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やまゆり園事件 赤坂の話がしたい 11

 ところで、赤坂に来て3か月後に、相模原の障害者殺傷事件が起きた。植松死刑囚の「重度の障害者には生きている価値がない」という供述は、社会に衝撃を与えた。僕のように家族に障害者がいる人間には、他人事ではない。とてもいたたまれない。
 悶々と数日を過ごし、それもあって飲み過ぎ、赤坂に帰宅した夜、Facebookに投稿した。翌朝、「昨日酔っ払って、何か書いた気がする」と思って見ると、すでにバズり始めていた。「あ!」と思い出し、慌てて上司に電話した。
 「酔って書いたFacebookが、えらいことになってまして」
 「炎上してんのか?! 炎上?」
 「いや、炎上ではないんですけど……」

 飲んでいなかったら、あれほど個人的なことは書いていない。
 投稿が爆発的に拡散したのは、やはり社会が「植松へのカウンターとなる言葉を求めていたから」だと思う。
 この文章を、大阪の歌手パギやんが曲にして歌ってくれたのは、ちょうど事件発生から1年後の7月だった。
 翌8月、赤坂は玉置幸二さんの居酒屋「花丸」。TBSラジオの鳥山くんと飲んでいて、思い付きで、言ってみた。
 「この歌、TBSラジオで全編流せんかなー」
 鳥ちゃんは、ラジオのニュースを統括している。8分半もある曲は、テレビでは無理だし、ラジオならもしかすると可能性があるかもと思った。すると、鳥ちゃんが言った。
 「だったら神戸さん、年末に特番作りません? 歌の外にヤマが2つくらいあれば、1時間番組が作れますよ」
 考えてもいなかったので、驚いた。うーむ……やれるかも。

 僕には、験担ぎなところがある。これまでも「ここで、閃いた」という場所でしか打ち合わせをしなかったり、台本を書いたりする。
 鳥ちゃんとの打ち合わせは、「花丸」でやることにした。一人で赤ペンを持って台本と格闘するのも、同じカウンターだ。常連客が騒いでいても気にならない。逆に常連も、僕が台本にかかりきりになっていても気にせず、わーわー飲んでいた。
 「植松と、面会した方がいいかなあ」と鳥ちゃんに言ったのも、「花丸」のカウンターでだ。気乗りはしなかったが、できるかもしれないのに手を出さないのは……。
 鳥ちゃんは「やれるなら、絶対入れましょうよ!」と言った。そうだよね……逃げちゃダメだよね……。
 RKBとTBSラジオ共同制作のラジオドキュメンタリー『SCRATCH 線を引く人たち』は、こうして赤坂の居酒屋「花丸」のカウンターで生まれた。それをさらにリメークした『SCRATCH 差別と平成』は、放送文化基金賞で日本一に選ばれる。

(2020年5月23日 FB投稿)

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