東京 依存症回復中間施設に初通所 元KATTUN 田中聖容疑者再逮捕について思うこと

こんにちわ、ばやしです。

前回の記事からだいぶ日が経過しました。

いろいろと紆余曲折しながら、愛知の中間施設をやめ、今は東京のシェアハウスに住み新しい中間施設に通所しています。

愛知の中間施設でもたくさんの学びを得ましたがその反面、毎日自分自身の負担も大きかったです。

改めて前の中間施設の振り返りと、新しい中間施設の感想をまとめます。


以前の中間施設の振り返り


2ヶ月1週間通所し、私は毎日未体験であった経験をたくさんしました。

・毎日施設で簡単な料理を1食以上作っていたので、自分で料理をする努力をするようになった。

・運動プログラムで毎日走ったことから電車や車移動をやめて、走るか、歩くか、自転車を使うようになった。

1日24時間のうち、過去の自分自身が、車で移動することで圧倒的に運動する時間が少なかったことを認識するようになった。意外と車で移動しても、近場であれば走ったら2倍、自転車で移動しても到着時間は1.5倍程度で到着できるので、それならば自力で行こうという考え方に変わった。

・自分では絶対に行くことはない登山、レクエーションで行楽スポットに出かけることで普段とは違った経験ができた。

・毎日の自助グループへの参加や自主的な発言

人前で自分の思いを相手に伝える練習ができた。他の人の話を聞いたり、自分が話している中で、気づいていなかった部分を気づいた。

・RDプログラムへの参加

全体の半分程度しか消化できなかったが、アディクトの考え、なぜ依存行為に走るのか原理原則を学ぶことで、多少なりとも客観的に自分自身の欠点に気づきくことができた。

そこから得た学びや生活習慣は、今現在も取り入れて継続しています。


その反面、中間施設をこなせない、限界を感じる部分も多々ありました。

・朝6時30分出発〜帰宅22時という拘束時間、休みが一切ない、中で自分自身の余力や時間が持てなかったこと

・通所、入所者の違いや差別、区別、仲間としての共感や超えられない1線を感じた(入所者は24時間共同生活で監視下にある、通所はプログラムが終われば関係ない)

・感情のアディクションを使用する人が多く、人間関係を良好に保つことができなかった。そもそも入所者のコミュニケーションの仕方自体に、不健全さを感じる面が多かった。

空間にいるだけで違和感を感じ続け、ストレスが常にあった。私が入所者で逆の立場であったら、中間施設に入所すること自体がストレスだし、やむおえないと感じる部分もある。そんな中で自分がいる存在意義を見失った。

・回復までの道のりが長すぎると感じた。

基礎の生活を正すことからスタートするため、施設側も2−3年と長いスパンで社会復帰を計画している。私の場合、休職期間中であるためどうしても期限が限られている。プログラム時間が休憩や自助グループ参加までの間が長く、無駄だと感じたし、プログラム内容自体も大切なことだとは感じるが、私の限られた時間を考慮すると優先順位から言えば不要に感じるものが正直多かった。

・毎日の自助グループが薬物依存であった。

私のアディクションが「共依存」の問題であるが、薬物依存の自助グループに参加していた。ACの自助グループ参加の相談をしたものの回答は不可であった。

・聞いてないルール・知らないルールを言われ、責められていると思う面が多数あった。

知らないルールを指摘されることが多々あり、相手の伝え方、私の受け取り方の問題ではあるが、少なくとも私は知らないことを咎められることを攻撃と捉えてしまうことが多く、流せなかったし我慢することができなかった。


初めの1ヶ月は皆優しく、自分にとって成長できる環境だと思っていました。RDプログラムがステージ2でないと受けれないというルールがあり、通常だとまず1ヶ月では上がらないのですが通所者という面もありステージが1→2に上がり、周りの人の反応は逆に距離が離れていった感じがしました。

そういう面が明るみに出てきて、疑念や我慢や納得できるだけの要素が見出せず、退所を決意し施設に伝えました。正直、施設に入ってみなければ分からない要素が多かったです。


東京に引っ越し、新たな中間施設に参加して


施設退所を決意し伝え、会社に相談し東京に引っ越すまで2週間、住民票の手続き・福祉サービスの申請・プログラムに参加するまで3週間、やはり時間はかなりかかりましたが、最速であったと思います。

会社にも理解していただき、住民票を動かすものの住んでいた家賃補助のまま社宅も借りたままの状態にいてもらい、職場復帰への環境を整えてもらってます。


新しい施設に初参加し感じたことは、施設の雰囲気が全然違うということです。

具体的にどう違うかというと、参加している人のアディクションが以前と比べて違うので雰囲気が違うのだと感じます。

前の施設は生活基盤から整える施設であったため、入所者同士は家族以上の人間関係が濃厚な関係性でした。通所者同士の連帯感は、一緒に過ごす時間が少ないので薄いと感じています。

人によっては集団生活が苦手な人もいるのでケースバイケースですが、入所は24時間相互監視の中でリアルな人間関係をすることで、アディクションのスリップ(再発)を防止したり、自分自身の性格や欠点が浮き彫りになるので早期回復を目指す人にとっては必要な環境だと感じます。

入所は根本的に生活基盤が変わるので、今の施設は通所しながらプログラムを学びたい、自分の性格を把握したい人にとってはいい環境だと感じました。

まだ通所したばかりなので、まずは慣れることから始めていきます。


元KATTUN 田中聖容疑者再逮捕について思うこと


薬物依存を止める難しさを改めて感じました。本人の薬物に対する訣別の意思は本当だったはずです。しかしすぐに再逮捕されてしまうという結果になってしまいました。

もし中間施設に繋がり入所していたら、強制的に24時間施設での監視下に置かれ、自助グループや仲間との支え合い(共同体、フェローシップ)のプログラムに参加することで薬物再使用の可能性はかなり減ったと思います。

それぐらいの覚悟と行動をしないと、自分の意思で薬物再使用しないようコントロールすることができないということです。

依存症は脳の回路で新しい欲求回路ができてしまっているので、1度強迫観念に囚われてしまうと自分の意思でコントロールが難しくなります。薬物未経験の人は何も感じませんが、薬物依存症の方は白い粉を見るだけで体が反応してしまうそうです。美味しいものを目の当たりにするとよだれが出てしまうのと似た現象だと思います。

強迫観念が出た時に必要になるのが、共同体の力と仲間との支えあいが必要不可欠になります。

よく言われるのが、人はアディクションに対して無力であるということです。どれだけ自分の力でコントロールしようが抗おうが押さえつけても無理だということです。

容疑者は頼っていたとは思いますが、無力だからこそもっと人に頼るべきだったと思います。刑務所に入るぐらいであったら、中間施設に入るべきであったと思います。

再犯したことで薬物に対して自制が効かないことも勉強になり、今後刑務所に行くことで強制的に薬が止まり自分自身と向き合うことになるので、彼にとっては必要な時間だったのだと思います。刑務所から出た後が社会に出て欲望と向き合い続けていかなければならない正念場になります。


まとめ


自分自身も生きづらさを乗り越えるために日々行動し、積み重ねていきます。


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