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校長先生はルールブックを読まない

昼休み、僕は給食を食べると校長室に向かう。
僕は、6年の有羽孝一。校長先生が顧問の「ボードゲームクラブ」に在籍している。

本当は、5・6時間目がクラブ活動の時間なのだけど、給食を食べたら、すぐに、校長室に行かなければならない。
そうしないと、クラブ活動が終わらないから。

僕の肩を、誰かが突然叩いた。

「よう、有羽。さっき、校長先生が新しいボードゲームを買ったって言ってた。ルール確認よろしくな」

ひとつ下、五年生の多部翔だ。

多部は、僕を追い越して、校長室のドアをノックする。

コンコンコン。ガラ!

ノックしたそばから、返事も確認しないでドアを開けると、そこには、見慣れた顔がいた。

同じクラスの雁馬遊梨だ。
雁馬は、クラスで一番背が低く、だれよりも度の強いメガネをかけていて、だれよりも給食を食べるのが早い。
そして、ボードゲームで使うカードが傷つかない様に、カードを「スリーブ」に入れる作業が大好きだ。

雁馬は、200枚はありそうなカードを、器用にスリーブに入れていく。
そして、当然の様に、ルールブックを僕に手渡した。

「今回のボードゲーム、ちょっと難しそう。なんか、火星を地球にするらしいよ」

僕は、雁馬からルールブックを受け取ると、ペラペラとルールブックをめくった。

      テラフォーミングマーズ 〜火星地球化計画〜
2174 年の設立以来、世界政府は、地球全土の統一と平和維持のため、日夜奮闘してまいりました。我々の使命は、全人類にとって、よりよい未来を形作るためのツールとなることにあります。
地球は人口過剰にあえぎ、資源は底を尽きかけています。このまま後退するか、人類の新たなる故郷を求めて宇宙へと手を伸ばすか、決断の時が来ました。すなわち我々は、火星を居住可能な惑星へと変える必要があるのです。

「うわー、難しそう〜」

ふりむくと、ニコニコと笑っている校長先生がいる。多分僕の父さんよりも、5歳、いや10歳くらい上。輝く頭がそれを物語っている。

「対象年齢が12歳以上ってなってますね」

僕が答えると。

「やば! こんな難しいボードゲーム、有羽くんがいないと、絶対遊べないよ。
 でも、ネットで評判良かったからさ。遊びたかったんだよね〜!」

クラブ活動のときの校長先生は、僕たち3人より子供っぽい。
朝礼の時とは、えらい違いだ。

「校長先生、ガイスターやろうぜ!」
「いいねー、やろうやろう」

校長先生は、クラブ活動があるたびに、新作ボードゲームを買ってくる。
だけど、ルールブックは、一切読まないし、ボードゲームの準備も全くしない。

僕がルールブックを読んでみんなにルールを説明して、雁馬がコンポーネント・・・ボードゲームで使う道具の準備する。多部と校長は遊ぶ専門だ。

一度、なんでルールブックを読まないのか、校長先生に聞いた事がある。

「これは授業だからね。要するに勉強の一貫なんだよ。なんでもかんでも、教わるだけじゃだめだ。私に質問するのは、考えて、考えて、考え抜いて、どうしても解らない時だけにしなさい」

本当だろうか、単にめんどくさいだけな気がする。

僕がルールブックを読み終えた時、ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムがなり始めた。

「ぎゃー、また負けた!」
校長先生の叫び声で、チャイムの音がかき消される。

「校長先生は、顔に出過ぎなんだよ」
多部が、上から目線でアドバイスをする。

ガイスターは、「いいオバケ」と「わるいオバケ」を操作して戦う、1対1の対戦ボードゲームだ。
「いいオバケ」を、ゴールまで連れていくか、「わるいオバケ」を相手に全部押し付けると勝ち。
相手との駆け引きがキモになる、心理戦がとても楽しい。

多部は、この手の心理戦、しかも1対1の対戦ボードゲームにめっぽう強い。
そして校長先生は、めっぽう弱い。
校長先生が、ガイスターで対戦して、多部に勝ったところを見た事がない。
必ず負けるボードゲームを遊んで、何が楽しいんだろう。

