見出し画像

役病5 ウィルスの正体


 今回のウィルスの正体について分かっていることを①一時的作用、②二次的作用として簡略にまとめてみました。

① ウィルスと免疫との闘い

 病原体が体の表面に付着すると

 まず、皮膚や粘膜に存在する殺菌物質が病原体の体内への侵入を防ぎます。

 それでも防ぎきれず体内に侵入した場合、病原体を白血球に存在するマクロファージ、好中球やNK細胞のような貪食細胞が殺してしまいます。ここまでが、あらゆる病原体に対して働く自然免疫です。

 しかし病原体を殺し切れなかった場合、特定の病原体に対してのみ作用する獲得免疫として、リンパ球が働き始めます。まずヘルパーT細胞が病原体を認識し、B細胞に指令を出し、B細胞は形質細胞へと分化・増殖し、抗原となる病原体に対して、抗体を産生して病原体を直接または間接的に殺します。また、ヘルパーT細胞はキラーT細胞に指令を出し、キラーT細胞は病原体に感染した細胞を直接殺します。

 そして最終的に病原体が死滅した後、レギュラトリーT細胞は免疫細胞たちを制御し、撤収させて、一連の免疫反応は終わります。

 今回のウィルスに感染しても無自覚無症状で済んでいる場合は、自然免疫で簡単にウィルスを撃退できているようですが、それでも、獲得免疫のT細胞、B細胞が働き出しているようです。しかし、軽い症状が現れる程度であれば、男性の場合、自然免疫が主体となって撃退し、女性の場合はキラーT細胞が主体となって撃退しているようです。

 今回のウィルスが蔓延した当初は、感染しても無自覚無症状の方が80%を占め、自然免疫だけで十分に撃退できていたことから、このウィルスが蔓延した当初は、ヒトの免疫系にとって容易に撃退できる弱いウィルスだったようです。

 そうであるなら、どうして重症化していくのか?

 ウィルスが毛細血管の中に入ると、血流で全身に運ばれていきます。通常は免疫細胞で排除されますが、老化や糖尿病などで弱った血管があると、今回のウィルスが入り込むACE2などの受容体が血管内皮細胞の表面に現れているため、それを足がかりに感染してしまいます。そして全身の弱った血管に、さらに感染が広がっていきます。

 感染したところには血栓ができて、血流が滞ると機能が低下し、さらに完全に血流が遮断されてしまうと、そこから先は機能不全となってしまいます。そして恐ろしいのは、ある一定時点から急速にウィルスが増殖してしまうことです。そのため、心筋梗塞、脳梗塞等により突然死するようなことがあるだけでなく、急激な多臓器不全が生じてしまうこともあります。

 重症者の体内では、NK細胞、キラーT細胞が減少していますが、司令官の役割を担うヘルパーT細胞と調整役のレギュラトリーT細胞の減少が著しく、これが免疫力低下の一因となっているようです。

 そのため、なかなかウィルスを撃退できず、回復がままならないだけでなく、回復期においては、レギュラトリーT細胞のコントロールが効かずに免疫細胞が暴走して体を過剰に攻撃し続けて、回復が遅れてしまうようです。

 ただ、免疫不全でB細胞が抗体を産生できなくても、NK細胞、キラーT細胞の働きだけで回復している重症者の方もいます。

 今回のウィルスの主たる症状は、一次的には血栓症ということで、重症化しやすいのは、血管が脆かったり、血液が固まり易かったりする方々で、かつ、体内でウィルスの増殖を許してしまうほど免疫力が低下している方々です。

 やはり、多くの御老人が、この条件に当てはまるのではないでしょうか。また、ロンドンに本部を置く世界肥満連盟によると、今回のウィルスによる死者の90%は肥満が人口の半分以上を占める国に集中していて、肥満が人口の50%未満の国に比べて死亡率が10倍以上高いそうです。

 血液型がO型の人が重症化しにくいのには理由があります。血液型を決定するのは糖鎖と呼ばれる分子で、僅かな粘着性を持っています。A 型の人は A 抗原と呼ばれる糖鎖を持ち、B 型の人は B 抗原と呼ばれる糖鎖を持っています。しかし、O 型の人はこれらの糖鎖を持っていません。

 心理的なストレス下におかれていると免疫力は低下してしまうので、都会の人ほど、対人距離が取りにくいこと、そして抗菌化が進んだ状況下で細菌・ウィルスに対する耐性が弱いこともあり、やはり、感染しやすく、重症化しやすくなってしまうのではないでしょうか。

