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僕の師匠はナポレオン。ポトリス

僕が初めてやったオンライン対戦ゲームには、師匠がいた。
巧みな戦略と、豊富な知識。おまけにチャットでの落ち着いた振る舞い。

僕は彼を、尊敬の念を込めて『師匠』と呼んでいた。


大学生の頃に、初めてインターネットに触れた。当時、使っていたOSはWindows Millennium。20世紀最後の記念にとつけられた名前だ。

その時に、オンラインゲームを知り、ネット上で見知らぬ方と対戦が出来るというものが流行っているという話を聞いて、僕もやりたくなった。しかし、数ある中で、どのゲームをしていいか分からない。そんな時、大学の知り合いがポトリス(FORTRESS)という対戦ゲームが無料だし、気軽に出来て楽しいと話してくれた。

早速、自宅に戻った後、ダウンロードを始める。
当時、インターネットをするには電話回線を使うしかなかった。つまり、ネットをしている間は、電話をかけっぱなしになる。そうすると、すごい電話料金になってしまうのだが、NTTにはテレホーダイなる物があり、決まった時間(23時~8時)は、どれだけ通話しても定額というサービスがあった。ちなみに、このサービスは今も続いている。

そして、今の光回線と違いアナログ回線。転送スピードが1MBも満たないため、落とすのにすごい時間がかかる。しかも、この時間帯に、日本中の人達がインターネット接続する為、さらにスピードは遅くなる。それでも、ワクワクしながらダウンロードが終わるのを待ったのを覚えている。

インストールまで終了した頃には、深夜の1時を過ぎていた。

ポトリス(FORTRESS)というゲーム

ポトリスは、複数人でチームを組み、戦車(タンク)でお互いを撃ち合い、ヒットポイントが無くなるか、場外に落ちたら負け。1試合、だいた15分~30分。短い時間に手軽に出来て、かつ、絵柄や音楽も可愛くさわやかなゲーム。やっている人も多く、つねにサーバーは賑わっていた。

一見シンプルな作りだが、奥の深いゲーム。結構難しく、初日はもちろん、なかなか勝てない日々が続いた。

そんなある日、一人のプレイヤーが僕の前に現れる。彼はとにかく強かった。そんな場所から当たるはずがないと思うような距離からも的確に大砲をHITさせていた。他にも、ランダムでたまに出現するスーパータンク(通称:デブ)も平気で沈めていくなど、とんでもないプレイヤーだった。

このゲームは、好きなタンクを自由に選べるのだが『ランダムタンク』という物を選ぶと、抽選で稀に圧倒的な火力のスーパータンクになれる時がある。これが敵チームにいる場合は絶望でしかなく、真っ先に沈めなければ勝ち目がない。彼は、そんなスーパータンクすらも、場外に落としたり、穴にハメて火力をほぼ無力化させるなど、正面からぶち当たって攻撃し、チームを勝利へと導いていた。

当時の僕は、ネット初心者で、チャットもまともにやった事が無い。にもかかわらず、彼は気さくに挨拶をしてくださり、なんとフレンドになってくれた。とてもいい人が友達になってくれた事、なによりネットを通じて出来た友達に、僕はとても興奮し嬉しかった。

彼は、とても紳士的で好感が持てた。そして、ポトリスにとても詳しかった。僕に初心者向けの大砲(タンク)の選び方、目標物に対して標準の合わせ方、打つ角度、タイミング、チーム戦の極意を惜しげもなく教えてくれた。僕は、いつしか彼を、ポトリスの師匠と仰ぐようになっていた。

師匠は、だいたい朝の6時~7時の決まった時間に現れる。
その頃の僕は、大学の夜間部に通っており、午前中は自分の通う大学の購買部でバイトをしていた。そして、いつも出勤前に少しゲームをするのが日課で、INがちょうど同じ時間帯だったため、よく一緒に遊んでいた。

師匠と一緒にゲームをしていると、まるで戦場にいるかのように、風を肌で感じる。正確な場所に砲台をコンマ数ミリで移動。固定。向きを微妙に加減し、発射!命中し、敵のタンクを次々と沈黙させていく。

かつて、ナポレオン・ボナパルトは、どんな古い大砲も使いこなし、長距離でも近距離でも、確実に相手の急所に打ち込み、英雄となった。

ある日、僕は師匠とのチャットで
「〇〇さんは、まるで、ナポレオンのようですね!」

こう話した。師匠はかなり照れ臭そうに、そんな事はないですよと謙遜し、朝食の時間になるからと、ゲームをログアウトしていった。僕も師匠が去ると、同じようにゲームを終えて、手早く朝食をすませてから、大学の購買部に向かう。そんな毎日だった。