「有羽、ルールわかった?」

多部が、上から目線で僕に話しかける。
こいつはいつでも誰にでも偉そうだ。

「うん、まあ、大体ね」
「じゃ、説明してくれ」

いちいちイライラしていたらキリがない。
校長先生にも上から目線の奴が、たった1歳年上の僕に偉そうなのは当然だと思う様にしている。

「みんなで、火星のテラフォーミング・・・火星で人が住めるようにするゲームなんだけど、一番テラフォーミングに貢献したプレイヤーが勝つんだ。細かいルールはやりながら説明するよ」

「プレイ時間は?」
「90分〜120分」
「ゲッ! 放課後確定ルートじゃん!」

ボードゲームの説明書に買いているプレイ時間は、大ウソだ。
大抵、書かれている時間の倍・・・90分〜120分なら、4時間近くはかかる。初プレイならなおさらだ。

だけど、楽しい。とても楽しい。
校長先生が言う様に、ボードゲームを遊ぶのが、本当に勉強になるんだったら、いつまででも勉強していられる。

「最後に、ここに植物を置いて・・・これで終了かな」
雁馬が植物が描かれたチップと赤色のトークンを、火星が描かれたゲームボードの上に置く。

案の定、6時間目までには終わらなかった。
一度中断して、掃除とホームルームが終わった他、放課後に集まってプレイした。プレイ時間は、ガッツリ3時間と50分。

西日が、人が住める様になった火星をセピア色に染めている。

「雁馬が72点、僕と多部が64点、校長先生が55点、雁馬の圧勝だな」
雁馬が使った赤いトークンが、火星の半分以上を占めている。

初めて遊ぶボードゲームの勝率は雁馬が一番高い。
「やっぱり、TP(テラフォーミングポイント)を上げるのが一番手堅いよ」
てきぱきとコンポーネントを片付けながら、したり顔で語る。

「イベントカードって、そんなに強くないんだな」
多部がぼやく。

「僕のところに、隕石ばっかり落としてるからだよ」
僕は、多部に難癖をつける。

僕の戦法は、火星に植物を植える緑地化作戦だったんだけど、その植物を、多部の隕石がことあるごとに燃やし尽くしてしまった。

多部は、相手を邪魔することに、並々ならぬ執念を燃やしている。

大抵は、多部が僕の邪魔をして、ふたりで足を引っ張りあっている間に、雁馬がスルスルと勝利を奪う展開だ。

「いやー、満足したよ、クマムシ10匹以上集めたし」

校長先生は、はっきり言って弱い。
大抵、よくわかんないこだわりで、よくわかんない戦い方をして、勝手に最下位になっている。
たまに、誰も気づかない、とんでもない戦法を編み出して圧勝する事があるのだけど、本当に、ごくごくレアだ。

「校長先生の戦い方って、出たとこ任せだよな。出田(いでた)校長の出田(でた)とこまかせ」

多部の上から目線に、校長先生はニコニコしている。

「いやー! 楽しいなこれ、次もこれ遊ぼうぜ」

何故か多部が仕切っているけど、僕も雁馬も異論はない。
校長先生は、ただずっとニコニコしている。

だけど、下校を知らせるチャイムが鳴ると、
「ほらほら、もう日が暮れるぞ、早く帰りなさい」
校長先生は、朝礼の時の顔になる。

小学校を卒業してから、もう、10年以上たった。

ボードゲームクラブは、僕と雁馬が小学校を卒業した後も続いたらしい。唯一の部員になってしまった多部が、強引な勧誘をしたそうだ。
うまいこと、ルールブックを読み込んでくれる部員も確保したんだろう。

今では、30人以上の生徒が所属する、大人気クラブなっているそうだ。

一昨年なんて、ボードゲームクラブがニュース番組で取り上げられて、校長先生がテレビレポーターのインタビューに答えていた。

「クラブ活動中、私は、子供達の手助けを行いません。
 子供たちは、自分でルールブックを読んで、自らルールを把握します。
 ボードゲームは、自発的な思考とコミュニケーション能力を楽しみながら育める、とても素晴らしい学習ツールです」

校長先生は、朝礼をするときの顔で、とても堂々と胸を張って話していた。

校長先生の言う、とても素晴らしい学習ツールで育った僕たちは、はたして、立派な大人になったのだろうか。

多部は、eスポーツのプロゲーマーになった。
YouTubeもやっていて、それなりの有名人らしいけど、公式大会の成績はそれほどでもないらしい。
相手の嫌がらせを第一に考えるプレイスタイルは、大人になっても変わらないようだ。