 帝京大学医学部の井上和男教授らの研究によると、1990年の人口10万人あたりの結核の発症者数がデータベースに記載されている90か国について、今回のウィルスによる人口100万人あたりの死亡者数とともにグラフ化したところ、結核の発症者数が多いほど、今回のウィルスによる死亡者数が逆に少なくなっています。結核は、日本では1950年まで死因の第1位で、アジア全体では日本以上に蔓延していました。結核は感染しても発症しないまま体内に潜み続けることが多く、日本の高齢者の多くが若い頃に結核に感染した「潜行性持続感染」状態となっていて、結核への感染によって人体の自然免疫機能が「訓練」され、ほかの病原体に対する防御能力も高まる「訓練免疫」が強化されたために、今回のウィルスによる死亡率が低く抑えられているのではないかとの仮説を井上教授は提唱しています。

 また、見方を変えて、遺伝的な観点から眺めてみると興味深い事実が浮かび上がって来ます。

 OIST(沖縄科学技術大学院大学)のスバンテ・ペーボ教授によると、今回のウィルスによる感染症に対してⒶ重症化を防ぐ遺伝子とⒷ重症化させる遺伝子の二つを人類はネアンデルタール人から受け継いでいるそうです。

 Ⓐは感染した細胞の中でウィルスの遺伝情報を分解する酵素の働きを高めていて、重症化リスクを約20%低下させるそうです。アフリカ以外に住む人類の約50%が持っていて、日本人は約30%保有しているそうです。

 Ⓑは重症化リスクを二倍も高め、欧州で最大16%、インド、バングラデッシュなどの南アジアで最大60%保有しているそうです。しかし東アジアでは全くと言っていいほど認められず、これは何らかの疫病によって、この遺伝子を持たない人々だけが東アジアで生き残ったのではないかと考えられています。

 ⒷはⒶよりも5倍ほど影響力が強いそうです。

 さらに、米国アリゾナ大学のデイヴィッド・エナード准教授らの研究チームはヒトのタンパク質のうち、コロナウィルスの感染過程に関与する420種のタンパク質に注目しました。このうち332種は、今回のウィルスの感染過程にも共通して影響するものです。分析の結果、これら420のタンパク質すべての生成を顕著に増加させるようなゲノム(遺伝情報)の変異は、東アジアの人々にのみ生じていることが判明しました。

 このことから、過去に東アジアの人々がコロナウィルスまたはそれに酷似したウィルスと長期間闘っており、その過程で闘いに有利な進化を獲得したのではないかと推測できます。 チームはさらに、このうちウィルスとの関連がとくに密接であると考えられる42種類のゲノム上の変異を追跡しました。すると、今から25,000年前から特定の変異が増加し始め、5000年前ごろまでに収束していたことが判明しました。エナード准教授は、この間の2万年という長期間にわたり、東アジアの人々が古代のパンデミックに晒されていたのではないかと考えています。

 しかし、2021年5月に発表された慶応大学らの研究によると、免疫機能に関する重要な役割を担うDOCK2と呼ばれる遺伝子に特定の変異がある65歳未満の人は、今回のウィルスに対して重症化するリスクが2倍となるそうです。欧米人にはほとんど無く、日本人を含めた東アジア人の20%にはあるそうです。


② 闘いの後

 今回のウィルスがACE2受容体を介して細胞に侵入するため、引き起こされる症状や障害を受ける器官がACE2受容体の分布と密接に関係しているようです。

 ACE2受容体は全身に広く分布していますが、特に、脳、眼、血管、消化管、呼吸器、排泄系、生殖系の細胞で高い発現が見られます。そして脳においては、大脳皮質、扁桃体、脳幹において強く発現していますが、とりわけ、脳幹の橋と延髄で最も強く発現しています。ここは、延髄呼吸中枢を含む領域であり、感染者に見られる呼吸器系の障害を説明するかもしれないと考えられています。

 今回のウィルスによる後遺症として比較的軽いものに、味覚・嗅覚障害、聴力・視力の低下、脱毛、などがありますが、しかし、肺、腎臓、精巣などは大きなダメージを受けているようです。また以下に掲げるように、原因不明の重いものもあります。

