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思い出のミスドの中に父はいない

幼い頃、連れて行ってもらって一番うれしかった場所は、ミスタードーナツだ。略してミスド。

幼い子供3人を連れて、母が息抜きに行くのに丁度いい場所だったのだろう。コーヒーはおかわり自由だし、子供にはドーナツさえ与えておけば一時はおとなしい。

だから、思い出のミスドの中に父はいない。

実際には全くいないというわけではないが、父が一緒に行く日はゆっくりできない。なぜなら彼は人が多い場所が嫌いで、休日の街に出ると不機嫌になるからだ。買い物が終わるとミスドでゆっくりしたい母とは逆に、父は一瞬でドーナツを食べ終え帰りたいオーラを全開にする。子供より子供のような父。そんなんだから連れて行ってもらえないのだ。


オールドアメリカンなラジオ風音楽が流れ、たまに山下達郎が流れる。当時は何もわからず聞いていたが、思い返せばそんな雰囲気だったように思う。

あの頃通ったお店は全体的に暗い色の木が使われたかっこいいデザインで、隅にはジュークボックスのようなものが置いてあった。お店の中にあるものはむやみに触ってはいけないとしつけられていたので、キラキラ光るあの大きな物体には触れたことはない。でもずっと触ってみたかった。


「ミスタードーナツに行くよ」母がそう言うと、きょうだい3人で競い合うように母の愛車である赤いジープを目指す。ツードア車だったため、助手席のシートを前に倒して後部座席に乗り込む。姉が最後に助手席のシートをもとに戻して乗り込み、出発する。目的地に到着するまでは兄と他愛もない遊びをしていたと思う。


ミスドに着くと、ガラスケースに並んだ様々な種類のドーナツに目を輝かせる。一応、その日のラインナップすべて目を通すが、何を食べるかで悩むことはほぼなかった。食べたいものは決まっている。

エビグラタンパイだ。


エビとグラタンどちらも大好物なので、毎回これだ。必ず温めてもらう。ごくたまに気まぐれでゴールデンチョコレートやDポップを選んでみたりもするのだが必ず「やっぱりエビグラタンにすればよかった」と半泣きで母に訴えることになる。すると「じゃあ持ち帰りで買おう」と提案してくれた。


買って帰り、翌日の朝食にしようとワクワクして寝て起きたら、持ち帰りのミスド箱のなかに私のエビグラタンパイがない、というのも何度かあった。父の仕業だ。それで朝からギャン泣きだ。子供が好きなものよりも自分が食べたいもののほうが優先な父。そんなんだから子供に警戒されるのだ。


エビグラタンパイ一択の時代が終わったのは、ミスドが飲茶を始めた頃。

所ジョージが「♪サンフランシスコのチャイナタウンの飲茶」とゴキゲンに歌うCMが茶の間に流れた。当時ミスドに行くと、ドーナツを食べる人よりも飲茶を食べる人のほうが多かったように思う。もしかしたら思い出補正かもしれないが。

私ももれなく飲茶にハマった。ドーナツよりも飲茶。当時は汁そばセットとお粥のセットの2択だったと記憶しているが、だいたいは汁そばセットを注文した。汁そばにシューマイとえび餃子の点心、肉まんがトレーに載ってやってくる。

この中の一番の目的はえび餃子だ。酢醤油とほとんど辛くない辛子をつけていただく。シューマイはあまり好きではなかったので兄にあげた。


私の中でミスドがドーナツ屋として正常に稼働し始めたのは高校生の頃だ。高校の自転車圏内にミスドがあったため、たまに行くようになった。その頃にはエビグラタンパイにも汁そばにも目もくれず、エンゼルクリームかカスタードクリームを選ぶようになる。おかわり自由のコーヒーを片手にテスト勉強をしたりもした。

そういえば、私がブラックコーヒーデビューを飾ったのもミスドだ。私にとっての『初めて』がミスドにはたくさん詰まっている。


就職して自分のお金でミスドに行けるようになると、仕事が休みのたびに通った。平日休みの仕事だったので、お客さんが少ないゆったりと落ち着いた店内でコーヒーを片手に小説を読みながら、しばしの休日を楽しんだ。その頃はチュロとシナモンというTHEシンプルドーナツにハマった。

ほぼ毎週通っていたため、店員さんには顔をバッチリ覚えられていた。さらに当時通っていた店舗の店長さんがいい人過ぎて、店裏で開催されている店員さんの懇親会に加えてもらったりもした。



その後はドーナツブームがやってきて、ミスドにいかなくともあちこちで気軽に美味しいドーナツが買えるようになり、それ以来ミスドはめっきりご無沙汰だ。

次、ミスドに行くなら何を買うだろう。ガラスケースを前に存分に悩みたい。きっと知らない新作もたくさんあるだろうし、リニューアルした定番や惜しまれつつ終売してしまったものもあるだろう。


私の思い出のエビグラタンパイと汁そばはまだ食べられるだろうか。


そういえば6月は父の日だ。あんな父にもいいところはある。DIYが得意で、昔はスポーツマンで、できない約束はしないという律儀な一面もある。帰省はちょっとアレなので、クール便でミスド、送ろうかな。

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