雁馬は、「ゆ〜り」名義で、フリーのタレントをやっている。
Twitterのフォロワーは、3万人をこえる、結構なインフルエンサーだ。
毎日自撮りをアップしているけど、あの頃の、カードを高速でスリーブに入れていた、メガネで早食いで、背の低い雁馬の面影のかけらもない。

僕は、大学生のころから、こつこつバイトで貯めたお金で、去年の春、念願のボードゲームカフェをオープンした。

おかげさまで、結構繁盛している。
小学校のボードゲームクラブに在籍していたという、後輩達が遊びに来てくれる事が結構大きい。
多部や雁馬もちょくちょく遊びに来てくれる。

多部は、ゲームカフェのオープンの時、自分の名前がデカデカと書かれた、置き場所に困るくらいでっかい花輪を贈ってくれた。

雁馬は、僕の店で、月一ペースでファンイベントを開催してくれる。
実は、普通のお客さんとしても来てくれる事があるんだけど、その時の雁馬は、僕のよく知っている雁馬だ。
そして、誰一人「ゆ〜り」だと気づかない。

「店長! このボードゲームのルール教えてください!」
「・・・出田さん、いい加減ルールブックを読むクセつけてくださいよ」

校長先生は、去年、小学校を定年退職をした後、僕のお店でアルバイトを始めた。

校長先生(今は出田さんと呼んでいる)は、相変わらず、ルールブックを読まない。

正直、ゲームカフェの店員としては、ちょっと問題があるんだけど、だれよりも楽しそうにボードゲームを遊ぶから、一緒に遊びたがるお客さんも多い。
出たとこまかせ戦法の、出田さんとして有名だ。

出田さんは、バイト代でしょっちゅう、新作のボードゲームを買っている。

そして、なぜかこの店に寄付してくれる。
遠慮しても、無理やり店に置いていく。家に持ち帰ると、奥さんに怒られるそうだ。

そんなわけで、僕のお店にはどんどん新作ゲームが溜まっていく。
おかげさまで、品揃えには結構な自信がある。

・・・ボードゲームは、本当に教育の役に立つのだろうか?
僕には良く解らない。
正直なところ、出田さんが小学校でボードゲームを遊びたいから、それっぽい理由をつけて、クラブ活動にしていただけの気がしてならない。

だけど、すくなくとも、多部と雁馬、そして僕は、自分で考えて、考えて、考え抜いて、自分の決断で今の仕事をやっている。

それなりに大変だけど、自分で考えて選んだ道に後悔はない。

大切なことは、自分で考えたい。
そして、考えて、考えて、考え抜いて、どうしても解らない時に、相談できる仲間がいることは大きな財産になっている。

小学校を卒業する時、僕は、初めて校長先生に相談した。

「冬休みに、テラフォーミングマーズ借りたでしょ。
 親戚と遊ぼうと思って持って行ったんだけど、誰も興味もってくれなかったんだよね」

校長先生は、ニコニコしながらだまって聞いている。

「僕、将来、ボードゲームが遊べるカフェを開きたいんだ。ボードゲームってさ、遊んでくれるメンバー集めるの、結構大変だし。
 学校のボードゲームクラブみたいに、行けばいつでも気軽にボードゲームがあそべるカフェ。どう思う?」

校長先生は、ニコニコでも、朝礼の時とも違う顔で、僕の質問に答えた。

「いいんじゃないかな。
 有羽くん、ルール説明上手だし。有羽くんと一緒にボードゲームを遊んだ人は、きっとボードゲーム好きになるはずだよ。
雁馬さんや、多部くんみたいに」

僕は、間違いなく、ボードゲームクラブのあった、あの小学校に通えて「良かった」と思っている。

なんてったって、小学校のボードゲームクラブは無料だ。
僕のお店では、キッチリ場所代とドリンク代を請求する。

ただ、中学生未満は、1ドリンク付きで無料で遊べる。
ボードゲーム好きの同志を集める為のテクニック、出田さんの経験談を、僕は踏襲させてもらっているのだ。


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