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容れ物の大切さ

その昔、ボードゲーム業界には「ボードゲームソムリエ」という人物が居ました(過去形にしましたが、今も活動しているかも知れません)

それは「人物」ではなく「肩書」ではないのか
それは「一人」ではなく「複数」ではないのか

そう思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ボードゲームソムリエを名乗る方はあまりおらず(過去の経緯を知らない新しい層には若干数居るっぽいのでこういう書き方をしています)、ほぼその一人を指す言葉です。

そう、ボードゲーム業界では、この「ソムリエ」という呼称が「歓迎されなかった過去がある」のです。故に、一人を指す固有名詞となってしまいました。

なぜそうなってしまったのか

ある種、村社会的な側面もありますが、まだまだ小さかったボードゲーム業界に於いて、「ボードゲームソムリエ」はその肩書(自称)を以て、業界の代表であるかの如き振る舞いをしていたという「印象」を持たれてしまったのが、歓迎されなかった大きな要因です。(ああ、耳が痛い耳が痛い)

実際、彼が吹聴していた「実績のようなもの」は、決して突出したものではなく、いちプレイヤーと差がありませんでした。むしろ彼よりゲームを沢山持っている人も居れば、詳しい人も、ドイツに毎年行っている人もメチャメチャ沢山いるわけです。そういう人達を差し置いて「ソムリエ」という肩書を自ら掲げて「他とは違う」「自分はトップクラス」というセルフプロデュースを始めたことで反感を買ってしまいました。

でも、セルフプロデュースがダメだとは私は思っていなくて、結局は実績をちゃんと作れているか、活動できているか、活動も実績も無ければ周囲とコンセンサスを取れているかが大切なんじゃあないかと思っています。最初から実績のある人なんて居ないですしね。

ソムリエの失敗は、周囲とのコンセンサスの部分で、若さゆえだとは思いますが、日本で活動するうえで、日本の市場(特にプレイヤー)に対して全くアプローチしていなかったことだと、個人的に当時思っていました。

なんでこんな話をしているのか

たとえば、「本を作って売る」「ゲームを作って売る」といったような活動は、いま日本では一人でもできます。そのことに対して文句を言う人も居ないでしょう。一人で完結しているわけですから、売れても売れなくても自己責任。著作の侵害さえしていなければ、他人に迷惑をかけることはそうそうないと思います。

しかし、ソムリエ然り「自称」を以て「知らない人達」からさも代表のように見えるよう振舞うとき、それは確固たる実績や、或いはコンセンサスを得たうえでやって欲しいと思いませんか?そうして貰わないと、自分の居る業界全体が「こんなものか」と見られてしまい、肩身の狭い思いをするんじゃないかと思うわけです。

先日お亡くなりになった「宅八郎」さんもちょっとした話題になっていますが、私も直撃世代として実感がありまして……故人に鞭打つのも憚れますが、それでも、彼の出現により「オタク」が蔑視される冬の時代があったのは事実だと感じています。そういうことは避けたいわけです。

これは何も人物に依るものでもなく、企画やイベントにも言えて、応募型のものならまだしも、無差別に評価して「業界のトップを決める」かの如く謳う賞レースなども特に細心の注意を払ってやるものです。

評価して欲しいなんて一言も言っていないのに「あなたの作品は何番目」なんて順位付けされるわけです。これが個人のBlogなら、「あくまで個人の感想です」ってなもんで、それでももちろん何かしらの印象操作もあるかもしれませんが、その影響は限定的です。

言ってしまえば、会社で勝手に女性従業員全員対象にして、美人コンテストをして外部に公表するようなものです。(いまどき美人コンテストとか社内でやる会社無いと思いますけど)ちゃんとコンセンサスとって、理解を得たうえでならもしかしたら実現するかもしれませんが、コンセンサスを得ずに勝手にやれば当然反感を買います。仮に実現できたとしても、辞退者が多ければ本来の意義を失い、やる意味がないです。

人にしろ、イベントにしろ、そういう調整業務が大切で、それが全てであると言っても過言ではありません。それを認識しておらず、ぶっ放す人が最近多いと感じています。(恐らく多くなったわけではなく、可視化されただけだとは思います)

中身しか見ていないからおかしくなる

上手く行っていない事例をみると、大抵「やりたいことしか見ていない」と感じます。

どんなに美味しいドリンクの作り方を知っていても、それを入れる器が無ければ提供できません。「俺は美味しいドリンクが作れるんだ」なんていくら言ったところで、それを他者へ提供できる手段が無ければ、虚構でしかないわけです。

「作品で語れ」なんてバカなことは言いません。
いくら良い作品を作ったとて、それが実績になるとは限らないわけですから。要は手と足を動かせばよいのです。その結果が実績になるかもしれませんし、コンセンサスを得るための調整業務になるかもしれません。それらは「やりたいこと」を色々な人に届けるための容器となり、そうして「やりたいこと」が初めて人に伝わるわけです。

そういった「手間を惜しまず出来る人」が、セルフプロデュースやイベントを成功に導きます。「どうすれば実現できるのか」に心を砕かず「やりたいことだけやる人」は向かないのです。

著名人も、イベントを成功に導く人も、そういった才能を持ったプロであるということ、一方で当然、私たちが素人であるということを常に念頭に置くことが非常に大切であると私は思っています。

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