 イタリア・ジェメッリ大学病院の研究では、退院患者143人を追跡調査した結果、回復から平均2か月の段階で87.4%の患者に後遺症があったそうです。最も多い症状は疲労感で53.1%、次いで呼吸困難が43.4%、そして関節痛が27.3%と続き、3つ以上の後遺症が残った回復者が過半数を超えたそうです。

 米国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長も2020年7月に、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)と非常に似ている後遺症を持つ人が驚くほど多いと語っています。ME/CFS は、原因不明の激しい全身倦怠感に襲われ、微熱、頭痛、筋肉痛などが長期にわたって続く難病です。また、世界各地で退院後に頭がもやもやするブレイン・フォグ(脳内の霧)の存在が指摘されています。

  これら脳神経系統の後遺症は、無症状または軽症の若者、特に女性に現れてくることが多いようです。

 オックスフォード大学実験心理学科のSijia Zhao博士は、過去に検査で陽性となり、従来の後遺症を訴えていない参加者を対象に記憶力と認知能力を試す調査を実施しました。その結果、感染後最長6か月にわたって、エピソード記憶と呼ばれる個人的な経験を思い出す能力が著しく損なわれているケースが多く見られ、また、感染後最長9か月に亘って注意持続能力に非感染者よりも大幅な低下が見られました。感染後数か月に亘って認知能力に慢性的な影響があるようです。

 これを裏付けるかのように、2022年3月7日にオックスフォード大学がネイチャー Nature に発表した研究によると、今回のウィルスへの感染前後のMRIの画像には、かなりの違いが見られ、軽症の場合でも脳全体の大きさがわずかに縮小し、嗅覚と記憶に関連する部分の灰白質が減少していたそうです。研究者らは、この変化が永続的なものかどうかは分からないものの、脳は回復する可能性があると強調しています。

 さらに、米ニューヨーク大学ランゴーン・ヘルス・グロスマン医学部の神経救急治療スペシャリストであるジェニファー・フロンテラ氏とそのチームは、2020年10月に医学誌Neurologyに発表した論文のなかで、今回のウィルスに感染して入院した患者の13.5%が脳障害(感染症や体の免疫反応によって引き起こされる認知機能障害)やてんかん発作、脳卒中などの神経疾患を新たに発症していたと報告しています。  

 東京大学医科学研究所の河岡義裕教授らは、ネコを今回のウィルスに感染させた上で、まず全身の臓器を調べ、ウィルスが効率良く増殖する臓器がどこか調査しました。すると鼻や気管では感染6日目までウィルスの増殖が見られた一方で、肺ではウィルスの増殖が少ししか見られず、速やかにウィルスが排除されていることが分かったそうです。この間ネコは全く無症状だったということですが、肺にはダメージが残っており、感染から4週間経っても慢性化した炎症が遺っていたようです。

 ACE2受容体は小腸上皮にも存在し、アミノ酸吸収を制御していますが、大腸のACE2 受容体の発現レベルはさらに高いです。そして、食物に対して免疫反応が起こると何も食べられなくなるので、腸の粘膜下にいるT細胞は免疫反応を抑えるようになっています。それで、これらの器官は今回のウィルスにとって格好の隠れ家となっています。

 陽性患者の中には呼吸器症状が無く、消化器症状だけを示す人もいて、実際に上気道で消えたウィルスが腸管で見つかったというケースが多数報告されています。

 症状が治まってからPCR検査を受けて、一旦陰性になったのに再度陽性になるということを何度も繰り返す人や、何度検査しても陰性にならない人は腸管にウィルスが潜んでいるのではないでしょうか。

 2021年1月19日に発表されたジョージア州立大学ムケシュ・クマール准教授の研究によると、今回のウィルスをマウスに感染させた実験では、肺のウィルスがピークレベルを越えて消滅しても、そのピークレベルの、およそ1000倍のウィルスが脳から検出されたそうです。

 さらに、2021年12月20日にNature Portfolioに発表された米国立衛生研究所による感染者44人の病理解剖を行った結果によると、感染が直接の原因で亡くなった患者もいれば、なかには感染後最長で7カ月後に死亡したケースもありました。そのうち11人について広く脳を調べたところ、10人の脳に死亡時、今回のウィルスが広がっていたことが分かりました。

 脳はウィルスが隠れるために好む場所の一つで、患者の中にはウィルスが脳にまで達してしまい、脳の中で増えてしまったウィルスが、回復したはずの患者を死に至らしめるかもしれず、たとえ死ななくとも、ある種の神経学的症状を引き起こし続けるかもしれません。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?