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叶うの落書き 1

 お疲れー!

 いつものラーメン屋で、それぞれのドリンクを交わした。カツンと涼しき音が響いた。
 勝負帰りの夕飯には、濃厚なラーメンをすすり上げるが俺らの定番だ。そのお供には、餃子、チャーハンという油の塊だ。こんなんばっか食ってたら、健康面で、いつかとんでもねぇことになるに違いない。
 そういう恐怖心を強引に封じ込め、唇を大量の油で濡らしている。
 俺の仕事はお笑い芸人。今斜めに向かいあっているコイツとコンビを組んで、漫才を主にやっている。

 コイツとの出会いは、養成所の頃だった。
 

 初っ端の自己紹介で、俺はコイツに引き込まれた。
 

 第一印象は、特に面白味もなさそうなヤツで、髪型や服装も平凡。バサバサと長いまつ毛がきれいだと思ったぐらいだ。
 
 石田《いしだ》太朗《たろう》です。縮めて、イシロー。よろしくお願いします。

 馴染みのある音を使って、名乗ったこの青年。淡々とクールに話すが、それが面白いもので、俺を含めた皆から、くすくす笑いを誘った。

 すげぇと思った。

 その瞬間から、俺はまだ名を知って数秒・数分しか経っていないアイツを、憧れの存在と置いた。
 生まれた年代も同じなようで、自分の知り合いの中にコイツも入れたいと思った。

 しかし、俺が話しかける前にアイツの方から声を掛けてきた。

 よお。俺のパクリやがって。
 
 今では相方となって、何年も仕事を共にする間柄になったヤツからの第一声が、これである。
 実はコイツよりも後に前に立った俺は、コイツの名乗りを真似た。

 今仲《いまなか》雄永《ゆうえい》。縮めて、ナカエー。

 美術の先生は言った。“人を真似ることは良いこと”だと。
 あの一言目で、俺はコイツに引き込まれたのだ。

 養成所には、中学や高校のように同い年ばかりではなく、生徒の歳はバラバラ。俺より十も二十も離れた生徒も少数ではない。
 むしろ、同い年の数が案外少ない。
 だからアイツは、貴重な同い年である。 

 それに、憧れの存在と置いていたアイツの方から掛けてくれたのが、結構うれしかった。

 アイツと話していると、俺の方までモチベーションがあがる。
 見た目はクールで淡々とした感じだが、仲良くなってくると、意外とそうでもないことに気がついた。
 胸の内には秘めたる熱いものをメラメラと燃やしていた。それは、赤よりもずっと、ずっと、熱いものだ。見た目はクールだけど。
 
 アイツと居る時が、他の何よりも楽しい。ネタは、イシローが担当している。
 俺は出来上がったネタの台本を読んで、共に練習をした。

 俺らは数あるグループの中でも、講師たちからの評価は高かった。
 卒業のラストの舞台でも大いに爪痕を残し、芸人デビューを果たした。

 あれから既に、何年と年を重ねていた。テレビに映る機会も、増えてきていた。新幹線で、日本各地を飛び回る日々。
 これまでテレビ越しでその顔を見ていた有名人やスーパースター。果てしなく遠い存在だと思っていた人たちに会うことが、今では日常になっていた。

 会うのは初めてなのに、一目見た瞬間に、一文字声が聞こえた瞬間に、その人の名前が分かった。
 馴染みのある顔。馴染みのある声。

 頭の整理がつかない。ずっと夢の中にいるみたいだ。知ってる有名人が出てくる、好きな部類の夢。
 もし本当に夢であるなら、覚めて欲しくない。

 この世のものとは思えない。息を呑むほど美しき人も、よく目にする。

 手が足が震えてしまうほどの、大物の人物と話す機会もあった。

 なんと、ずっとずっと前から推し活をしていた大好きな芸人と、仲良い関係になることができた。なんということか。


 ガラガラと戸をスライドさせると、その向こうは冷気で包まれた空間だ。今日は、気合を入れて着込んだつもりだ。臆することなく、冬中の眩しい夜の街を歩いた。

 先を歩く相方の背中。

 あんまり口にしないけれど。

 あの時からずっと、コイツの背中を追いかけてきたんだ。


(おわり)

 

 

 



 

 

 




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