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ふつうに

「ふつうに撮って」と言われることもある。
その時わたしは少しムッとし、モニタ枠に被写体を
適当に突込み、平々凡々な画を作ってボタンを押す…
時もある。良くも悪くも使われる「ふつう」という言葉

現在の世にも 「流行りの画」というものがあり、
ふつうより見栄えの良いオシャレなものに魅せられる。
やがてそれに飽き、次の新しい流行りへと移る、
この繰り返し。
だが、「ふつう」という画角はいつの時代も変わらずにある。

ふつうとは、言い変えると「可もなく不可もなく」
「心地良い適当な」「狙いのない」画角。
しかしこの「ふつう」な部分ってなかなか重要で、
何度見ても飽きることがない画の切り抜き、配置、というのは廃(すた)れることはない。

アートが日々進化している今でも、
美術館に並ぶ古い絵画を多くの人々が絶賛するのは
これが理由のひとつだとわたしは思っている。

過去にはビデオマン志願の人への講習も仕事の一環で
していたが、自分の好みを主張し、基本を「無駄」と
言わんばかりに最短距離を進もうとする者もいる。
こちらとしてはどちらを選択しても構わないが、
真剣にこの世界にのめり込めば結局通る道。
ふつうの画すら描けない(撮れない)者には上達は見込めない ということだ。

誰もが安心して見れるスタンダードな画と、インパクトある画の組み合わせの押し引きがあってこそ
動画は面白い。
ビデオ屋さんの腕の見せ所です。

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