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〖短編小説〗1月5日は「ホームセキュリティの日」

この短編は1469文字、約4分で読めます。あなたの4分を頂ければ幸いです。

***

ホームセキュリティという言葉はなくなり、最近では家守(やもり)と呼ばれることが多くなった。そうあの爬虫類のヤモリと同じだ。

昔は泥棒が家を狙って侵入することがあったそうだ。それだけ家には高価なものがたくさんあったのだろう。羨ましい限りだ。泥棒なんて言葉も同じく最近では聞かないし、まずそもそも盗むものがないのではないかと思う。泥棒もホームセキュリティも廃業と同じである。なにせ人間は外には出られないのだから…

「このへん?もう少し高いところ?」作務衣を着た男の子が梯子に登り、目一杯背伸びをして何かを付けようとしている。その名は旭(あさひ)

「もう少し下、もう少し下」作業を下で見守るのは、これまた作務衣をきた二渡(にわたり)という男だった。

この神社には、現在三十人ほどが身を寄せている。お互い助け合いながら寝食を共にして、から一時的に逃れ生活をしている。

「オカザリは何を付けた?」二渡が必死でオカザリを付けている旭に聞いた。

「えーっと、切り透かしだよ」旭は首だけ器用に向きを変え猿のように答えた。

「いかんな、旭。御幣(ごへい)にしなさい」目を細め、静かに二渡が言う。

「はーい。にーにが言うなら変えるよー」一度梯子から降りて、御幣を持ち再び器用に梯子を上っていった。

「その、にーにだが、別の呼び方はできないか?」旭は二渡のことを、にーにと呼ぶ。兄という意味に近い気がする故、旭とはずいぶん年も離れていてるので、二渡は呼ばれるたび、こそばゆい気がしていた。

無事に定められた場所に御幣を設置し終えた二人は、足早に社務所に帰ろうとしていた。左右には玉砂利がひかれ、二人は中央の石畳を歩いていたが、何かが足元で動いた。旭は急に体を小さくかがめ、その何かが驚かないように、ゆっくりと慎重に四つん這いになり近づいていった。

そこにいたのは、ヤモリだった。湿った小さな体に、よく動く黒い瞳。まるでそのままヤモリを食べてしまうのではないかと思うほど、旭は顔を近づけ観察していた。

「にーに、この神社はヤモリが多いね」一言、旭が言葉を発すると、ヤモリは瞬く間に逃げてしまった。

「あー、行ってしまったー」

「この神社には家守さまが居られるから、きっとヤモリも多いのだろう。をはじくと言われる。御幣もそうだし、ヤモリも家守さまの眷属だと聞く」

「けんぞく?なんじゃらほいそれは」

「まぁ、仲間みたいなものさ。いまこの神社にいる皆と同じ仲間だ」

御幣の設置も終わり、運よくヤモリも見ることができた今晩も問題なく過ごせることを祈りつつ、社務所へ急ぐ。

***

夜になると、それぞれの寝床より外に出てはいけないと、家守さまより伺っている。この神社には家守さまが作ったオカザリがあり、それが至る所に配置されている。そして一日中、特にが活発に動く夜に、我々を守ってくださっている。

はじめてオカザリの設置を家守さまに仰せつかったときは、大層緊張したものだ。オカザリとは古くは中国の『剪紙(せんし)』から始まり、その後日本に伝来したいわゆる『切り紙』である。日本では宗教儀礼用として用いられ、特にオカザリの中でも、家守さまの御幣は不思議な形をしており、神や人や動物のようにも見える。素人には分からない呪術的な、何かがあるのだろう。

今日は、旭と二人で御幣の設置を行った。やはり子どもと話し、触れ合うのは良いものだ。この異常な事態でも心が和んだ。

旭が大人になるころには、早く今の状態がよくなり、外に出られるようになってほしいと切に願う。

厄よ静まり給え

1月5日は「ホームセキュリティの日」



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