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新入社員のメンタルヘルス不調を防ぐためにはどうすればよいのか

ゴールデンウィークが近づいてきました。新生活を始めた皆さんの中には、早くも少し疲れてきた方もいらっしゃると思います。そこで本稿では、新入社員のメンタルヘルスに焦点を当て、なぜ新生活を始めることがストレスになるのか、そして会社側や上司・先輩側として何ができるのかについて解説します。


新しい世界に飛び込んだ新入社員

4月。皆様の会社にも、新入社員が入社してきたと思います。厳しい就職活動を経て、期待を持って御社にやってきた若者達。あなたは、先輩として、上司として、彼ら彼女に何と声をかけたでしょうか。

彼ら彼女らは、就職のために自己分析を深め、企業を研究し、OB・OGを訪問し、時にはインターンシップを経験しながら、どのような業界で働きたいのか、将来どのような仕事したいのかを徹底的に考え、志望動機を作成し、採用試験や面接選考を突破してきた者達です。

内定を貰った時の喜びは大きく、夢や期待に胸が膨らむが、いざ入社するとなると、どの部署に配属されるのだろうか、どんな仕事をさせて貰えるのだろうか、上司や先輩はどんな人なのか、同期と仲良くできるだろうか、休みはきちんと取れるのだろうか、定時で帰れるのだろうか等、次々と不安が押し寄せてきたことでしょう。

それもそのはず、学生と社会人では、あまりにも環境が違います。学生の時はどのような髪型や服装で通学しても何も言われませんし、二日酔いで大学を休んでも咎められることはなかったと思います。それは、学費を支払う側であったため、犯罪を犯したり人に迷惑をかけたりすることさえなければ、自己責任で完結することができたからです。

しかし、社会人は違います。給与を貰う立場となるため、それに見合った責任と役割が求めらます。これだけ大きな立場上の変化を経験するのは、新卒での就職の時、従業員から経営側にまわった時、そして初めて母親や父親になった時くらいではないでしょうか。

変化はストレスになる

実は、メンタルヘルス不調になるきっかけとして多いのが、これらの「変化」、つまりライフイベントが発生した時です。大阪樟蔭女子大学の夏目誠名誉教授らが行った研究によると、昇進・独立・収入増・引越・結婚・妊娠など、一般的におめでたいとされることであっても、これらのライフイベントがあるとうつ病になりやすいことがわかっています。それだけ、人は環境の変化に大きく影響を受ける存在なのです。

人がストレスを感じる具体的なライフイベントは、下記の通りです。例えば最もストレス得点が高い項目は「配偶者の死」で83点、次に「会社の倒産」で74点、「親族の死」で73点、「離婚」で72点、「夫婦の別居」で67点、「会社を変わる」で64点です。

新入社員が経験しやすいライフイベントとしては「仕事上のミス」(61点)、「労働条件の大きな変化」(55点)、「同僚との人間関係」(53点)、「上司とのトラブル」(51点)、「引っ越し」(47点)、「仕事のペースが変わった」(44点)、「住宅環境の大きな変化」(実家→一人暮らしなど)(42点)、「収入の増加」(25点)などがあげられます。


ストレス点数記入票

こちらのストレス点数記入票は、夏目誠先生のWebサイトに解説と共に掲載されています。

新入社員の場合、就職して立場が変わるだけでなく、住む場所も変わり、初めて親元を離れ一人暮らしをするという人もいるでしょう。東京に引っ越して、満員電車を初めて経験した者もいると思います。これまで営業経験がなく、初めて人に怒鳴られた者もいるかもしれません。新入社員は、決して心が弱いのではなく、必然的にライフイベントが重なりやすいため、メンタルヘルス不調になりやすい状態だと言うことを頭に入れておく必要があります。

過去1年以内に経験したライフイベントが多い程、メンタルヘルス不調(うつ病、適応障害等)になりやすいことがわかっています。例えば、勤労者を対象にした調査では、300点以上の者は精神疾患が66%に、400点以上になると約8割が精神疾患を持っていたことが報告されています(夏目,2000)。

下記サイトでは、この1年間に経験したライフイベントの数からストレス度を自動判定できます。自分自身の状況をチェックしてみるのもおすすめです。

5月以降の不調発生に注意

新入社員は入社してからしばらくは研修期間という企業も多いかもしれません。研修期間が長い企業では、4月時点ではまだ配属先が知らされていない新入社員もいます。そのため、同期と会う機会の多いこの時期にメンタルヘルス不調になる新入社員はまだ少ないと思われます。

注意しなければならないのは、新入院が配属先に赴任し、同期と離れ離れとなった後です。研修終了後の5月~7月位に、早くも体調の変化が現れ始めることがあります。特に5月は、“5月病”という言葉があるように、4月からの新しい環境にうまく適応できない新入社員に、早くも体調の変化が現れやすい頃です。これらの時期は特に、新入社員の心身の体調の変化を注意深く観察する必要があると言えるでしょう。

変化を経験してもメンタルヘルス不調になりにくい人はどういう人か

しかし世の中には、同じように大きな環境の変化を経験しても、メンタルヘルス不調になる人とそうでない人がいます。では、メンタルヘルス不調になりにくい人とは、どのような人なのでしょうか。



世界で最も有名な科学雑誌の一つであるNatureに掲載された論文によると、成人が後天的に獲得できるストレス対処資源として、“コーピングスキル”と“レジリエンス”があげられています(Beddington et al., 2008)。

MENTAL CAPITAL OVER THE COURSE OF LIFE (Beddington et al., 2008)


