりも、少しだけ左に。おそらく狙って当てたそれは、ぬいぐるみを大きく揺さぶった。重心の位置からしてそこがウィークポイントなのだろう。どうしてそれが分かったのか分からないけど、おそらく先ほどのシルヴィの射撃を見てそれを見抜いたのかもしれない。

だが、落ちない。落ちなかった。

先ほどよりも大きく揺さぶられたテディベアであったが、振り子が最終的に収束するように、テディベアは元の場所に戻った。
「……なるほど」
その挙動をみながら会長は、再び銃を構えなおした。

――ポン

再び同じ場所を狙う。今度はさらに少し上の位置、先ほどよりもさらに大きく揺れる。
――やったか?
大きく揺らいだテディベアであったが、しかしそれでも落ちない。やはり大きく揺らいだだけで、最終的には元いた場所へと戻った。残りは3発ある、だが希望は的が落ちるイメージがわかない。その様子にシルヴィは残念そうに話す。
「やっぱりあの重量差じゃ無理なんじゃない? 流石に重たすぎるわよ」
だがそんなシルヴィの言葉にも、笑顔で会長は
「……ううん、そんな事ない。見ていなさい」
そう返した。自信たっぷりなその言葉には何か確信めいたものが見え隠れする。とれるんだろうか、あのテディベアを。

――と、会長は先ほどまでと1つだけ違う行動をとる。

銃を構える、その砲身を支えるために左手を添えるまでは一緒。だがその左手にコルク弾を2つ、指に挟むようにして手に持っていた。残弾をすべて手にした状態での射撃だ。まさか……

――ポン

会長は先ほどと全く同じ場所に当てる。その時点で相当なスキルだ。だが、それだけでは先ほどと同じく大きく揺れるだけで倒れるには至らない。

……と、会長はすぐに指先だけでコルク弾を銃に詰め込むと素早い動きで再び射撃の態勢をとる。

――ポン

次弾装填から射撃までおよそ5秒弱。再び放たれた弾は、もう一度ほぼ同じ場所へと命中する。揺れている標的にも関わらず、2度目も同じ場所に当ててみせた。揺さぶられていたところにさらに追撃、テディベアが大きく押し込まれる。会長は最後の1つを同じく素早い作業で銃身にこめて、再度銃を構える。

――が、それを発射することはなかった。

その前に、テディベアは崩れ落ちるようにして棚から地面へと落下していった。
「――お、お見事!」
その様子に店主の方が驚きながら、地面へと落下したぬいぐるみを手に取る。
「いや~、凄いねお譲さん。お見事だったよ。はいコレ」
そう言って今しがた落下したテディベアの砂を軽く掃った後、会長にそれを手渡した。オレや五十鈴、シルヴィも言葉を無くしてその様子に見入っていた。すると会長は手にしたテディベアを五十鈴へと手渡した。
「えっ?」
「別に私が欲しかったわけじゃないし。あげるわコレ」
「え、でも……」
「とりあえず、余計な事はしないで。あまり遅くなる前に帰りなさい。トラブルに巻き込まれたら大変なんだから」
そう言うと、会長は後ろを振り返ることなく颯爽と河川敷沿いの道を先へと進んでいった。
五十鈴が手にしたぬいぐるみを見つめながらシルヴィは
「くやしいわね、私がとれなかったのに。あの会長、完璧超人なのかしら」
そう言って舌打ちをした。

chapter5-6 (終)

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