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宝塚観劇記 宙組『シャーロック・ホームズ』

中味について語っているので、御観劇のあと読んでください。

まずは総論
 作・演出は生田大和。犯罪がテーマになっているからなのか、一晩明けて思い返すと、劇全体になにか暗い影がつきまとっている。芹香斗亜演ずるモリアーティ教授の悪が、何の迷いもなく徹底したものであり、しかも愉快犯的でもある。人がどれだけ死んでも、金さえ手に入れば良しとする人物なので、見ていて救いがない(武器商人に救いなどあってはならないが)。しかも、劇が始まる段階で、すでに4人の女性が殺されている。
 海軍大臣ウィリアムズ(寿つかさ)は、そのモリアーティにアイリーン(潤花)の殺害を依頼するのだから、善悪の判断がつかない人間。それまでの4人の殺害依頼をしたのも、ウィリアムズのお友達のエスタブリッシュメントたちのようだから、英国の上層部は腐っている。盗まれた設計図が戻った時にウィリアムズは「頼む相手を間違えた。最初からシャーロック・ホームズに頼むべきだった」と言っているから、はっきり言ってバカである。根っからの悪人と本当のバカが、人を殺そうとするのだから、最後まですっきりしなかったのだろうか。
 モリアーティも、結局、死んでいなかったようだから、陰惨な事件はまだまだ続く、で幕は降りるのである。腐った政府高官と、殺人犯の武器商人がつながっている救いのない状況は、なにひとつ変わっていない。だから、一つの事件が決着しても、やはり暗い影が差すのだ。
 鞄が3つ置かれた状態で幕が下りるのは、小粋な演出だとは思うが、人のいない舞台は「そして全員がいなくなる(死んでしまう?殺される?)」というメッセージにも見えて、気持ちの整理がむつかしい。生田氏は大衆演劇に、別のものを紛れ込ませようとしたのか?考えすぎか?
 せめて、ホームズとアイリーンが最後に結ばれるのが救いといえよう。トップコンビが結ばれて、一応ハッピーエンドで終わるのは、宙組前作『アナスタシア』以来でないか。

最初から思い出すと
 潤花が寿つかさを眠らせて、お宝を奪う最初の場面。「ああ、峰不二子なのね」。
 ロンドン市中で、変装した真風と街の浮浪少年たち(ベーカー・ストリート ・イレギュラーズというらしい)。ここで、「明智小五郎と少年探偵団」を思い浮かべなかった人はいないだろう。
 だったら、潤花は紅蜥蜴かな、とか考えているうちにどんどん芝居は進行していく。

 ホームズといえば、わずかな手がかりから、細い論理をたどり、ずばりと結論に行き着く推理力が魅力だが、今回のホームズにはそのような部分はなく、最後まで明智探偵テイストだった。
 どちらかというと、兄マイクロフト・ホームズの推理、たとえば和希そらが刑事だとあてる、のほうが本家のお株を奪っていて、楽しい場面だった。ついでに述べておくと、マイクロフト役の凛城きらは素晴らしかった。猫背の姿勢、独特の歩き方で、味のある人物像を造形していた。セリフもいかにもマイクロフトらしい、というか、凛城ぬきにマイクロフト像を思い描くなくなった。こんなふうに脇がしっかりしていると、芝居全体の質が上がる。途中から「マイクロフト、出てこないかな」と、ちょっと期待してた自分がいたからね。凛城さん、今後も期待してます。

 真風、桜木、芹香、三人の配置は前作『アナスタシア』と同じ。前作の役どころとイメージがかぶってしまうので、キャラづけがはっきりしないワトソン役の桜木はやりにくかったのではないか。どうしても真風のわきに回らなければならないから、個性を出しにくいのではないかと思った次第。
 和希そらは、役不足。初めにちょっと出てきて、「えっ、これだけ」と思ったら、後半にも出てきて、ほっとしました。前作は、女役で残念だったろうから(実力は見せつけたけれど)、今回はもっと出番があってもよかった。

 見終わって、根本的な疑問なのだが、潤花アイリーンは、なぜウィリアムズから設計図を奪ったのか(ドレッドノートの設計図?それとも潜水艦?これもはっきりしないが)。モリアーティとの関係の経緯から考えると、完全単独犯のようだけれど、その動機と目的が不明。この事件から話は展開するので、一度見て彼女の行動原理が理解できないと困る。みなさんは、理解できましたか?

 結局ホームズを頼ったアイリーンは、すんなりホームズに設計図を渡して、設計図はホームズからヴィクトリア女王へ。「え、それでおしまい?」。じゃあ、なんで盗ったんだよ!
 峰不二子設定なら、とことんつっぱって、アイリーンは、ホームズともモリアーティとも距離を置いて、両者を手玉に取るべし。最後に笑うのはアイリーン、という形で終われば、それなりのスッキリ感はあったやもしれぬ。峰不二子説は私の勝手な妄想なんだけれどね。

 偽の式典で、モリアーティをだました後、銀橋で真風と芹香が並んで歌う場面があったと思う。幕開けからずっと、こういう場面を待っていた。トップと二番手がバランスよいのだから、格好良くて美しい、あんな場面をたくさん作ってください。

 真風涼帆さんについて。私は、結構頑張ってオペラを覗いていたのだが、「伏し目から顔を正面に向けて、からの、左上への流し目」を見ることが出来なかった。残念。もちろん真風さんのツボポイントです。
 
 潤花さん
 それで、今回の最大の楽しみだった潤花さんについて。
 予想どうり良かったです。真風さんとの並びは大人同士の対等感がある。演技はしっかり。セリフの声が少し低めで、落ち着いた感じで素敵です。
 お歌について。いままで彼女の歌を聴く機会がなかったから、全く未知数だったけれど、予想以上に上手かった(どんな予想だよ)。よく歌える人だとわかりました。これから、もっともっと上手くなるだろうしね。Tは裏声がか細いと言っていたが、トップ娘役だからといって真彩希帆を求めるな、と言いたい。
 潤花さんの印象。やわらかな美しさ。理知的な雰囲気と愛嬌が同居している。可愛いいけれど幼くはなく、大人でありながらマダムではない。賢い大学の健全な女学生?! なんと言ったらよいのだろう。まあ、好き、ということですね。

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