コーピングスキルについては例えば、何かストレスを感じる状況に遭遇した際に、問題解決型で対処できる人はメンタルヘルス不調になりにくい一方で、「どうせ何をやっても無駄だ」と対応を諦めたり、回避型で対処する人はメンタルヘルス不調になりやすいことがわかっています。

レジリエンスは、「厳しい悪条件においても、それを乗り越えていくために調節する能力」という意味を持つ言葉です。相談できる相手がいたり、人生に大きな目的を持っていたり、楽観的であったり、これまでに困難を乗り越えた経験がある人ほどレジリエンスが高く、ストレスを感じる状況下でもメンタルヘルス不調になりにくいことがわかっています。

例えば筆者が行った研究でも、東日本大震災時、レジリエンスが高かった人は心的外傷後ストレス症状を持つ割合が少なかったことが明らかになっています(津野ら,2014)。


また、レジリエンスに似た概念として“グリット(やり抜く力)”も一時期、非常に注目を集めました。米国の心理学者であるアンジェラ・ダックワースが提唱したもので、米国陸軍士官学校などの肉体的・精神的に最も過酷とされる環境、トーナメント、最難関試験など、脱落者が多く出るような状況で調査をし、最後までやり遂げた人、結果を残した人の特徴を調べたものです。


その結果、厳しい環境を耐えた人と脱落した人との間で、学生時代の成績・体力測定のスコア・適正試験のスコアに差はなかったことがわかりました。差があったのは、“情熱”と“粘り強さ”のスコアだけだったのです。つまり、情熱を持ち、粘り強く物事に取り組める人は、仕事も最後までやり遂げる可能性が高いと言えます。

ただ、情熱も粘り強さも、あくまでも内発的な動機なので、企業側が「グリットを持て」と強要しないことが大切です。本人が情熱を持ち、粘り強く業務に取り組めるように、あくまでもサポートするという視点で関わる必要があります。

どうすれば「困難を乗り越える力」を高められるのか

では、「困難を乗り越える力」であるレジリエンスやグリットが高い人を、企業で育てるにはどうしたら良いのでしょうか。その答えは、下記の4つの要素にあります。

①依頼する仕事の目的、そしてその仕事がいかにその人のキャリアや社会の役に立つか(その仕事を行う意義)をきちんと説明する②少しだけ高めの目標を設定して成功体験を積ませる③成長思考を伸ばすような声掛けを行う④支援を惜しまないこと、です。

①依頼する仕事の目的、そしてその仕事がいかにその人のキャリアや社会の役に立つか(その仕事を行う意義)をきちんと説明する

自分自身が取り組む仕事の目的や意義が明確でないと、情熱も持てませんし徒労感を覚えるようになります。仕事を依頼する側が、きちんとそれを説明し納得してもらうことが、目的意識を持ち、困難を乗り越えられるようになる手助けとなります。

②少しだけ高めの目標を設定して成功体験を積ませる

「やってみたらできた」という成功体験を積むことは、その後に同様の状況を経験した時に「自分にもできる」という効力感を持ちやすくなり、レジリエンスも高めることがわかっています。

この時、その人にとって「それならできそう」と思えるくらいの「少しだけ」高めの目標を設定するというのが大事です。というのも、最初から高めの目標を設定してしまうと、目標達成できない確率が高くなり、その分「自分はなんてダメな人間なのだ」という不全感にも繋がってしまうからです。

もちろん、どの程度であれば「少しだけ高めの目標」になるかは、人によって異なります。そのため、「どう?このくらいであればできそうですか?」と本人の認識を確認するか、客観的に見て十分達成できそうだと思えるレベルのものであれば「大丈夫、あなたならできる」と説得してやらせてみると良いでしょう。

特に、自信がなく自己評価が低い新入社員の場合、失敗を恐れて「自分にはできません」と断られてしまうことがあります。その際は「失敗しても、責任は私が取りますので安心してください」のように、全面バックアップする旨の声掛けを行うとうまくいく場合があります。そして、実際にうまくいったら「うまくいきましたね!」と上司や先輩が一緒に喜ぶと、新入社員の頭の中にも成功体験として記憶に残りやすくなります。

③成長思考を伸ばすような声掛けを行う

成長思考を伸ばすような声掛けとは、「さすが〇〇大学卒業ですね!」「さすが若者ならではの自由な発想ですね!」のように“学歴“や“年齢”(容易に変えられないもの)をほめるのではなく、「前よりできるようになりましたね!」「諦めずにがんばりましたね!素晴らしい」と“努力”や”成長”(可変するもの)を褒める声掛けのことを言います。

自分の努力や成長を褒められると、次も努力して成長することで褒められるようになろうと思えるので、成長意欲が湧やすく、仕事にも粘り強く取り組めるようになります。

④支援を惜しまない

新入社員のメンタルタフネスを鍛えるために、ただ厳しい訓練や研修を実施すれば良いわけではありません。③④がない状態で孤軍奮闘させたり、新入社員が制御できないような負荷やストレスを経験させてしまう場合はむしろ逆効果であり、自信を喪失させ、メンタルヘルス不調になりやすくさせることがわかっています。そのため、支援を惜しまないという姿勢が大切です。

努力を褒めてくれて、支援を惜しまない先輩・上司には、誰しもついていきたいと思うものです。できていない点ばかりを指摘して新入社員を潰してしまうのではなく、温かい目で成長を見守る、このような人材育成方法が広く行われることを願います。

レジリエンスに関する学術的な本として、下記もおすすめです。ちなみに個人がレジリエンスを高めるために最も手軽にできるのは、筋トレであることも知られています(仲間不要で個人でできる、かつ成果が見えやすい)。

5月は運動にも最適な季節。ぜひ自分自身のレジリエンスも高めていきましょう!皆さんがゴールデンウィーク明けも元気に働けますように。

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