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時間切れ!倫理 110 奈良時代2

(イ) 行基と鑑真

 そういう中で特殊な活動をしたお坊さんを二人紹介します。行基と鑑真です。
 行基はお寺から出て勝手に活動する、政府から見るとちょっと困ったやつです。お寺の外で何をやっているかというと、人々を助けるのです。これは少し仏教っぽいですね。ただ自分の悟りのためではありません。治水工事、橋・堤防の建設、福祉事業による民衆救済が彼の活動です。
 行基は、これらの活動ですごく有名になります。やっていることは悪いことではないし、政府としても弾圧はできず、野放しです。やがて大仏を建立する時になると、ものすごく資材が必要になるので、政府は行基に協力を要請します。行基はそれに応えて各地を回って豪族などから協力を募る、そういう活動をしました。当時の規格から飛び出て、みんなのために活動したお坊さんとして覚えておいてください。
 鑑真は超有名ですね。中国から日本に正当な戒律を伝えるために呼ばれた人です。戒律を伝えるとはどういうことか。誰かが僧侶になる時、自分で勝手に宣言して僧侶になることは、本来はできません。勝手に僧侶になった者は私度僧といって、正式の僧侶とはいえません。ちゃんと偉いお坊さんから、「お前に戒律を授けよう」、授戒といいますが、それを行われて正式な僧侶になります。
 この戒律を授ける場所のことを戒壇といいます。実は日本にはそれまで戒壇がなく、戒律を授ける資格を持つ僧侶はいませんでした。戒律を授ける僧侶には資格があって、その僧侶に戒律を授けた僧侶、さらにその僧侶に戒律を授けた僧侶、とどんどんとさかのぼって行った時に最終的にガウダマ=シッダールタに行き着く僧侶、そうでなければ戒律を授ける資格はありませんでした。
 日本には鑑真がやってくるまで、戒律を授ける資格を持つ僧侶はいませんでした。だから、厳密に言えば日本政府が戒律を授けていても、中国に行けば正式な僧侶とは認められない偽者です。本当に戒律を授けられるものはガウダマ=シッダールタまでさかのぼることができる人です。弟子師匠の関係をさかのぼることによって、誰がその資格を持つか分かるのです。遣唐使が中国に行ってそのようなお坊さんを何人も候補者としてピックアップしたのでしょう。そのなかで、日本に行ってもいいといってくれたのが鑑真だったのです。鑑真は何回も渡海に失敗した末に、日本に渡り、正当な戒律を伝える戒壇を設けました。また彼のために唐招提寺も建設されました。

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