ポトリスを初めて4か月くらいたった頃だろうか。
師匠のおかげで、だいぶポトリスに慣れてきて、ある程度の戦力になる事ができ、ゲームもかなり楽しめるようになってきた。ポトリスにはランキングがあり、さすがに、そこにはのる事は出来なかったが、それでもいっぱしの大砲使いとして、戦場をかけめぐっていた。

そんなおり、大学の夏休みが始まるくらいの頃に、師匠がチャットで話しかけてきた。

「実は、そろそろポトリスが出来なくなりそうです」

話を聞くと、リアルの生活が忙しくなってきており、ゲームの時間を減らさないといけないとの事。ゲームは好きなので、出来れば辞めたくないが、しばらくゲームにINできないだろうと話してくれた。

僕は、師匠の仕事が忙しくなってきて、なかなか遊ぶ時間が取れないんだなと思い「お仕事が大変なのですね。どうぞ、ご無理せずに」と話をしたところ、

「いえ。私は学生です。受験勉強をしなくてはいけなくなりました」

師匠はこう話した。僕は話し方や振る舞いから、てっきり、自分より年上の社会人の方と思っていたので、少し驚き、「あっ!学生さんだったのですね。実は僕も大学生です。大学院か、何か資格の受験ですか?」と聞いたところ、

「はい。中学受験が控えているため、勉強時間を増やさないと、いけなくなりました」

えっ......。中学受験!?
僕はさすがに驚きを隠せなかった。あまりの衝撃に、顔文字で「えっ!?小学生だったのですかΣ( ̄口 ̄;)」とパソコンに打ち込んだのを覚えている。

しかし、師匠が小学生だったとは...。
たしかに、このゲームは年齢層が幅広く、小学生のプレイヤーもたくさんいたのだが、まさか、尊敬してる師匠も小学生だったという驚愕の事実に、僕はパソコンの前で、しばらくフリーズしてしまう。それにしても丁寧なチャットや、ゲームの見事な分析。日経新聞などで出ているニュースの話題、時には株の話などもチャットで話していたので、とても小学生とは思えなかった。

師匠本人は、公立でいいと思っていたようなのだが、塾の先生や親御さんは、有名中学を受験する事を望んでいたようで、せっかくのチャンスだし、夏休みに塾の合宿に入って、本格的に受験勉強をやってみようと決意したようだった。塾には特待生で無料で通っていたらしく、そうとう優秀な学生である事が想像できた。

それまで、リアルの事はお互いにあまり話していなかったが、これを機に話を聞くと、師匠は、友達もそれほど多いわけではなく、ネットゲームで遊ぶのが本人にとっては、一番の楽しみでストレス発散の場だったようだ。

「私は、メジャーボーイさん(当時の僕のハンドルネーム)のように、大学生の方とお知り合いになれて、とても楽しい日々でした。本当にありがとうございます」

こちらこそ、師匠と知り合えた事、誇りに思いますし、なにより楽しかったですと伝えた。そうこうしているうちに、朝食の時間となり、その日のチャットは終わった。

それから師匠は、だんだんポトリスにINすることが減っていき、夏休みの合宿が始まる8月半ばを最後に、ゲームには顔を出さなくなった。

僕は、師匠が来なくなった後も、ポトリスを続けたが、なんだか気が抜けた風船のようになってしまったのと、購買のバイトや勉強が忙しくなってきたのもあって、徐々にINしなくなっていった。

それから数か月たった春先。もう、受験シーズンは終わったかなと思い、久しぶりにポトリスに数日INしてみた。師匠はいないかと探したがINして来なかった。あの時の会話を最後に、師匠にはそれ以来、出会っていない。

あの日から、十数年の時がたった。
僕はあれからも、ゲームが好きで色々なジャンルのネットゲームをしている。そして、ゲームもパソコンも進化し、昔では考えられないような3DやVRのゲームも登場している。

師匠は、今、どうしているだろう。あの時のように、どこかでゲームを楽しんでいるならば、それでいい。

もし、また師匠に会ったらお礼を言いたい。ネットゲームの楽しさだけでなく、ネットでのマナーの大切さなど、人間力を教えてくれた師匠に。

あれだけゲームが得意で好きだった人だ。その能力を生かして、今もどこかの世界で活躍しているだろう。そして、いつか再び彼に出会える事を願いつつ、僕は今日もパソコンを立ち上げる。

僕の師匠は小学生。
あの天才的なナポレオン・ボナパルトと、また対戦してみたい。

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