『名物』
「揚げたてよ。」
と、店員のおばちゃんが言うので、カレーパンを2つ買った。
「から揚げも揚げたてよ。」
と、追撃されたが、そんなに食えんですよと断った。
サービスエリアから出ようとする車の間をぬって、僕はビニール袋をカサカサと揺らして歩いた。
エンジンをかけたまま、助手席に座る彼女は、次にかける曲を選定している。その前に腹ごしらえだ。
過剰包装されていない小袋から発せられた香りが、車内に充満する。彼女はそれを即座に察知する。
「たこ焼きかと思ったー。」
「から揚げも勧められたけど、これがオススメなんだってよ。」
そして、このカレーパンは揚げたてだ。
紙袋から少し引き上げた指先の圧力だけで、衣がホロホロと落ちる。紙袋越しに握れば、持てないほど熱くはない。が、数分前まで熱い油の中にあったことが想像できる。
そんな事はお構い無しに先走る彼女。
「あっつ!」
「結局食ってるじゃん。」
「ふぁっ、ふぁっ!」
彼女はお構いなしだ。僕は猫舌ではないので、彼女にお構い無く口を開ける。
確かに熱い。めちゃくちゃ熱い。
ただ、美味い。外縁の衣は、歯の先端が食い込むだけで音を立てる。そのすぐ内側にある、まだパンのままの生地はもっちりとして柔らかい。
その二重構造の先には、香辛料の先行する濃いめのカレーが待っていた。先に到着しているサクサクともっちりに、このカレーが追い付いて絡み合って、カレーパン!になる。
そう。僕はカレーパンの部位を、わざわざ分割して感じてなどいない。これらは三者が一同に集まってこそ、カレーパン!なのだ。
僕は、熱いカレーパン!を三口で平らげた。
「ふぁっ、ふぁっ、おいしい、ふぁっ」
まだ隣で闘う彼女がいる。
飲みかけのボトルコーヒーに右手を伸ばしながら、僕は車を動かすことにした。カレーパンの熱と闘う彼女に、シートベルトの装着を促す。彼女が、膝に置いたカレーパンを再び握るのを確認してから、車を発進させる。
サービスエリアのバックストレート。
“大阪名物!たこ焼き!!”の旗が、僕らの視線の端を通り過ぎていった。
◆
カレーパンを食べ終えた彼女は黙っている。先程のサービスエリアを抜けると、たこ焼きを名物とする地方は、僕らの背景になってしまった。
彼女は喋らない。カレーパンへの満足感か。たこ焼きを食べ逃したことへの恨みか。
まだ喋らない。手元のタブレットで何か検索している。次の大きなサービスエリアを調べるな。サービスエリアは、車から降りる瞬間のワクワクがいいんだろう。知らない土地で、知らないサービスエリアに入るから、ワクワクなんだろう。
「ちくわとかなら、どこのサービスエリアでもあるだろう?」
「ちくわはいらない。好きじゃない。」
これはたこ焼きだ。絶対にたこ焼きだ。
◆
1時間後、アイドリングで小刻みに揺れるシートに座る彼女。その膝の上には、たこ焼き。
このサービスエリアの売店は、たこ焼きを名物として謳っていなかった。しかし、表情から察するに、彼女はたこ焼きであれば何でも良かったらしい。
わざわざお気に入りの曲に変えてから、シートに座ったまま待っていた。
二本の爪楊枝で、安定して宙に浮く球体。既に車内はソースの香りで埋め尽くされている。彼女に吸い込まれる球体は、熱くなさそうだ。あれは作り置きだ。
それを食べ、彼女は何を述べるか。
「んー。あー。無いわ。タコ。
入ってない。当たりだ。」
当たりらしい。良かった。
目的地まで急ごう。
(おしまい)
僕の書いた文章を少しでも追っていただけたのなら、僕は嬉しいです。